〒186-0002
東京都国立市東2-21-3

TEL : 042-843-0268

製品進化とマネジメント風景 第41話 五感センサの進化とマネジメント

人は、技術の進化によって自らの能力を高めてきました。人の感覚の代表例は五感です。すなわち、視覚、聴覚、味覚、嗅覚および触覚です。しかし、実際には五感以外の感覚があり、分類方法によっては20くらいにもなります。五感以外にビジネス的に重要と考えられるものを3つ選ぶとすれば、それらは運動覚、平衡覚および内臓覚だと思われます。運動覚は身体の位置、運動などを感じる感覚、平衡覚は前庭感覚とも言われますが、加速度や回転を感じる感覚であり、内臓覚は内臓の痛みを含めてその状態を感じる感覚です。ここでは、これらを含めて八感と呼ぶことにします。

人の活動の多くは目と耳によるものが多いため、視覚と聴覚を拡張する技術が大きく進化しました。今日では、1万km以上離れた場所の映像と音を、リアルタイムで、しかもあたかも目の前で見るような感覚で体験することが出来るようになりました。これはセンサ技術の進歩による所が大きいと言えるでしょう。なぜなら、センサ技術は、半導体製造技術と結びつくことによって機能の実現だけでなく低コスト化も実現したからです。この結果、従来は軍事用に限定使用されていた技術が民間用途にも普及しました。最近話題になっている自動運転車はその代表例と言って良いでしょう。

視覚、聴覚センサがこれほど急速に発達し、普及したのには2つの理由があると考えています。1つは、扱う情報は可視光と音声であり、波長、周波数、強度などの物理的、定量的なものさしが整っていたことです。標準的なものさしが明確だと、開発しやすいですね。もう1つは、映像と音声情報は複数の人達の間で体験し、共感できることが挙げられます。これに対して、例えば内臓の痛みは、健康上、非常に大切な情報ですが、共有できる所まで達していません。また、体験する映像・音声はモノではなく情報であり、デジタル化によって非常に安く複製、再構成が可能となりました。安価に大勢の人達が共有体験できることは、今の所、他の五感である味覚、嗅覚、触覚と決定的に異なる特性です。

視覚と聴覚の能力拡張は、その容易さもあってビジネスに広く適用されてきました。視・聴センサ技術の向上はこれからも続くと思いますが、既にかなり成熟した状態に達しており、これから得られるプラスの成果は、過去に得られたものと比べると投資の割には小さいかもしれません。これからはむしろ、視覚・聴覚センサで得た情報を分析・評価して利用するビジネスがより重要になってくると考えられます。人工知能の発達により、映像、音声のデジタル情報を加工して商品とするビジネスもあるでしょうし、それらの商品の中で本物とフェイクを見分けるビジネスも出てくるでしょう。

センサ技術の視点では、視覚と聴覚以外の感覚が重要となるビジネスは、これまではかなり限定されていました。最も古くからある分野は、危険を察知して人に知られる類のビジネスでした。しかし、今後は成長の可能性があるのではないでしょうか。例えばゲームの分野でも、視覚と聴覚だけのゲームは成熟し、身体を使うゲーム、つまり運動覚と平衡覚を取り入れたゲーム市場が成長しつつあります。

今回は、五感の中の味・嗅の感覚センサとそのビジネスについて考えていきたいと思います。触覚については、産業用途ではロボット事業と深く関係しており、また、一般消費者用途でも様々な応用ビジネスが期待でき、別の場で議論したいと思います。

最初に、人の味覚、嗅覚の発現メカニズムとこれらに対応するセンサ技術の現状を概観します。

味覚を感じる感覚器は味蕾です。味蕾は脂質とタンパク質からできており、舌に5000~9000個、舌以外に2500個程度あります。味蕾の先端部に味孔があり、ここが食べ物と接触すると、味孔に電位差を生じます。味孔の内部は負の電位になっており、電位差に応じて体内のナトリウムイオン、カリウムイオンが移動して電気的アナログ信号が生成されます。そして、その情報が味細胞に伝達されます。味細胞ではアナログ信号がパルス化、デジタル化され、これが味神経を通して脳に伝達されます。我々は、このデジタル信号のパターンによって味の差を感じています。味細胞の寿命は約10日であり、新陳代謝を繰り返しています。

基本味は酸味、塩味、甘味、苦味、うま味の5つです。大雑把にいうと、酸味は水素イオンの味、未熟な果実の味であり、腐敗の信号でもあります。塩味はナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウムなどの金属電解質の味です。これらは感覚を生み出す神経パルスに必須の要素です。特にナトリウムはカルシウム、マグネシウムと違って体内の貯蔵量が少ないため、人は多めに摂取する傾向があります。甘味は糖類の味であり、カロリーです。疲労すると甘味と酸味が欲しくなりますが、カロリー不足とそれをエネルギーに変えるためのクエン酸を欲していることを意味します。苦味はカフェイン、キニーネなどの植物系アルカロイドの味であり、毒の信号です。うま味はアミノ酸やイノシン酸の味であり、遺伝子や身体の細胞を作る材料を意味します。

基本の五味以外にも辛味と渋味がありますが、辛味は痛覚を刺激しているので味とは見なされていません。一方、渋味は、以前は痛覚を刺激していると言われていましたが、今日では、塩味と苦味の中間の味という見方が強いようです。最後、八番目に脂肪があります。脂肪には味はありませんが独特の食感があり、人はこれが大好きです。大好きとは脳が興奮し、さらにそれを欲するということです。特にコーン油には強化効果があることが動物実験で明らかとなりました。私がコーンチップスを食べ始めると止まらないのは自然現象であり、仕方がないことのようです。

次に嗅覚ですが、仕組みは味覚と似ています。嗅細胞内は外部に対して-70mVの負の電位に保たれています。受容器である嗅細胞に匂いの素である化学物質が付着すると電位差が生じます。その結果、ナトリウムイオン、カリウムイオンが移動し、脱分極が生じます。そうなるとデジタル情報である神経パルスが発生し、これが脳に伝達されます。脳は、このパルスのパターンによって匂いを識別していると考えられています。

味覚については、基本の5味を含めて少なくとも7つか8つには分類できるので、これをものさしとして使うことができます。しかし、嗅覚についてはこのものさしが不十分であり、分類も未整備です。日常的には、珈琲のような匂い、リンゴのような匂いといった飲食物や花、あるいはアルコール臭やコールタール臭などの有機物などを使って表現していますが、この方式だと未知の匂いをうまく表現できません。

未知の匂いの場合、最優先されるのはそれが危険か安全かということです。このため、現状では嗅覚センサの役割の第一は危険探知です。産業分野では、爆発や中毒など人にとって危険な雰囲気を回避する手段として、また、医療分野では吐く息や少量の尿の匂い成分を分析して病気を早期発見する手段として、ビジネス化されています。最近では、体臭や香水をチェックする匂いセンサも商品化され始めました。これも、社会的な文脈における危険探知の一つといって良いでしょう。

嗅覚センサの種類は多いですが、大きく分けると2タイプです。第1のタイプは、金属酸化物半導体、有機導電性ポリマーのように、電位差を計測するタイプです。前者の材料としては酸化スズがありますが、200~500℃という高温にしないと機能しない欠点があり、産業用には使用できても一般消費者用には使いにくい問題があります。これに対して後者は低温で使用でき、感度も良く、さらにMEMS化や集積化もしやすく低コスト化ができるので広く普及する可能性があります。

第2のタイプは、水晶振動子やシリコンに酸化亜鉛などの薄膜を施した表面弾性体といった高い固有振動数を持つ物体を利用し、共振振動数の差を計測して付着した物質の種類を特定する方法です。特定の匂い物質を探知するには特定の分子認識膜が必要であり、これを水晶振動子や表面弾性体の上に施工します。その分子認識膜に匂い物質が溶け込んで質量差が生じるので、これを計測することになります。1ngのレベルの分解能ポテンシャルがあります。

さて、味覚センサ、嗅覚センサはともに一種の化学センサです。化学センサという言葉を聞くと、多くの人は、特定の物質に少量でも探知できる高選択性、高感度を持っているとイメージするのではないでしょうか。実際、医薬品の分野ではその種のセンサが使用されています。一方、人間の舌や鼻も化学センサではありますが、複数の物質に反応する広域選択性を持っており、従来の人工センサとは一線を画しています。よって、味覚センサ、嗅覚センサでは、広域選択性が重要な特性として求められることになります。

味覚センサについては、複数の脂質をセンサ要素として使い、これらの反応をレーザーチャートのパターンで表現して味覚を表す方式が使われています。珈琲、紅茶、ビールなどを分析すると、個々の商品の差を明らかにすることが出来ます。例えば酸味が強い、苦味が強いなどです。紅茶については香りも重要な商品要素です。嗅覚センサで確認した上で、花や果物の香りに喩えて表現されることが多いです。例えばダージリン・ファーストフラッシュでは、非常に芸術性の高い表現の文章が付けられて高価な値段で販売されています。

これらの問題は、映像や音声と異なり分析結果のパターン(レーザーチャートなど)をいくら眺めても、それがどういう味や匂いであるかを具体的に想像できないことです。既知のモノに喩えて言葉で表現する方法は認識の助けにはなりますが、他の製品との差を明確に表すことはできません。やはり実際に食物や香りを作り、それを食べてみないと、あるいは嗅いでみないと、その味や匂いを複数の人の間で共有することは出来ません。非常にアナログな領域です。

視覚と聴覚については、センサ技術の向上により、危険な場所での体験を共有、共感することができます。例えば、米国NASAの手を借りることにより、宇宙から地球を眺めることができ、その美しさや大切さを共感できます。しかし、危険な味や匂いを実際に体験することはできません。一度体験してひどい目にあうと身体に染みこんで忘れませんが、体験しないことはすぐに忘れます。ここに課題があります。

味覚センサ、匂いセンサの技術自体はどんどん進化していくでしょうが、それらをどうビジネスに役立てていくかを考えることがより重要です。誰もが思いつくことを最初に述べます。それは、世の中の人気商品をセンサにより分析し、その結果を人工知能(AI)に学習させます。並行して、味や匂いの成分を組み合わせた新製品デジタル情報を作成します。この新製品情報を人工知能に与えてヒットするかどうかを診断してもらい、ヒットする確率が高ければ量産化に動くという方法です。

上記の方法は短期的には成功を収める可能性があります。しかし、長続きはしないでしょう。他社もAIを使い始めると、学習データが同じなので似たような製品が投入されることになり、差別化できなくなるからです。実際、IBMは、料理好きのプログラマが過去のデータをインプットして料理AIであるシェフ・ワトソンを作りましたが、やはり一流シェフには遠く及ばないという結果でした。本当に自社の価値を高める差別化をしたいならば、AIを活用しつつも、人気が出たことの本質的な意味を理解する必要があります。「意味」は、当然、人にとっての意味であり、コンピューターやソフトウェアには理解できないものです。

視覚と聴覚の分野でも、同様の事が言えるように思います。AIがビッグデータを分析し、リアルな映像や音声を再構成することは可能です。しかし、味、嗅、触と同様、人を驚かせる創造力を示すことは難しいように思います。逆にいえば、ビッグデータを使って人を感動させようとしたら、AIと人の密な連携を促進するコミュニケーションツールが重要になるということです。

異なる専門分野を有機的につなぐためには深いノウハウが必要ですが、まだ、多くの企業ではこれをマネジメントできていません。今後は、新たにAIとのコミュニケーションという課題も追加されます。当社は、異分野の専門家をつないで共通認識を作り出し、顧客価値を高めることを役割とし、そのためのノウハウを持っています。この知見は、当然、AIとのコミュニケーションにも応用可能です。異分野の統合やAIコミュニケーションでお困りの方は、是非、ご連絡をいただければと思います。