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製品進化とマネジメント風景 第126話 再生可能電力を有効利用するためのインフラ・マネジメント

前回のコラムでは、再生可能電力を有効利用するために必須の要素として2つの項目を挙げました。蓄電池と高圧直流送電です。 

蓄電池は、太陽光発電や風力発電で余剰が出た時に電力を蓄え、不足した時に放電するのに使います。地産地消的な使用に向いています。しかし、蓄電量が地産地消を上回る量に達すると、出力制限をするか、需要のある都市等に長距離送電する必要がでてきます。

一般に、再生可能電力の発電量の多いのは都市部から離れた地方であり、地方と都市は距離が離れているので、長距離送電に適した高圧直流送電が良い選択肢となるわけです。 

蓄電池と高圧直流送電の両者に共通していることがあります。それは直流を使っていることです。太陽光発電は直流発電なので蓄電池や直流送電と相性が良いですが、風力発電では出力が交流なので、直流に変換してから蓄電や直流送電をする必要があります。 

特に、洋上に多数の風力発電塔を設置した場合には、複数の発電塔で生成された電力を統合してから電力網に接続する必要があります。この時、統合した電力を直流化して送電すれば、主力電力網への接続が容易となります。一方、電気製品は交流で動くので、最終的には直流から交流への変換が必ず必要になります。今日、直流と交流の間の相互変換で重要な役割を担っているのはパワー半導体です。 

高圧直流送電では数十万ボルト級の高い電圧を扱います。蓄電池も電力網に接続しようとすれば、それに合わせて高電圧に変換して接続する必要があります。そこで、今回は、高電圧を扱うインフラの代表としての高圧直流送電とそのキーデバイスである高耐電圧のパワー半導体とそれを使うインフラのマネジメントに焦点を当てて議論していきます。 

高圧直流送電には、他励式変換と自励式変換の2つの方式があります。 

他励式変換では、最大電圧は±100万ボルト級、最大容量は10GW級です。今の所、最大パワーは自励式よりも上です。半導体としては、数十年前から変わらずサイリスタを用い続けています。 

サイリスタでは変換動作をする際に、必ず系統電圧が適切に印加されていることが必要です。そのため、停電状態からのブラックスタートをすることができません。また、制御応答は数十ヘルツレベルと低く、高速な応答ができません。さらに、今後、成長が期待される洋上風力発電で求められる多端子化の構築・運用が複雑化しやすいという欠点もあります。それ故、ブラックスタートができて応答性の良い変換方法が模索されてきました。 

自励式変換の最大電圧は、現在では±50万ボルト級、最大容量は2GW級であり、最大容量としては他励式に負けています。しかし、自己消弧型パワー半導体を用いるので、ブラックスタートが可能です。 

当初、自己消弧型パワー半導体としてGTOサイリスタが使われていましたが、コストが高く、送電損失も多いという問題がありました。21世紀になり、後述するMMC(モジュラーマルチレベル変換器)が出現して、これにシリコン系IGBTが採用されるようになると、その後はMMCによる自励式変化の採用が増えました。 

シリコン系IGBTの採用が増えた理由は、スイッチング速度がGTOよりも高いこと、それに加えて、スイッチングに必要な駆動電力が極めて小さく、小型化が可能なこと、これらによって低コスト化と低損失化が可能なためでした。 

さらに、高電圧に曝されても電流飽和特性を示すため、瞬時の破壊を避けられるという特筆すべき優れた特性を持っています。瞬時に壊れなければ、保護機能が働いて安全に装置を停止できるわけです。これら複数のメリットにより、シリコン系IGBTは市場を席捲するようになったと言えるでしょう。 

加えて、このシリコン系IGBTを搭載したMMCは多端子化も簡単に対応できるため、洋上風力発電や洋上太陽光発電との相性が良く、自励式変換は今後も更なる成長が期待できます。 

自励式変換の成長を促したのは、前述のMMCです。シリコン系パワー半導体素子単体の耐電圧はあまり高くありませんが、独立した直流電源を持つ単位変換器を直列に多数接続して高耐電圧を得るというアイデアが20世紀末に出され、21世紀初頭にMMCとして実用化されました。 

MMCは当初、コンデンサ電圧を定格値に制御するバランス制御にノウハウが必要であり、普及が進みませんでした。しかし、その後、コンデンサ電圧のバランス制御の方法が学術的にも研究され、その公開を受けて普及が進み、コストも下がり始めました。  

MMCでは個々の単位変換器を別々に制御できるので、良質の交流を生成することができます。ただし、交流を生成する際に精密に高速制御する必要があり、このために光ファイバーで信号を送信して行います。MMCの数が増えると、それだけ通信用の光ファイバーの数も増えるので、超高圧の直流送電設備は光ファイバーの化け物のように見えます。

MMCで用いるパワー半導体は、現在、シリコン系IGBTですが、最近では、SiCを代表とする耐電圧性に優れるワイドギャップ系パワー半導体が出てきており、話題になっています。果たして、シリコン系IGBTはこれらワイドギャップ系に置き換えられていくのでしょうか?   

最初に結論を述べておきます。以前のコラム(27)では、ワイドギャップ系パワー半導体の代表であるSiCを有望だと書きました。SiCパワー半導体は、確かに高いポテンシャルを持っているのですが、今回はその評価を少し下げました。理由は以下を読み進めていただければ、分かっていただけると思います。 

まず、高圧直流送電のMMCでは、今の送電電圧ではシリコン系IGBTで性能的にもコスト的にも成立しており、送電電圧をさらに一桁上げる話にならない限り、シリコン系からSiC系に変えるメリットは見出しにくい状況です。SiCを適用すれば、その高耐電圧性によりMMCのモジュール数を減らせ、スイッチング損失も減らせます。しかし、SiC半導体素子のコストが高すぎるので、経済的なメリットを見込める状況にありません。

SiCの適用先として注目されていたのは、スペースに余裕がなく、冷却に制限がかかるために素子の耐熱性が重要となる移動体(車、航空機など)です。しかし、ここに来て、シリコン系IGBTの耐熱性向上や、小型化に適した逆導通IGBTが開発され、SiCのメリットが目減りしつつあります。やはりSiC素子のコストが高すぎるのです。

SiC半導体素子が高くなる理由はいくつかありますが、その代表はSiCウエハのコストが高いことでしょう。以下の数字はインターネット上で調べた数字であり、精度は高くありません。それによると、シリコンウエハの市場価格はだいたい1平方メートルあたり15万円ですが、SiCウエハはこの数十倍です。ウエハの価格差が2~3倍程度になれば、勝負になる可能性が出てきますが、数十倍もの差があると厳しいと言わざるを得ません。 

では、なぜ、SiCウエハの製造コストはここまで高いのでしょうか? その1つの理由は、SiCがSi(シリコン)とC(炭素)2つの元素の化合物であることが起因しています。 

シリコン単体であれば、融液から直接的にウエハのための単結晶を生成させる低コストの製造方法が確立されています。これに対して、SiCは2元素の化合物であるため、単結晶を成長させる条件を見つけにくく、融液ベースの低コスト製造はまだ確立されていません。そのため、今の主流の製造法は気相による昇華再結晶法です。高温CVD(化学蒸着法)の製品も出てきていますが、どちらにしても気相ベースの製造方法なので、生産スピードが遅く、シリコンとは勝負になりません。 

以上から、SiCウエハ製造法についてコストを一気に下げる方法が見つからない限り、SiC半導体素子がシリコン系IGBTを凌駕することはできないのではないかと考え始めています。 

新製品の研究開発の現場は、原料や素材のコスト、調達性をあまり気にせずに、機能や性能ばかりを重視して活動を開始してしまう傾向があり、それで成功を納めると社風にまでなってしまいます。しかし、経済性で劣るものは事業化できないし、調達性に問題があれば、ビジネスとして持続可能でなくなってしまいます。

素材から製品までのプロセスにおいていくら競争力があったとしても、大元の素材コストが下がらなければ、事業として成立する確率は下がります。一方で、最初は素材コストが高かったのに、時間の経過とともに急速に下がっていくケースもあります。 

素材コストが下がる場合、そこには極めて論理的な理由が存在します。これは、事前にしっかりと調査すれば、将来、素材コストが下がることを予測できることを意味します。 ですから、自社の製品開発、技術開発を始める時、素材コストを構成する要素を分析して将来におけるコストを推定し、大きく下がるのか、あるいは余り変わらないのかを充分に認識した上で、研究開発の活動を開始するか否かの判断をする必要があるのです。