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製品進化とマネジメント風景 第125話 エネルギーのトランジション・マネジメント

昨年の夏はこれまで以上に暑く感じました。実際、東京の猛暑日は記録を更新したそうです。温暖化がどんどん進行しているのを肌で感じますが、直接的に気候変更を及ぼす原因について新聞に詳しい記事が出ていました。 

気候に最も大きな影響を与えるのが海流であることは常識ですが、その中でも最も重要なのは、地球全体規模での海流である『千年海流』であり、最近、この流れに変化が見られるとのことでした。 

千年海流は、大西洋のアイルランド付近で、塩分濃度の差によって海面上の流れが海底に落ち込む所から始まります。アイルランド付近から、その深層海流は大西洋を南下して南極を横目にみて東に進み、一部はインド洋に北上し、その他は太平洋を北上してアラスカ近辺で海面まで上がります。 

アラスカ近辺で海面に到達した流れは、今度は赤道付近まで南下し、その後、西に向かってインド洋に入り、ここから更に南下して南極を横目に見ながら太平洋を横断し、大西洋を北上してアイルランド付近に達するという壮大な循環流です。日本の黒潮は、赤道付近を南下して西に向かう流れから分岐した海面流だと言えます。黒潮の蛇行が7年間続いているそうですが、これは黒潮の流れが弱まっている1つのエビデンスかもしれません。 

千年海流のシミュレーション結果によると、温暖化により南極やグリーンランドの氷が解けて淡水が放出され、塩分濃度が下がることにより、千年海流の速度が約20%下がったと予測されています。 

千年海流の速度低下は地球温暖化に起因していると推定されますが、その変化は、局所的に寒冷化をもたらすと言われています。千年海流の速度低下が及ぼす影響を物理的に考えてみると、海流の流れが速く、その慣性力が強い時には海流全体が安定したものになりますが、慣性力が弱まると不安定化して各所で蛇行が発生しやすくなります。各所での海流の蛇行は局地的な気候変動をもたらすので、今後、場所によって異常気象が益々、増える可能性があります。 

千年海流の弱体化については、ある所まで進むと元に戻れなくなるという指摘がされており、そうならないためには脱炭素化のスピードを高める必要性があると主張されています。科学的な根拠はまだまだ不十分ではあるものの、定性的に非常に説得力があります。 

では、ここからは、この数年における世界および日本における脱炭素化の動きを見ていきます。 

Statistical Review of World Energyの2024年版によると、2023年の全世界で生産した1次エネルギーは620EJ(つまり620×10^18ジュール、あるいは石油換算にすると148億トン)だったと報告されています。過去最高値であり、前年より約2%増加しています。 

燃料別にその内訳をみると、石炭が26.5%、石油が31.6%、天然ガスが23.2%、原子力が4%、水力が6.5%、その他の再生可能エネルギーが8.2%となっています。化石燃料の比率は81.3%です。当然、CO2排出量も過去最高となっています。 

1次エネルギーとは、自然から直接採取できるエネルギーのことであり、『その他の再生可能エネルギー』には、太陽光、風力、地熱、バイオマスなどが含まれています。1次エネルギーは、そのままの形では人が消費しにくいので、通常、2次エネルギーに変換して使います。具体的には電力、ガソリン、灯油、都市ガスなどです。 

『その他の再生可能エネルギー』の増加量は年率換算で5.5%であり、全体増の2%よりも大きい数値です。5%増という数字は立派ですが、ややインパクトに欠けます。しかし、個別に見ると、太陽光発電は32%増、風力発電も13%増であり、再生可能エネルギーへのトランジションは大きく進んでいることが分かります。 

次に日本だけを取り出してみると、まず、1次エネルギー消費は前年に対して-3.4%と減っています。CO2排出量は-6.3%であり、世界平均の1.2%増に対して脱炭素化に貢献しています。ただし、『その他の再生可能エネルギー』の増加量は年率4.8%増であり、世界平均値よりを少し下回っています。細かく評価すれば太陽光発電は4.8%増であり、風力発電は20%増でした。全体として、省エネ努力によりCO2排出を減らしているものの、エネルギー源のトランジションの進みはやや遅いことが分かります。 

ここからは脱炭素化を進める方向性について検討します。CO2を排出しない1次エネルギーは、水力、太陽光、風力等の再生可能エネルギーと原子力です。原子力は核廃棄物を出し、この廃棄物の無害化に要する時間が非常に長いので、持続性可能なソリューションとは言えません。とは言え、脱炭素化に寄与するので、今後の数十年間だけに限定して使う暫定的な手段としてはその活用を考えるべきでしょう。

よって、脱炭素化と持続可能性を両立できる1次エネルギーは水力、太陽光、風力等による電力生産となります。水力はもう限界に達しているので、世界全体として、太陽光発電と風力発電を増強する方向に進んでいます。 

日本に関しては、国土が狭く、しかも山が多いため、大規模な太陽光発電所や風力発電所を造る場所があまりありません。よって、増強する方向性は、太陽光では都市部の建物の屋上、建物の壁や窓および道路への適用であり、風力については洋上への拡張です。 

上記の予想が正しければ、太陽光発電に資する建材は今後の成長産業になると予想されます。道路への拡張については、トラックや建機などの重量物が通過することによる繰り返し荷重で疲労破壊が懸念され、建物の建材と比べると技術的な難易度は高く、普及するには長い時間が掛かるかもしれません。 

風力発電は、前述したように洋上に向かうしかありません。ただ、日本では台風に加えて地震による津波があり、さらに日本海沿岸については世界的にも強い雷という自然の脅威に曝されています。大きな津波が発生すると、金属の塊である風力発電装置が流されてくるので2次災害の発生も懸念されます。津波を考えると、巨大津波が起こりにくい日本海側への設置が無難な選択肢となるでしょう。 

太陽光発電と風力発電が増えていくのは良いのですが、電力における需要と供給がマッチしないと出力制限の問題が生じます。九州では太陽光発電の出力制限が常態化し、設備をフル稼働できずにいます。洋上風力についても東北地方が多いので、無策のまま放置すれば、九州と同様の問題が起こるでしょう。 

再生可能電力における出力制限を防ぐ道は2つあります。1つは、電力が余った時に蓄電池を充電し、不足した時に放電して消費するという道です。もう1つは、電力需要の少ない地方で発電した余剰電力を、需要のある都市部に長距離送電する道です。 

前者は蓄電池の製造コストに課題がありますが、地産地消に適した手段です。ただし、蓄電量が地産地消できるレベルを超え始めたら後者に頼るしかありません。米国や欧州では後者がかなり進んでいます。 

長距離送電では、従来の交流送電ではなく、高圧直流送電が経済的に有利になります。この分野は日本がパイオニア的な存在です。日本においても、地域間の電力融通が進み始めましたが、米国、欧州と比べてまだまだの感があります。送電網の増強は時間がかかるので、まずは、安価な蓄電池を使った電力グリッドシステムを構築しつつ、時間をかけて高圧直流送電網を増強していくことになるのでしょう。 

蓄電池を含む地産地消的な電力グリッドシステムを構築する動きですが、世界全体で見ると、2023年は前年に対して120%増と大幅な成長を記録しました。日本も年率77%増でしたが、世界の平均に対してかなりの差を付けられています。世界的に急成長している状況から、世界中の多くの国が、再生可能電力の出力制限を抑制し、自然から採取したエネルギーをすべて有効に使い切ろうとする方向に舵を切っていることが読み取れます。 

脱炭素化を進めつつエネルギーを確保する際、日本のような資源小国では2つの事に注意する必要があります。1次エネルギー源はもちろん、2次エネルギーの形で使用する製品について、原料、素材のサプライチェーンが持続可能性の高いものでなければならないということです。 

まず、1次エネルギー源についてです。例えば、太陽光発電については、これまではシリコン系半導体が主流でしたが、コスト的に高いため、安いペロブスカイト系太陽電池に注目が集まりつつあります。ペロブスカイト系であれば、曲面も形成できるので、建物や車、電車、航空機など、様々な製品に適用可能です。都市部での電力自給度を高める策にもなりえます。さらに、主原料であるヨウ素では、日本は世界第2位の生産を誇っています。よって、日本にとって、これは持続可能性の高いソリューション候補と言えるでしょう。 

風力発電については、前述の理由により、太平洋側ではなく、日本海側の洋上発電を指向せざるを得ないでしょう。風力発電量が増えるにつれて、地産地消できない地方が増え、都市部に長距離送電する必要性が高まります。そこで高圧直流送電のニーズが高まります。直流送電は洋上風力発電との相性も良いので、その用途での需要も増えるでしょう。 

2次エネルギーについては、クリーンで脱炭素化を進めやすい電力利用が進みつつあります。そこでも鍵となるのは蓄電池とパワー半導体です。

蓄電池については当初、性能競争が進みましたが、その後、コスト競争になり、今後は原料調達競争になりました。 日本は、蓄電池の分野でパイオニア的存在でしたが、今は、後発の他国の後塵を拝しています。

パワー半導体分野も当初はリードしていましたが、EVや再生可能電力の増強に伴って次第に後塵を拝しつつあります。

ペロブスカイト系太陽電池や高圧直流送電でもパイオニア的存在であり、今の所、優位な立場を保持しています。しかし、 これまでのパターン、すなわち、『スタート時は世界のリーダーなのに、しばらくすると後発にどんどん抜かれる』という最近の日本の定型パターンを脱しないと同じ結果になる恐れがあります。

日本の負けパターンは研究され、その原因は既に分かっています。そろそろ、この悪い定型パターンから抜け出すタイミングに来たのではないでしょうか? そのために、鍵となる製品開発マネジメントを少しだけ見直しませんか?