製品進化とマネジメント風景 第20話 空飛ぶクルマの進化とマネジメント(その2)
前回は空飛ぶクルマに入るための準備としてその定義に加え、空を飛ぶ航空機でも旅客機に代表される固定翼機とヘリコプターに代表される回転翼機では、飛行の原理や特性が異なるという話をしました。また、同じ回転翼機でもヘリコプターとマルチコプターとでは特性が異なること、さらに空飛ぶクルマと繋がりの深いドローン産業についても触れました。今回は本題の空飛ぶクルマの話に入っていきます。
まず、このコンセプトが出てきた背景です。社会的な背景と技術的な背景の両面があります。社会的背景としては、まず、個人として空を飛びたいという願望があります。映画バックトゥーザフューチャーやスターウォーズを見た人達の中には、空飛ぶクルマに憧れる人が結構多いのではないでしょうか。さすがにクルマとなるとオモチャという訳には行きません。オモチャよりも一歩進んだレジャー用としてこれを実現しようとする人達が出てきました。これらの人達が空陸両用車を造り始めました。
もう1つの背景は、小型無人機ドローンの出現と普及です。半導体、バッテリーおよびモータ技術の進化により、安価に空飛ぶ装置を作れるようになりました。これまで航空機業界は参入障壁が高い事業の代表でしたが、ドローンの普及によって空の利用における法律面での整備も進みつつあります。よって、これを大型化し、もっと安価で気軽に空を飛べないか、空の輸送に活用できないかという考えが出てきました。この発想が小型の垂直離着陸機eVTOL機というコンセプトとなり盛んに検討されています。以下、空陸両用車、eVTOL機の順で話を進めていきます。
空陸両用車は大きく2タイプに分かれますが、どちらも既存の技術の組合せで造られています。レジャー用ですから性能よりも安く造ることが重要であり、よって、技術開発はミニマムとし、既存技術で造ろうとするのは理にかなっています。
第1のタイプは固定翼機と乗用車をミックスしたものです。折り畳んでいた翼を広げると小型プロペラ機に変身します。翼を広げて車道を走ることが出来ませんから、走る時には翼を折り畳んで車幅を通常の乗用車と同等にします。また、プロペラも、キャビン前方にあると車道運転の邪魔になりますから、キャビン後方に設置するプッシャー型が採用されています。
実際にこのコンセプトを実現したのが米国Terrafugia社のTransitionです。中国の会社に買収されたようですが、事業化していて予約注文を受け付けています。ガソリンスタンドで給油し、車道を走って飛行場まで行き、飛行場で乗用車から飛行機に変身して離陸、飛行、着陸する姿がYouTubeに出ています。2人乗り用で巡航速度は160km/hr、航続距離は約600kmです。エンジンは75kw (100馬力)の普通のガソリンエンジンです。最大離陸重量の数値は公表されていませんが、その他の公表数値から私が見積もると約1トン強であり、普通の乗用車と同じくらいです。ただ、体積を考慮すると、おそらく軽量材料をかなり使っていると推定されます。
第2のタイプはジャイロコプターと乗用車をミックスしたものです。ジャイロコプターというのは一見ヘリコプターのように見えるのですが、メインロータには駆動源がありません。前回コラムのヘリコプターの所で述べたオートローテーションの原理を使って揚力を得ます。機体の後方水平方向にプッシャー型プロペラを付け、これを駆動して前方に進みます。前方に進むとメインロータは風を受けて回り始めます。ピッチ角を適切に調整することにより揚力が発生し、機体が軽ければ離陸して飛行できます。映画マッドマックス2では1人乗りジャイロコプターが出てきて活躍しました。
このコンセプトを事業化まで漕ぎつけたのがオランダのPAL-V社です。ジャイロコプターの場合、駆動源が無いのでメインロータの回転はヘリコプターと比べるとゆっくりです。そのため、揚力を得るためには相対的に大きな直径のロータが必要です。直径は約10mもあります。メインロータを広げたままでは車道を走ることは出来ませんから、ロータを折り畳んで車幅を乗用車並みにします。2人乗り用で巡航速度は140km/hrから160km/hrであり航続距離は400kmです。最大離陸重量は910kgなので機体重量は650kgくらいです。乗用車よりかなり軽く造られています。出力150kw (200馬力)のガソリンエンジンを搭載しています。
固定翼を使うTerrafugia社のTransitionと比べると、PAL-Vの乗員数、最大離陸重量は同等ですが、エンジン出力が2倍となっているのでエネルギー効率は悪いです。オートローテーションを使っているので駆動源付のヘリコプターと比べれば経済的ですが、それでもやはり固定翼の経済性には敵いません。一方、同じ10mサイズのメインロータがあれば、強力なエンジンを積んだヘリコプターならば7人乗りは実現できますので、ジャイロコプターはあくまでも1人乗り、2人乗りに限定されます。
以上、空陸両用車について説明しましたが、これらはあくまでもレジャー用です。どちらも垂直離着陸は出来ませんので小さい飛行場が必要です。しかし、飛行場さえあれば、そこからは乗用車モードにして目的地までdoor to doorで行けるメリットがあります。高密度の都市交通には使えませんが、飛行場がある地方都市の間を繋ぐ交通用としては使える場面もありそうです。
小型の推力離着陸eVTOL機は、前回コラムで述べたように、ドローン産業側からのアプローチと航空機産業側からのアプローチがあります。一見、自動車産業は無関係のようにみえますが、eVTOLの実現には自動車産業は2つの意味で重要な役割を果たすと考えられます。第1は電動化技術向上のためのドライビングフォースとしての役割であり、第2はドローンにおけるスマートフォンの役割、つまり電気自動車の量産効果によって部品価格を大きく下げる役割です。
他方、輸送事業という視点でみると、これまでは陸の輸送はdoor to doorを繋ぐ、空の輸送は空港と空港を繋ぐという考え方であり、全く異なる領域として分離されていました。しかし、MaaS (Mobility as a Service)というコンセプトが提唱され、陸と空の輸送を1つに統合しようという動きが出てきました。そこでは、世界で都市化が進んでいることを前提としています。なぜなら、もし、土地にゆとりのある地方同士を繋ぐだけならば、陸と空の分離は拘る必要性があるとは思えないからです。
都市交通に関して空と陸の間の分離を埋める手段があっても良いのではないか、その1つとしてeVTOL機というコンセプトがありうるのではないか、そういう文脈で議論されていると私は認識しています。米国NASAのレポートによると、大都市から数十km離れた近郊都市へのエアタクシー、あるいは都市と空港を繋ぐエアシャトルとしての利用に市場性がありそうとの評価でした。自動車産業は、MaaS実現のために何らか空の移動手段を持ちたいと考えるのは自然です。一方、航空機産業は自らの牙城をしっかり守りつつ、陸と空の間に新たな事業領域が生まれるならばそこに参入したいと考えるのも自然です。
さて、eVTOL機ですが2つのタイプが提案されています。ドローンをスケールアップしたマルチコプター型と、固定翼機とマルチコプターのハイブリッド型です。マルチコプター型には、垂直上昇用のプロペラだけを持つタイプと、垂直上昇用と水平推進用の両方のプロペラを装備するものの2つがあります。ハイブリッド型には、駆動源だけが垂直/水平にチルトするタイプと駆動源が装着される主翼ごとチルトするタイプの2つがあります。
前回コラムで述べたように、空を飛ぶだけならば、回転翼機よりも固定翼機の方が圧倒的に効率は良く、その結果として駆動源出力を小型化できるので経済性も優れます。eVTOL機は電動化を前提としていますが、現状はバッテリーのエネルギー密度が低くボトルネックとなっています。ここで駆動源について、電動モータ/バッテリーと内燃機関/化石燃料を比較するとどれくらい違うかを数字で見てみましょう。
回転翼機の代表ということで、ロビンソンR44という小型のヘリコプターを題材として検討します。4人乗り、最大離陸重量は約1トン、最大速度は240km/hr、内燃機関エンジンの出力は180kw、燃料消費量48.5 liter/hr、搭載燃料88kg (113liter)で航続距離は約560kmです。仮に、これを電動モータシステムとバッテリーに置き換えた場合を想像しましょう。駆動源の重量には大きな差は出ないので問題は燃料重量です。180kwの出力で1時間飛行するためにはメインロータに648000KJのエネルギーを供給する必要があります。リチウムイオン電池の今の実力は200Wh/kgですから換算すると1時間当たり720KJ/kgを供給します。電池の発電効率を90%とし、2.3時間の飛行をするためには2300kgの電池が必要となります。これに対して石油系燃料はたったの88kgです。大きな差があります。最大離陸重量一定の場合、電動化すると搭載電池重量は200kg程度になると見積もられます。これだと航続距離は48kmです。電動化はクリーンですが、飛べる距離は1/10以下まで減ってしまうのです。
マルチコプター型は回転翼で揚力を発生するので、輸送可能な重量(ペイロード)は小さめであり、飛行速度も100km/hr程度、航続距離も数十kmです。ヘリコプターとマルチコプターの飛行経済性は前者の方が良いですが大差はなく、航続距離は前述の計算と整合しています。マルチコプターの方がロータからの空気流出速度を高める必要があるので離着陸時の騒音はうるさいでしょう。しかし、空を飛んでいる時は、高周波騒音が減衰してヘリコプターよりも静かに感じるかもしれません。具体例としては、City Airbus、EHang、Volocopterや日本のSkyDriveがあります。
チルト構造を持つハイブリッド型は少なくとも300km/hr以上の速度で飛べる能力があり、航続距離もマルチコプター型の2倍程度には出来ます。具体例としては、Airbus Vahan、Lilium Jet、Bellの Nexus、Joby AviationのS4などがあります。ただし、実運用されている唯一のチルトロータ機オスプレイを見たことのある方は分かると思いますが、ホバリング状態から水平飛行への移行あるいはこの逆の移行時に飛行が不安定になりやすいという欠点があります。オスプレイの事故率は10万時間あたり2回です。ジェット旅客機と比べると少なくとも100倍以上事故率が高いのが現状です。
マルチコプター型もチルト構造のハイブリッド型も飛行安全に関しては多くの課題が残っています。どちらもモータが直接駆動するプロペラをたくさん搭載しているので、一見、故障に強そうに見えますが、ロータ4つタイプは駆動源が1つでも故障すると墜落します。故障しても墜落しないようにするには少なくともロータ6つ以上が必要と言われています。今後、AI活用により、想定されるあらゆる故障条件、気象条件に対応して墜落を防げるようになると思いますが、パイロットとAIの訓練に結構な時間がかかるでしょう。
空飛ぶクルマの飛行安全が確保され、都市交通として使われる姿を想像するとワクワクします。しかし、商用エアタクシーが実現するまでには、飛行安全を担保する製品開発、技術開発がたくさんの課題とともに待ち構えています。これらを効率良く実施していくには、この製品の特徴にマッチしたマネジメントの仕組みが必要です。貴社は、このマネジメントの仕組みをどのように構築していきますか?
参考文献
- 日経エレクトロニクス、2020年3月号
- Urban Air Mobility Market Study, NASA, 2018
- Fast-Forwarding to a Future of On-Demand Urban Air Transport, Uber Elevate, 2016
- 2019 Airline Safety Report, IATA, 2020
- 徹底検証! V-22オスプレイ、青木謙知、2012