製品進化とマネジメント風景 第17話 産業用製品の進化とマネジメント
この10年を見ると、ICT技術の発達とそのビジネスへの適用が進み、サービス業では大きな変化、急激な変化が起こりました。日常における情報や通信にかかわる活動は一変しました。調べ物は図書館ではなくインターネットで行うようになり、人との情報交換、映像を含む娯楽、買い物さえも、インターネットを通じて行うようになりました。これらは、双方向通信できるスマートフォンの普及によって実現され、非常に便利になりました。
ただ、日常生活の全てが変わったのかというと、情報通信以外の部分は、それほど大きく変わっていないように見えます。
例えば、我々の生活を支えている交通手段と関連インフラを見てみましょう。毎日乗るバス、電車、地下鉄、たまに乗る飛行機や船と言った交通インフラ製品は、少しずつ大型化、高速化していますが、見た目の変化はゆるやかであり、使い方は何十年も変わっていません。交通機関を利用する乗り場は、駅や空港であり、電車は目的地に移動するために橋やトンネルを通っていきます。これらの交通インフラを造る道具は、土を掘り返すショベルカーであり、トンネルを掘削するシールドマシンであり、土を輸送するダンプカーなどです。これらは少しずつ大型化していますが、その変化はゆっくりです。
次に、同じように我々の生活を支えているエネルギー供給と関連インフラを見てみましょう。エネルギー供給については電化が進みました。その電気を作る発電所について、まず、火力発電所については、ボイラーと蒸気タービン、あるいはガスタービンと蒸気タービンという組合せに発電機を加えて電気を生成していますが、このコンセプトは100年以上ずっと変わっていません。風力発電と太陽光発電が増えたのは変化です。しかし、風力発電は、昔からある風車が進化したものであり、水力発電と同様、回っている水車あるいは風車に発電機を繋いで発電するという原理、さらには、安定させるために蓄電池に電気を貯める、あるいは、電気分解して水素として貯めるというコンセプトも、実は100年前からありました。太陽電池だけは、半導体技術の進化によって生み出されたものであり、新しい要素です。
次は、我々の生活を支える食品、家電製品、自動車などを製造する工場の中を覗いてみましょう。ロボットとパソコンの数は以前から増えました。しかし、主役は人間です。人間、ロボット、製造用の装置、設備が協力し、モノを加工、成形し、何かを付加し、化学的な処理を施し、計測・検査を行って出荷しています。ロボットも、製造用装置、設備も、確実に進化していますが、その変化はゆっくりです。
このように、情報通信以外では、人間社会の変化は比較的ゆっくりと進んでいます。それは当然です。世の中の全てが急激に変化したら、人間の社会生活が成り立たないからです。情報のように形のないもの、あるいは、個人用の小さなものは、急激に変化することが許されます。しかし、多数の人間が利用する社会インフラ、産業インフラが毎日、週単位で変化したら大きな混乱をもたらすことになります。
つまり、当たり前のことですが、世の中には、急激に変化できるものと、ゆっくりしか変化できないものがあり、それらが混在しているのが現実の社会だということです。
では、ゆっくり変化しているものの代表例として産業用製品を取り上げ、少し詳しくみていきます。まず、ハードウェアをみましょう。例を2つあげます。1つは航空エンジン、いわゆるジェットエンジンです。ジェットエンジンは約80年の歴史があります。その間に、推力は約100倍まで大型化し、飛行効率は約2倍に向上しました。また、飛行中の故障率も1/100近くまで低下し、大きく改善されました。もう1つの例は火力発電です。日本では約130年の歴史がありますが、この間、出力は約4万倍に大型化し、発電端効率も10%半ばから約60%代になり約4倍も改善されました。このように、産業用製品のハードウェアはゆっくりですが、ある速度をもって進化を続けています。
一方、ハードウェアよりも速いスピードで変化しているものがあります。それは、製品に組み込まれているソフトウェアです。半導体の進歩により、製品にマイクロプロセッサーMPUを組み込むことが容易になりました。MPUはソフトウェアにより駆動されます。ソフトウェアは一種の情報なので急速な変化が可能です。ソフトウェアにより、これまで簡単にできなかった様々な微調整を容易にできるようになりました。
この変化を見て、顧客も産業用製品に求めるものが変化してきました。従来は、製品スペックが高いこと、あるいは製品取得コストが低いことを求めていました。しかし、今は、顧客が求める運用ミッションを確実にこなし、より安い運用コストで、より便利に、より柔軟に使いたいという方向に変わってきています。つまり、顧客の求める事が、モノとしての製品価値から、その利用にフォーカスしたサービス価値に変化しつつあるということです。
ここで、産業用製品の特徴を整理したいと思います。産業用製品は、一般消費者用製品と大きく異なる特徴が2つあります。
産業用製品は、一般消費者用製品と比べて、非常に長い期間使用されるという大きな特徴が1つ目です。20、30年使用されるのは当たり前で、長いと50年以上です。よって、単に製品を供給するだけでなく、その後の運用支援やメンテナンスも重要です。さらに、長期間使用している間に、より高い経済性や環境性に改善を求められることも多く、単なるオーバーホール整備だけでなく、より進化したモジュールに中身を入れ替えていく場合もあります。その結果、製品の運用開始時点と退役時点を比較した時に、中身がまるで違うものに変わってしまう場合も出てきます。
また、20、30年という期間は長く、経営者も製品運用をサポートする人も、その間にどんどん変わっていきます。よって、製品生涯を通して製品、サービスの品質を一定レベルに保つには、組織として守るべき基準、しっかりと魂の入った基準の設定が必要不可欠です。せいぜい3年程度しか使用しない一般消費者向け製品とは、この点が大きく異なります。この結果、両者では、異なるマネジメントが求められることになります。
産業用製品にはもう1つ特徴があります。それは製品ファミリーの幅が広いことです。一般消費者用製品もニーズに応じて多様な製品バリエーションを用意しています。特に見た目は違います。しかし、中身を見ると、コアのハードウェアは1種類であり、周辺部品の変更とソフトウェア調整によってバリエーションを増やしているのが普通です。確かに、個人が所持する製品は、価格が安く、サイズや重量に制限があるので、その制限の中で製品能力を向上するには、ハードウェアでなく、ソフトウェアで行うのが妥当と思います。しかし、ソフトウェアがいくら優秀になっても、ハードウェアの限界能力を超える機能、性能を発揮することはできません。機能、性能の壁を破るには、必ず、ハードウェアの能力向上が求められます。
具体例をみましょう。例えば、家庭用乗用車を考えると乗員数は2-8人の狭い範囲に限定されます。これに対して、産業用製品であるバスの車両を考えると、10人、20人、30人、50人、70人、100人、200人、300人とかなり幅が広くなります。別の例として建設機械の代名詞であるショベルカーでは、最大機と最小機のバケット容量(ショベルの体積)に数千倍の違いがあります。当然、製品サイズは大きく異なり、部品サイズも異なります。ソフトウェアの調整ではとても対応できず、用途毎に製品ファミリーを揃える必要があるのです。
大きな製品ファミリーを持つということは、コアハードウェアを多数持つということを意味します。多数の部品をヘビーメンテナンスしながら長期間使用する産業用製品は、例えば乗用車のように1つのコアハードウェアを軽いメンテナンスしながら5年程度、せいぜい10年しか使用しない製品と比較すると、マネジメントの在り方を大きく異なったものにする必要があります。モノを売った後のサービスが非常に重要となることは既に述べましたが、同時にユーザーが使用したことによる各部品の経年変化に関する情報が、製品の改良や次のファミリー製品開発のための貴重な財産になります。
さて、今の時代は、モノ売りからサービス化への価値の移行が進みつつあります。一見、産業用製品事業のやり方が他の製品群にも広まっているようにもみえます。一部では、定額制サブスクリプションも始まっています。なぜ、このような変化が起こってきたのでしょうか?
元々、モノを買うのはそれを利用するためです。そのモノがないと全く仕事が出来ない環境、あるいは、必要な時にいつでも確実に使用できなければならない環境では、所有が最も良い形態だと考えられます。しかし、そのためには高い初期費用が必要でした。これは個人にとっても法人にとっても重荷です。よって、リースやレンタルというサービスが出てきました。しかし、これらのサービスは、一定の連続した期間の使用を前提としています。本当に必要な時だけ、柔軟にそのモノを使えるサービスがあればいいのにと誰もが思っていたはずです。
ただ、そのためには、2つの条件が整う必要があります。第1は、必要なモノに様々なバリエーションが現れ、必ずしもベストフィットではないが我慢して使えるモノが容易に手に入る環境が整うことです。モノ余り環境となっていると言っても良いでしょう。この環境は結構前から整っていたように思います。第2は、急な入用があった時に、そのモノの所在をすぐに探し出すことができ、しかも近場で借りることができる環境が整っていることです。これは、インターネットとICT技術を使ってモノを使いたい人とモノを所有している人を繋ぐビジネスが出てきて初めて実現できることでした。これら2つの環境が整ったのが2010年代なので、定額制サブスクリプションが最近増えてきているのは自然の流れと考えられます。
今後、多くの製品分野において、製品とサービスをパッケージとして売っていく時代になると考えられ、両者の間の密な連携がかつてないレベルで求められる時代に入っていくでしょう。経営者は、製品だけでなく、サービスも含めて、従来よりも早い時点において、リソース投入や投資判断を求められることになります。経営者としては、早期投資判断のための合理的な根拠が欲しいと思います。なぜ、このタイミングでなければならないのか、投資を先送りすると何が問題となるのか?
そこで、経営判断に役立つのは、製品・サービスを構成する技術、モノづくり、サービスの成熟度の定量化です。未熟なものは当然、リスクが高いからです。そして、この成熟度を評価するための、各社固有の基準が重要となってきます。この基準は、様々な組織機能を統合して事業を進める際の基礎であり、書き物として纏めることにより、強力な伝承ツールにもなります。 モノ売りからサービスに事業を展開しようとしている貴社は、自社はもちろんのこと、サプライチェーンも含めて、技術、モノづくり、サービスの成熟度を適切に評価するための基準を既に設定しましたか?