製品進化とマネジメント風景 第30話 放熱技術の進化と技術開発マネジメント
放熱技術や熱マネジメントは、もともと内燃機関の分野で発達しました。内燃機関では、燃料を燃やして得た高温ガスのエネルギーを膨張させながら機械仕事に変換していますが、ガス温度が上がるにつれて融点の高い金属材料でさえ溶けてしまう温度となり、機械部品を冷却して放熱することが必要となりました。機械仕事を抽出した後のガス温度もかなりの高温ですが、大気中に放出してしまうので機械部品への影響を抑制できます。また、燃やす前の燃料を機械部品の冷却に使用するという手段もしばしば行われてきました。どちらも放熱という観点では非常に優れた方法です。
内燃機関の効率は持続的な技術開発によって高いレベルに到達しましたが、今日では、化石燃料を燃やすこと自体が悪いという風潮になりつつあり、電動化への流れが加速しています。電動化は確かにクリーンなのですが、内燃機関では当たり前のこととして使われている熱排気や燃料冷却が使えません。そういう意味で、電動化は進化すればするほど熱マネジメントで苦労することが予想されます。放熱技術の進化が切に求められており、今回はそこに焦点を当てたいと思います。
電気自動車(EV)を例に考えると熱源は大きく4つに分かれます。第1は頭脳であるエンジン制御用のコンピュータ、第2は駆動力を生み出すモータであり、第3はそのモータに電力供給して出力制御を行うインバータ、コンバータです。そして最後の4番目が電力を供給するバッテリーです。
既に実用化されたEV製品については、発熱の観点でも技術的に成立しているので特に問題はありません。しかし、今後、さらなる知能化、高出力化、小型軽量化を目指そうとすると、発熱密度が上がり、熱の問題に悩まされることは、これまでの経緯からみても明らかです。
電力変換部のコア部品はパワー半導体ですが、シリコン部品では約120℃が限界です。電子部品は直接的に水で冷却できないので、空気よる対流冷却で放熱するか、水で冷却できるヒートシンクまで熱伝導で熱を輸送する必要があります。
空冷の場合、自然対流では放熱能力が不足するのでファンをつけて強制的に空気流を作って対流冷却をします。パワー半導体部の数倍、数十倍のサイズのファンを装着する必要があり、せっかく半導体部品や周辺部品を小型化しても、そのメリットが大きく損なわれていると感じます。
ヒートシンクまで熱伝導で放熱する設計も多いですが、熱伝導性の良い金属は電気伝導性も良いので直接パワー半導体に接着することはできず、電気絶縁性を保ちつつ熱伝導性の良い樹脂コーティングを間に挟む等の工夫がされています。また、パワー半導体の片面だけでなく、両面から放熱させるように工夫している場合や、熱伝導能力を上げるために薄型のヒートパイプを適用する事例も増えてきました。ヒートパイプは、その内部において液体と気体の間の相変化を利用した熱交換を利用しており、非常に洗練された熱輸送の手段です。
あるいは熱電変換であるペルチェ効果を利用して半導体を直接冷却する場合もあります。この場合、熱電変換の効率はかなり悪いため、冷やした数倍の熱を別の所で放熱しなければなりません。やむを得ない場合を除いて使いたくない手段です。
最近のスマートフォンでしばしば使われている方法として、CPU周辺の温度が上がり、既設の冷却手段では放熱能力が追い付かない時には、計算能力を意図的に落として発熱を抑えて温度を下げます。頭脳部分の処理能力の低下は、それが使用者の安全やセキュリティーに影響しなければ問題ありませんが、影響する場合には問題化します。インバータ、コンバータ部にも同じ方法の適用が可能ですが、それは、いくらアクセルを踏み込んでも出力が上がらないことを意味しますから、ユーザーには不人気な対応手段であると言ってよいでしょう。
現在、適用されている放熱技術は、熱伝導、熱伝達および放射の物理を使っていますが、そろそろ限界に達しつつあります。さらに知能化、高出力化するには放熱技術の進化が必要だと言わざるを得ません。
では、どういう方向に進むべきでしょうか? これについては、参考にすべき見本が目の前にあります。それは我々人間です。人間は、地球上において食物連鎖の頂点にいますが、誤解を恐れずに言えば、それは地球上でもっとも放熱能力が高い生き物だからであるといえます。以下に詳しく説明します。
現代人の脳の体積は1400-1800ccです。重量は体重の2%程度しかありませんが、消費エネルギーは約20%です。非常に発熱密度の高い器官であることが分かります。人間の脳が大昔から今のサイズだったかと言えば違います。200万年前は400cc程度とかなり小さかったことが分かっています。しかし、その後、脳は時間とともに加速度的に大きくなり始めました。ご存じのように、人間以外で脳のサイズアップがこれほど急速に進んだ動物は他にいません。
脳のサイズアップは当然、脳の高出力化を促し、熱の発生量の増大につながります。動物を作っている細胞はタンパク質からできていますが、43℃以上になると不可逆変化を起こすことが分かっています。特に、脳は熱に最も弱い細胞から作られており、温度を37℃程度に保つ必要があります。人間は40℃,50℃の環境でも生きていけますが、そのためには高度な放熱手段が不可欠です。
人間は、大きな脳の熱マネジメントを実現するために、他の動物と比べて圧倒的に効率の良い放熱手段を獲得しました。それについて述べる前に、他の動物における放熱手段を概観しましょう。
体温を一定に保つ動物は哺乳類と鳥類だけです。爬虫類や昆虫は変温動物です。変温動物の体温調整手段のメインは環境を変えることです。池にいる亀を見ると、夜間は水中にいますが、昼間は甲羅干しをしています。これは夜間に下がった体温を上げるためと言われています。また、変温動物は、体温が高い夏場は活発に活動し、冬場は冬眠など、活動を抑えてエネルギーを節約しています。よって、変温動物は恒温動物である哺乳類や鳥類と比べると間違いなく省エネ体質だと言えます。
哺乳類、鳥類という恒温動物は、体温が一定なので一年中活発に活動できるというメリットがあります。しかし、一方で体温を維持するために常に食べ続けないといけません。また、冬は発熱して体温を上げれば良いですが、暑い日は放熱しなければなりません。犬や猫はもちろんとして、人類の先祖と言われている猿も、皆、身体は毛に覆われています。彼らはどのように放熱しているのでしょうか?
放熱は主に呼吸により行っています。夏場になると、しばしば犬がハアハア浅くて速い呼吸をするのを見かけますが、これはパンティングという放熱行為です。パンティングを行う動物では、頸動脈が脳に入る前に一度網状の頸動脈網となり、鼻から吸い込んだ空気からの静脈との間で熱交換を行う機構を持っています。これは、呼吸を使った非常に高度な熱交換器と言えます。
人間には頸動脈網はありません。しかし、似た機構はあり、脳の表面と内部を連絡する導出静脈と動脈流との間で対向流熱交換を行っています。これも1つの優れた放熱手段です。しかし、これ以上に優れた放熱手段が汗腺(エクリン腺)です。人間ほど汗腺を発達させた動物は他にいません。
汗腺にはエクリン腺とアポクリン腺があります。汗を出して放熱するのはエクリン腺であり、アポクリン腺は匂いを出しているものの放熱にはほとんど寄与していません。人間は、呼吸や皮膚からの熱伝達以外に、汗を出すことによって液体から気体への潜熱を利用して効率良く放熱しています。皮膚の場所によって汗をかく能力は異なります。1日に出す汗は約2リットルであり、平均的には約35 W/m2の放熱力です。しかし、運動鍛錬者は1時間あたり2-3リットルの汗をかくことができ、これは600-800 W/m2 の放熱力に相当します。地上における太陽光エネルギーは約1000W/m2と非常に強力な熱源ですが、計算上、身体の片面が完全に太陽に照らされ、500 W/m2の入熱があっても放熱できることを意味します。実際には、身体の向きを変えて太陽光をうける面積を調整する、あるいは衣服により入熱を抑えることによって、40℃、50℃の炎天下の中でも長時間活動ができるのです。
この人間に特異な発汗による放熱能力は、他の哺乳類に対して1オーダー近く高く、運動能力にも影響します。人間の身体能力は、走る速度にせよ、強度面の頑丈さにせよ、大型の四本足動物には敵いません。しかし、発汗という放熱能力により耐久力を得ました。これは他の動物に無い特徴です。猛獣に追われる立場になったとしても、持久戦に持ち込めば逃げのびるのに役にたったはずです。逆に獲物を追いかける立場になれば、大型四本足動物は短時間走ると体温が上がり、脳が危険信号を出して止まらざるを得ませんが、人間はその間も走ることができ、最終的に追いつくことができたでしょう。
体毛を失った時期はだいたい200万年前であり、そこから脳体積の増加が始まっていますので、脳体積の増加と汗腺による熱放出能力は一緒に進化したという仮説があります。この仮説は完全には実証されていませんが、生物学会の人たちの間でも概ね同意されていると聞きます。私は、この仮説が、今後のメカトロニクスの技術の方向性を示唆していると思っています。CPUは情報を制御し、パワー半導体は電力を制御していますが、既存の放熱技術をいくら改良しても、いずれ熱の問題で停滞すると予想しています。しかし、人間の進化に倣って放熱能力を拡張できれば、さらなる知能化、高出力化に道が開けるだろうと考えています。
具体的な放熱手段は当然、水の蒸発熱の活用です。人間の皮膚で汗の蒸発が始まる温度は通常33-34℃ですが、その時の水の蒸発潜熱は約580cal/gです。放熱力は強力です。人肌は拡大して観察すると溝がたくさんあります。汗腺は溝の交差点にあり、出てきた汗は蒸発しやすいように複数の溝を通って拡散していきます。この構造は物理的にも理に適っており、機械設計にも模倣可能です。また、湿気の多い日に風に吹かれると気持ちが良いですが、この時、汗の蒸発スピードが向上するためです。よって、既存の空冷技術と水の蒸発による放熱の組み合わせは有効です。高速で移動する製品であれば、その環境を活用して放熱力を向上することもできます。
人間の場合、血液から汗を作りだしています。体内から対外に液体を放出するために、細胞膜はイオンを使います。血液中の代表的なイオンは、ナトリウムイオンと塩素イオン、つまり塩水です。機械は塩分に弱く、しかも細胞膜はありませんが、代替手段はたくさんあります。既存の手段の組合せで十分対応できるでしょう。
ここまで、現在の電動化は放熱技術の限界により進化スピードが落ちつつあることを述べ、人間の発汗機構を模倣した放熱技術を取り入れることにより、人間と同様、更なる知能化と高出力化が可能になるだろうという話をしてきました。
これを実現するためには、既存の技術分野だけでなく異分野の技術者が必要です。そのため、異分野を含めた専門人材の知恵を統合する仕掛けが重要となります。しかし、これはそれほど容易ではなく、その仕組み化と組織への浸透には工夫やノウハウが必要です。今後の熱設計分野において異分野人材を組み込み、知の融合、統合をしつつ、放熱技術のブレークスルーを実現するために、貴社はどのような形でマネジメントの進化を行っていきますか?
参考文献
- 脳と体温、被末一之・中島敏博、2000
- 自動車熱マネジメント・空調技術、サイエンス&テクノロジー、2019