製品進化とマネジメント風景 第45話 CO2固定化の進化と環境・ビジネス両立マネジメント
今年になって脱炭素への動きが慌ただしくなってきました。排出権を売買する市場は以前から整備されてきていましたが、次第に取引が活発化し、排出権の価格も上昇しています。
現在のCO2濃度は400ppmくらいですが、産業革命前は300ppm以下のレベルだったので、この200-300年で急激に増えつつあると認識されています。これまで燃やした化石燃料の量を考えれば、この増加は不思議ではありません。諸行無常という言葉のとおり、世の中には変化はつきものですが、何事も急激な変化というものは混乱をもたらします。特にそれが気候変動ならば影響が大きいので、それを抑制しようという考えは妥当だと思います。ただし、2つの疑問が自然と湧いてきます。
燃やすとCO2になる化石燃料が地球に大量に埋蔵されていたということは、植物が大気中のCO2を固定化し、それが土の中に残り、炭化されて石炭や石油になったということを意味します。つまり、以前、大気中のCO2濃度は今よりも高かったという事を意味するのではないか? CO2は温暖化ガスなので、以前の地球はもっと温暖だったということか? これが1つ目の疑問です。
現在の脱炭素化のメッセージは「カーボンニュートラル」ですが、それは暗黙に、CO2水準として、産業革命前から現在くらいの水準が地球にとって妥当な水準なのだと言っているように聞こえますが、それは本当か? 昔の地球のCO2濃度が高かったならば、地球はずっと温暖だったはずだ。一方、地球には氷河期があったとも言われているし、その証拠もある。何か矛盾していないか? これが2つ目の疑問です。
上記の2つの疑問に対し、地球物理学者が一定の答えを与えてくれます。まず、地球の過去におけるCO2濃度は、人間の活動と無関係にCO2濃度が上下している場合があった証拠があるそうです。5億年前は現在のCO2濃度の10倍以上であり、それが3億年前くらいは現在と同レベルになり、1億年前には再び5倍程度になったと推定されています。産業革命時のCO2濃度である300ppmがずっと続いてきたわけではないということです。
また、現在の地球の気温は非常に安定していますが、過去には氷河期と温暖期が繰り返し来ており、氷河期では平均温度が現在よりも約10℃低く、温暖期は逆に10℃くらい高かったそうです。どうやら気温の変化はCO2だけに依存しているわけではなさそうです。私は脱炭素の動きに賛同していますが、一方で、地球の気候や気温を決めるのはCO2だけではないということも知っておく必要があると思います。
平均気温が10℃下がるということは、鹿児島市の気候が札幌市並になることであり、フィリピンのマニラの気候が東京並になることを意味します。農業に大きな影響が出ることは容易に予測できます。人間にとっては耐えがたい痛みになるでしょう。一方で植物にとってはどうか? 気温の上下によって植生は変わるものの、植物は実際にこの過酷な環境を生き抜いてきた実績がありますので、想定内の変動だと認識しているでしょう。実は、人間が気候変動に最も脆弱な存在なのかもしれません。
さて、地球の平均温度が10℃レベルで上下するメカニズムは完全に解明されていませんが、だいたいの説明は与えられています。まず、太陽から地球への入熱量そのものの変動が挙げられます。地球が太陽をまわる軌道は、長い時間をかけて円から楕円、楕円から円にゆっくりと変化しており、その結果、太陽と地球間の距離が少しずつ変化しているからです。地軸の傾きも変化しており、やはり入熱量に影響します。また、太陽そのものが発生する熱量も刻々と変化しています。黒点の数が計測されていますが、太陽の発生熱量と相関があるためです。さらに、温暖化ガスである大気のCO2濃度の変化があります。
上記のように原因がいくつかに特定できるならば、気候の予測は可能だろうと思いがちですが、非線形性を伴う複雑系の予測は一筋縄では行きません。人間の思考の大きな特徴は、物事の変化を直線的に捉えることですが、複雑系を扱う場合には人間の思考は全く当てにならず、自身の直感を疑ってかかるのが無難です。
シンプルにもかかわらず複雑さが急激に増加する好例として二重振り子が挙げられます。普通の振り子は人間の思考の特徴に合っており予測可能です。しかし、振り子の下にもう1つ振り子を付けた二重振り子では、その挙動は人間の目にはカオスに映ります。とても人間の頭で予想することは不可能です。YouTubeなどに動画もありますので、是非、ご覧ください。二重振り子は運動方程式で記述でき、シミュレーションすればその挙動をほぼ再現できます。しかし、初期値をほんの少し変えただけでその後の振る舞いは変わってしまうので、全く同じ状況を再現するのはほぼ不可能です。
自然もたくさんの自由度を持った系であると考えると、同様に複雑なカオス的挙動を示すと予想できます。CO2増加とは別の要因で温度が上下する可能性もあるということです。とはいえ、人間の活動によって大きな擾乱を与えると、自然の挙動も影響を受けることは間違いないので、擾乱をできる限り抑制していくことは意味があります。前置きが長くなりましたが、擾乱を抑制する手段として期待されているのが、CO2をどこかに封じ込めてしまう固定化技術CCS (Carbon Capture and Storage)です。今回はその現状と企業に及ぼす影響を議論したいと思います。
CO2のCCSはその貯留場所によって大きく3つに分類することができます。それは地中、海中および陸上の3つです。ただし、CCSは当然、一定のコストがかかるため、単なる貯留ではなく資源化まで踏み込もうという考え方が出始めています。それらはCCU, Carbon Capture and Utilizationと呼ばれます。今回のテーマはCCSですが、一部CCUを含みます。CO2資源化については、別途、議論したいと思います。
地中にCO2を貯留するという考えは、これまで石油や天然ガスを採掘してきたスペースがあるのだから、そこに戻すという意味では自然な発想です。実際、数百万年レベルで石油やガスがそこに保存されていたのですから。そういう意味で、枯渇した油田やガス田にCO2を貯留すれば良いではないかと単純に考えたくなりますが、そう簡単な話ではありません。枯渇した油田、ガス田は放置すると飲料水用の地下水にまで油やガスが混入するため、通常はコンクリートや鉄板を用いて厳重な処置をします。また、採掘孔は放置すると地下水で埋まってしまうことも多く、元に戻すのは大変で、かえってコスト高となります。
よって、現在使われている油田、ガス田にCO2を入れて貯留する方がより現実的です。CO2を注入すると石油や天然ガスの増産に繋がるという副次効果もあり、企業が前向きとなって作業が進みます。CO2を貯留して減らそうとしているのに、CO2の源の増産に寄与することになるので複雑な気分ではありますが、代替案も無く、これが現実的な解なのだろうと考えざるを得ません。大事なことは、油田、ガス田が枯渇に近づいたら、機を逃さずに純粋な貯留場所に変えていくということです。
油田、ガス田として採掘されていた場所であれば、人の飲料水を汚すリスクはかなり小さいと言えます。これに対して、油田でもガス田でも無い場所を掘り、地下の帯水層にCO2を溶かして貯留するというアイデアがあります。地下の深い所にある帯水層は塩分が多く飲料用には使えないので、これにCO2を貯留すれば良いではないかという考えです。私はこの考えは危険だと思っています。帯水層の水はゆっくりですが地下を移動しているので、いつの日か飲料水の帯水層と交差し、飲み水を汚染してしまうかもしれないからです。この手の話は、実施の結果が出るまでに最低でも数年、下手をすると数十年かかるため、実施を決断した人が責任を取れません。責任が希薄化すると人は無責任な判断をする傾向があるため、非常に危ないと思います。
地下への貯留で最も安全と考えられているのは、鉱物炭酸化による貯留方法です。CO2を鉱物化すれば、地質学的時間すなわち百万年単位で安定に固定化することが可能だからです。また、地下には、人間が発生するCO2を貯留するに足るケイ酸マグネシウムやケイ酸カルシウムを含む岩石が大量にあることが分かっています。これらを含むものとしてかんらん石がありますが、これらをわざわざ掘削して粉砕してCO2固定化をするプロセスはコストがかかり過ぎるので現実的ではありません。地中あるいは海中の一定以上の深さにある玄武岩へのCO2注入は1つの策として挙げられます。当然コストがかかるので、この作業はおそらく炭素税を資金源として行う事業になるでしょう。
鉱物炭酸化によるCO2固定化は、地上においても出来ることがあります。産業廃棄物の処理に役立ちます。具体的には、廃コンクリート材、鉄鋼スラグおよび都市ゴミ焼却灰などのカルシウム等を含む灰です。これらにCO2を加えることで石灰化でき、特にコンクリートの骨材としての利用が期待できます。コンクリート用骨材は川砂など自然の砂、砂利を使っており、自然の生成量よりも人間の使用量が上回ったため、環境破壊を起こしつつあります。よって、その代替材を廃棄物から回収できることは、地球の河川などの環境にとって非常に意味のあることだと考えられます。ただしCO2を固定化する量については多くを期待できません。
海中にCO2を貯留するというコンセプトに移ります。水はCO2を溶かしやすい性質を持っています。この200-300年間にCO2濃度が上昇した結果、海の酸性化が進んでいると言われています。pHにして約0.1が低下しました。何が問題かと言うと、CO2が水に溶けると炭酸(H2CO3)になります。炭酸は、水素イオン(H+)、炭酸水素イオン(HCO3-)および炭酸イオン(CO3 -2)のどれかの状態で存在しています。海は本来弱アルカリ性ですが、アルカリ度が強いと炭酸イオンが増え、サンゴや貝やウミガメやエビなどが海中のカルシウムイオンと炭酸イオンを使って硬い殻を作ることができます。一方、海の酸性度が高まってアルカリ度が低減すると、炭酸水素イオンが増え、炭酸イオンが減ります。これは、前述の海洋生物が殻を造りにくくすることになるので、海の生態系を変えてしまいます。複雑系では単純な予測はできず、これらは食用の魚にも影響する懸念があります。
世界の海の平均水深は約4000mと言われています。海のCO2を計測すると、水深1000mくらいまではCO2濃度が上がって酸性度が上がっていますが、それより深くなると殆ど影響を受けていないことが報告されています。そのため、CO2を深い所に貯留すれば良いではないかという考えが出てきます。水深の深い所ではCO2は水と反応してハイドレート化します。その結果、CO2が海に溶け出すスピードは非常に遅くなるのですが、濃度が上がるので、深海魚の生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されます。人の深海に対する知識は宇宙と同程度と言われています。繰り返しとなりますが、生態系は複雑であり、深海における生態系が変わると何が起こるか分かりません。よって、海中貯留は時期尚早だと考えます。
CO2を固定化する場所の最後は地上です。いくつかの案が検討されていますが、持続性があるのは2つです。1つはLNGと同様に人工タンクへの貯蔵です。これは資源化が前提であり、CO2資源化については別途詳しく議論したいと思います。資源化の一部として地中貯留の所で既に述べましたが、コンクリート廃材や都市での焼却ゴミを原料としたコンクリート用再生骨材へのリサイクルがあります。人間が経済活動で使用する素材の中で物量的に他を圧倒しているのがセラミックス材であり、その中でも最も量が多いのがコンクリート用骨材です。捨て場に困るものをリサイクルして再使用することは、地球から採掘する物量を目に見えて低減することに貢献します。
残るは緑地化です。植物は大気のCO2を固定化するともに酸素を生成してくれるのですから。コスト的にも他の方法と比べて最も安いようです。緑地化する場所は砂漠、海沿いの砂地、乾燥地などです。砂漠で植物が育ちにくいのは水が不足することもありますが、より強い原因として塩分濃度の高さがあげられます。塩分濃度が高いと、植物が鉄やマンガンなどの重金属を吸収しにくくなり、育成が阻害され、枯れてしまいます。しかし、自然界には、どんな毒でも食物に変えてしまう細菌がいるように、塩分が好きな植物がいます。例えば、サリコルニア、フダンソウ、ほうれん草などです。サリコルニアはシーアスパラガスとも言われ、アッケシソウという日本名もあります。どれもサラダ、おひたし、炒め物などとしておいしく食べられるものです。緑地化による大気のCO2濃度低減には時間がかかりますが、食料供給というビジネスと両立できるので有効な策かもしれません。
長い時間をかけて生まれた生物内におけるエネルギー消費方法(代謝)は、人間が作り出したエネルギー消費と比べて、何十倍、何百倍も効率的なことは明らかです。一例として、人間の作ったモーターと植物の体内にあるモータータンパク質であるキネシスを比較してみましょう。モーターを動かすには電力というエネルギーが必要です。しかし、キネシスはブラウン運動のようにランダムな状態のエネルギーを使ってモノを輸送します。つまり、エントロピーの高い状態から、必要なエネルギーを抽出しているということです。工業熱力学の領域を超えた話ですが、巧妙な仕掛けでこれを実現しているのです。人間のエネルギー利用技術はまだこの域に達していません。CO2を低減していくためには生物のメカニズムの超省エネの仕掛けを真似していく必要があるのだと思います。
脱炭素化は、既存の企業組織にとっては変革を迫るものであり、強い痛みを伴うでしょう。しかし、時代の変化を止めることはできません。そういう時は、試しながら少しずつ変えていくのが良い方法です。確かな事は、今の世の変化は1つの専門分野で解決できるものではありません。様々な専門分野の組み合わせ、統合が必要です。専門人材の中にはコミュニケーションが苦手な人もいるでしょうし、人は出来れば変わりたくないものですから変化に抵抗する傾向があります。しかし、共通の目標と自由な裁量と他者とのコミュニケーションをサポートするコーチがいれば、楽しみながら変化していくことができます。貴社はそのような仕掛けを構築していますか?