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製品進化とマネジメント風景 第22話 蓄電池技術の進化と車産業マネジメント

この1,2年の間にESG, SDG’sの考えが急速に広まりつつあります。地球環境や社会の持続性を重視する考え方は以前からずっと存在していましたが、あまり普及しませんでした。なぜ、ここに来て広がりを見せるようになったのでしょうか?

かつて環境問題といえば、騒音や大気汚染のように局所的問題でした。人々に直接影響し、認知されやすい問題でした。そこでの歴史的パターンをみると、まずは便利さと経済性の追求が行われ、便利さをもたらす事業が普及していきます。その後、その事業が成長して大規模化すると、次第に負の影響が目立ち始めます。これを放置すると社会の敵になり、その事業は停滞あるいは衰退していきます。一方、負の影響を軽減する技術を開発し、それを許容コスト以下で量産を実現すると、その事業は再び成長軌道に入ります。製品事業はこの繰り返しを続けてきました。現在、中国やインドで起こっている大気汚染問題はこのカテゴリーに入ります。

今日では、前述の局所的な環境問題に加え、地球温暖化に代表されるグローバルで認知しにくい問題が追加されました。グローバルな問題というのは五感で感じにくいのでやっかいです。認知されるまでに時間がかかります。この数年、気候変動が目に見えて変化しはじめたので、私も含めて一般人の間でも危機感が共有され始めました。しかし、それであっても、日々の生活が最優先され、環境が最優先されることはないでしょう。環境問題解決には経済性というドライバーが必要不可欠なのです。

太陽光、風力に代表される自然エネルギーは気まぐれで変動が大きく扱いにくいものでした。しかし、発電コストの低下に加え、電力の大容量蓄電技術、大電力を制御するパワー半導体技術が進化し、これらの組合せによって環境性と経済性の両立を実現できそうな状況となってきました。この「実現できそう感」がESG, SDG’sを広めるドライバーになっているのだろうと思います。

自然エネルギー利用は、新興国での大気汚染問題の解決はもちろん、グローバルな気候変動問題の抑制に寄与しますがそれだけではありません。それは、石油が支配する既存の産業構造から新たな産業構造に転換する動き、別の言い方をすると現在の強者と弱者の交代を促す機会をつくりだします。この点においては、中国と欧州のいくつかの国々が特に熱心です。自然エネルギーの効率的利用で鍵となるピースは電力貯蔵であり、その1つの解が蓄電池の大容量化技術です。

蓄電池には、出力と蓄電容量の視点で大きく5つの市場があります。出力、蓄電容量がもっとも小さいのがモバイル用市場です。今回は大容量化がテーマであるため議論から外します。残りの4つは、数KW, 数KWh級の住宅用蓄電設備、数十KW, 数十KWh級の乗用車用蓄電システム、数百KW~MW, 数百KWh~MWh級の産業用蓄電システムおよび数MKW以上、数MKWh以上の系統電力調整用システムです。潜在的には、数百KW, 数百KWh級の商用車用蓄電システムの市場が考えられますが、市場となるにはもう一段の技術進歩が必要な状況です。後でまた触れます。

上記の市場の中で特に乗用車用蓄電システムは、移動を伴うため単に大容量であるだけでなく、高出力密度、高エネルギー密度が重要です。住宅用システムについても、世界中、都市はどこでも地価が高いので省スペースが求められ、やはりエネルギー密度が重要です。よって、この2つの市場において相性が良いのは、エネルギー密度の高いリチウム系電池です。一方、産業用蓄電と系統電力調整用ではエネルギー密度も重要ですがコスト第一です。このため、レアメタル類を一切使わないナトリウム硫黄電池やレドックスフロー電池がメインです。とは言え、大きな出力変動を扱う場合にはリチウム系電池が必要となるので組み合わせて使われます。

リチウム系電池は全ての市場に入り込んでおり、特にリチウムイオン電池は当面、最も重要な役割を果たすでしょうから詳しくみていきます。リチウムイオン電池にも様々な種類がありますが、まずは液系、半固体系および全固体系という3つの分類で整理するのが分かりやすいと思います。

液系は乗用車用蓄電池システムの主流です。住宅用にも転用可能です。半固体系はポリマーゲル型とクレイ型の2つがあります。前者は小容量でモバイルやドローンなどに用途が限定されています。どちらも安全性に優れています。後者のクレイ型は数KWh級を実現でき、住宅用蓄電用途が期待されています。最後の全固体系は現在研究開発中の段階です。液系と比べて安全性は格段に上がります。

液系のリチウムイオン電池はコバルト系と非コバルト系に分けられます。コバルト系の正極材はコバルト酸リチウムからスタートしましたが、乗用車用途の大容量化が進むにつれてコバルトの量を減らす方向に進んでいます。具体的には、ニッケル、コバルトおよびアルミを使うNCA系と、ニッケル、コバルト、マンガンを使うNMC系の2つのタイプがあります。前者はトヨタやテスラが使っています。後者はGM、ホンダや欧州・中国の複数メーカが使用しています。どちらもコバルトを減らす方向で技術開発を進めていますが、コバルトはエネルギー密度向上と安全性を両立する上で必要なため、どちらもコバルトゼロ化は難しいでしょう。

大量生産品にコバルトを使用することはサプライチェーンリスクを意味します。特に供給国が非常に限定されていることが問題です。2017年の鉱石生産量はコンゴが約半分であり、中国、カナダ、ロシアと続きます。一方、コバルト鉱石を精錬しているのは、中国が約半分であり、フィンランド、カナダと続きます。つまり、鉱石はコンゴ、精錬は中国がそれぞれ半分を占めており、供給独占率が非常に高いのです。これに加えて生産量そのものも年産12万トンしかありません。少ない理由は、コバルトが銅を精錬した時に得られる副生成物であるためです。以上の状況から、需要が供給を上回ると価格が急騰しやすく、入手できない場合すら起こりえます。

ニッケルは馴染みのある金属ですが、一応、レアメタルの1つと言われています。このニッケルとコバルトを比較することにより、コバルトの希少性が分かります。ニッケルは年産200万トンと1オーダー生産量が多く、しかもインドネシア、ロシア、フィリピン、カナダ、ニューカレドニア、オーストラリア、ブラジルと主要生産国が7か国に分散しています。乗用車用蓄電池においてコバルトを使用するならばリサイクルも真剣に考える必要があります。NMC系電池の最大メーカは今や中国のCATLになってしまいました。CATLは国がバックにおり、国が鉱石とリサイクルの両面で強力な支援をしています。このままだと日本のメーカは苦しい状況に追い込まれるのではないかと思います。

以上を考えると、やはり脱コバルト蓄電池の選択肢を持っていることが重要です。コバルトを使わないリチウムイオン電池としてマンガン系、リン酸鉄系、チタン酸系があります。ともにエネルギー密度はコバルト系と比べて落ちますが、熱安定性に優れ、乗用車に必要な200Wh/kgも視野に入ってきています。シャシーやボディーへの軽量構造材料適用を含めた総合力により十分戦える範囲に入ってくるでしょう。

リチウム自体、炭酸リチウム換算で年産20万トン程度しか生産されておらずレアメタルの1つです。リチウム生産は、かん水法と鉱石抽出法の2系統があります。前者はリチウム濃度の高い水から造る方法であり、天日蒸発させるため時間はかかりますがエネルギーコストを抑えられます。生産国はチリ、アルゼンチンなどです。一方、鉱石から直接抽出する方法は、生産性は高いもののエネルギーコストが高くなります。生産国はオーストラリアと中国です。主要生産国は4つであり、コバルトと比べるとリスクは下がりますが、乗用車用途、住宅用途の需要が急増してくるとサプライチェーンリスクが気になってきます。

そういうこともあって、ポストリチウムイオン電池としてナトリウムイオン系、カリウムイオン系が少しずつ注目を浴びはじめています。前述したように乗用車用にはエネルギー密度の高さが求められます。エネルギー密度は電流容量密度と電位差の積で決まり、前者は潜在能力も重要ですが製造技術がより重要といえます。これに対して後者は潜在能力でほぼ決まります。電気分解しにくい有機系溶媒を使用した場合、リチウムイオンの電位差は4.2Vですが、ナトリウムイオンは3.9Vです。よって、ナトリウムイオン電池はこの時点で10%弱のペナルティーを負っています。これに対してカリウムイオンは4.3Vの電位差があり、リチウムイオンと同等か僅かに優位です。カリウムは豊富であり供給リスクは非常に小さくなります。出力密度を高めるとともに充電時間を大幅に短縮できる可能性もあります。

さて、将来の蓄電池の話が出る場面では、必ず全固体電池が取り上げられています。本件における私自身の立場は中立です。可能性はあると思いますが、実用的な意味で量産化できるかどうかはまだ判断できません。また、正極と負極の活物質が同じならば基本的にエネルギー密度の潜在力は同じです。エネルギー密度向上のためには、より電位差が高く、しかも安価な物質を見つける必要があります。安全性が高いのでパッケージを軽量化、低コスト化は出来そうです。ただ、固体と固体の接触面での電気抵抗を下げる界面づくりが難しい。それをクリアーしたとしても、繰り返し使用や実運用で起こりうる衝撃に対して、良い界面状態をどこまで維持できるのかといった問題が残ります。安くて柔らかい固体である硫黄系材料の適用が議論されていますが、柔らかさは密着した界面を造りやすいので方向は妥当だと思います。

仮に全固体電池によってエネルギー密度を上げることを実現できれば、バスやトラックといった商用車用への蓄電池の適用が可能となるでしょう。そうなれば、冒頭で述べた6番目の市場の形成が現実味を帯びてきます。これもまた仮の話ですが、大型輸送用ドローンや空飛ぶクルマなどの利用が増えれば、それらはこの市場に入ってくることになるでしょう。ちなみに、小型飛行機では主翼や機体に太陽電池を装着して飛行することが実用化されています。この考え方は当然、バスについても適用可能と考えられます。天気の良い国や地方では発電所の電力への依存をミニマムにした公共交通を実現できる可能性もあります。

さて、乗用車の電動化が進むと、従来の内燃機関エンジン、変速機、ECU(エンジンコントロールユニット)が、モータ、インバーター、PCU(パワーコントロールユニット)に代替されます。エンジンや変速機のシステム、モジュール、部品、部材を製造していた会社は、その要素技術、生産技術の新たな適用先を探していく、つまり顧客開発をしていく必要があります。そのためには、自社の技術を整理した上で、新たな製品分野での顧客価値の見える化が重要となってきます。貴社はどのようにして新たな製品分野での顧客価値を高める案を創り出し、顧客開発していきますか?

参考文献

  1. リチウムイオン電池が未来を拓く、吉野彰、2016
  2. Cover Story トヨタを脅かすCATL、日経オートモビル、2019年8月