製品進化とマネジメント風景 第34話 エネルギーハーベスティングの進化とIoTマネジメント
エネルギーハーベスティングは、別名、環境発電とも呼ばれますが、まだポピュラーな言葉、存在にはなっていません。しかし、今後、IoTビジネスが成長してデータ活用が重要な社会になれば、不可欠の製品市場になると予想されます。
人間は、化石燃料、太陽光、風力などからエネルギーを得て様々な用途に使用しています。使用の結果の排出物として熱、振動、電磁波を放出しています。特に、化石燃料の利用については有効に活用できているのは1/3程度であり、残りは大気に捨てています。これは良くないだろうということで、捨てたものの一部を電力として回収しようというのがエネルギーハーベスティングの元々のコンセプトです。電力レベルで言えば、μW、mWからせいぜい数Wが対象です。
私は、このコンセプトの意義を理解するし否定しませんが、そのままでは積極的に支持できないと思っています。なぜなら、捨てたエネルギーを回収するのは労力の割に得られるものが少なく、むしろ、捨てる前の作動効率を向上する活動に集中する方が余程大きな成果を得やすいからです。
しかし、世の中の電化がさらに進み、加えてIoTによってあらゆるモノがインターネットでつながる世界を想定すると、エネルギーハーベスティング(以後、EH)は不可欠になるだろうと予想しています。
それは、IoTセンサを動かして通信するための電力供給を考えれば、すぐに分かります。電源が近くにある場合であっても、センサの数が増えてきたら配線数が増えて膨大な作業が必要となります。電源がない場合には、まず電池を使うことを考えるでしょうが、必ず交換作業が生じます。センサの数は、いずれ億や兆のオーダーに増えるでしょうから、そのメンテナンス作業量は膨大なものになります。人間やロボットを使って交換作業を行ったならば、きっと事業として成立しない場合が多数出てくると思います。
電化が進んだ結果、一般人の生活では、内燃機関自動車、ガスコンロ、ガスライターなどの一部を除くと、ほぼ全てが電気で動くようになりました。逆に言えば、停電が起こるとほぼ全ての活動が止まってしまうということです。ある意味、脆弱なシステムになりつつあると言えるでしょう。実際に2019年に北海道で地震が発生し停電が生じると商業活動は停止しました。ただ、あるコンビニ会社だけはガソリン自動車を起動して電源とし、事業を継続して周辺の人たちに暖かい食事と飲み物を供給でき、大変喜ばれたという話があり、これがBCPの世界でのベストプラクティスとなりました。
では、EHにはどのような種類があるのでしょうか? 主な選択肢は振動発電、電磁波発電および熱発電の3つです。4つ目としてバイオ発電がありますが、これについては後述します。
振動発電は、モノの振動を利用して発電します。世の中に振動するものがたくさんあります。社会インフラとしては鉄道線路、橋、高速道路など、工場やプラントでは内燃機関エンジン、電動モータ、配管が振動源となります。振動するということは、老朽化によって壊れるリスクがあるということでもあります。よって、メンテナンスフリーで簡単に出来るならばIoTモニターしたいニーズは多々あります。振動発電の原理としては、電磁誘導、磁歪、圧電、静電誘導の4つがあります。どれも交流発電であり、発電密度はせいぜいmW/cm2であり、余り大きくありません。
電磁誘導は今日使われている発電機の基本原理です。振動によって生じる磁場の変化を誘導起電力として取り出します。この方法はサイズが大きくなるほど有利です。電磁誘導を適用したEH製品の代表例は、インフラや装置のモニターではなく、配線不要の押しボタン式スイッチです。部屋の照明をオンにする時にボタンを押しますが、人がボタンを押す力によって電磁誘導を起こし、その信号を無線で照明装置に送ります。この装置のメリットは、配線工事を無くせることです。
磁歪発電は、磁性体に衝撃や圧力をかけて変形をさせ、その時に発生する磁場の変化を利用し、やはり誘導起電力を起こして発電します。磁歪材料は限られていること、衝撃や変形を伴うので機械的な損傷が生じるリスクが高いことなどにより、適用は限定的です。圧電発電は、磁歪と同様、圧電体に機械的な歪を与えることにより発電します。特に高周波数の振動に向いています。しかし、発電量を増やすには部材に与える歪を増やす必要があり、機械的な損傷リスクが伴います。
静電誘導は、1つの電極にエレクトレット(帯電する絶縁体)を使い、もう1つの電極との間の相対的な変位を用いて発電します。機械的にかかる応力が低いので機械的な損傷リスクが低く、また、振動周波数範囲を広く調整できることも特徴です。
ここからは電磁波発電です。ここでは太陽光発電と電波発電を取り上げます。ただし、太陽光発電としては、いわゆる単結晶シリコン等で高エネルギー投入して製造される本格的な太陽光発電装置は除きます。高コストだからです。ここでの用途は、農林水産業や土木建設などの屋外作業でのモニタリングであり、それに必要な電力を供給できれば十分です。よって、製造に必要な電力消費量が少なく、とにかく安いことが求められます。それに対応するものとして色素増感太陽電池があります。この太陽電池は、光電極と対極および、それらにより挟み込まれる十数μの厚みの電解質溶液部から構成されます。光電極は、導電性のガラス基板とその上に塗布される酸化チタンの多孔質膜からなっています。性能の鍵は多孔質に固定する色素です。使われる色素によって発電効率が大きく変わり、以前は10%強だったのが今では20%程度まで上がってきました。発電密度に換算すると、だいたい20mW/cm2です。
電波発電は、世の中に放出されている電波エネルギーをレクテナによって収集して役立てようというものです。しかし、放送局など強い電波を送信している近辺を除くと電波エネルギーは弱く、また周波数が変わるとレクテナのサイズが大きく変える必要があるため、コンパクトなEH手段になりません。事業化はかなり難しいと思います。
ここからは熱発電です。ある種の熱電材料は、温度差を与えると電位差が生じる特性があります。これはゼーベック効果と呼ばれており、この効果を用いた発電方法が熱電発電です。熱伝導が存在するため、ガスタービンやディーゼル等の熱機関と熱効率の勝負をすると必ず負けます。製品化された代表事例としては宇宙船用電源および腕時計用電源が有名です。可動する部分がないので耐久力があります。宇宙船用電源などは30年以上も故障せずに発電をし続けています。IoT用途で考えると、やはり高熱を発生する工場やプラント設備の保安監視に非常に適しています。人間にとっては過酷な環境ですし、ロボットに監視させるよりも余程安上がりだと思います。発電密度は温度差によってかなり変わりますが、100℃の温度差があると数W/cm2レベルであり、太陽光発電の100倍級となります。10℃の温度差でも太陽光発電並の発電密度を持っており、屋外利用の潜在性があります。
以上、これまでのEHについてみてきました。ここからは、これからのEHについて考えていきたいと思います。
共通しているのは、どれも微弱な電力しか発電できないことです。センサによってデータを取得し、送信するだけでも電圧としては、今はまだ1V級、出力も1W級は欲しい所です。それも直流として。これに対してEHで回収できる電流は交流、直流の両方がありますが、サブnA級の微弱な電流しか得られない場合もあります。つまり、微弱な電流をキャパシタに蓄積しながら昇圧する電子回路が必須となります。IoT用途には間欠的な情報収集、送信で事足りる場合が多いので、機能としては問題ありません。重要なのはコストと耐久性ですが、MEMS技術の進化によって実現できる状況まで来ています。
社会インフラ、産業インフラには振動源を持つものが多くあるので、それらのIoT用途向けに振動発電が適しています。モニタリング用途が増えて、センサ数が増えてくると安さが求められるようになります。その意味でMEMS化できることが重要な条件になります。機械的な耐久性も求められます。これらを考えると、振動発電の中ではエレクレットを使った静電誘導型が有望だと思います。
金属、セラミック、プラスチックおよび半導体の素材生産工場ではたくさんの熱が放出されます。保安上モニターすべき事も多いので、IoT用途には熱電発電が適しています。常温近くで実用的な熱電材料としては、1950年代に発見されたビスマステルル系があります。これを超える材料は中々見つかりませんが、薄膜化することにより熱伝導と導電率を別々に制御できるようになりました。加えて半導体製造技術、MEMS技術を応用できるようになったため、熱電素子として性能向上と低コスト量産化の両立が視野に入ってきました。前述したように発電密度は温度差によって変わりますが、たった5℃の温度差でも1V強の電圧と数十mWの発電が可能なので、用途は多々あります。問題は、ビスマステルル系材料は希少金属であり、テルルには毒性があることです。本格普及のためには無害な代替材料が不可欠です。有機材料には巨大ゼーベック効果があることが判明しており、1つの可能性になると考えられます。なお、従来のゼーベック効果とは異なりますが、スピンゼーベック効果を活用すると、強磁性の絶縁体で発電できるので、こちらにも可能性があると思います。
屋外環境のIoT用電力確保の用途としては、当然ですが太陽光発電が向いています。社会インフラのように屋外にあるものはもちろん、土木建設の途中にも使えますし、農業にも向いています。日本は人口減が懸念されていますが、世界全体では人口増はあと数十年間続くと言われています。気候変動の影響も出始めており、豊作になったり不作になったりするでしょう。事前に正しい情報を収集・分析し、食料の余裕のある所から不足する所に食料を融通することが、これまで以上に重要なミッションになると思います。食料生産の予測精度を高めるには膨大なセンサの数が必要ですので、やはりコストと耐久性が鍵となります。色素増感太陽電池の低コスト化をさらに一歩進めたペロブスカイト太陽電池は目を離せない存在です。
振動発電、熱電発電、太陽光発電に続く第4の選択肢がバイオ発電です。技術的な成熟度という意味ではまだ途上にあるといって良いでしょう。いくつかのタイプがあります。バイオ燃料電池はグルコースなどの糖類を燃料、酸素を酸化剤、酵素を触媒として、生物に近い形で発電します。地中の微生物を触媒として発電するタイプもあります。その他にも樹木を用いた発電などが提案されています。森林用の電源として、太陽光発電は候補には挙がりますが、地上は日陰ばかりなので必ずしも向いていません。樹木そのものを電源とできるならば、その方がベターです。
EHを有効な事業に出来るかどうかは、何をモニターしてどう役立てるかのサービス設計が重要です。製品設計にも、そのサービスの効力を高めることが求められます。従来のサービスといえば製品のメンテナンスでした。EH製品ではメンテナンスフリーが当たり前になります。サービスはメンテナンスではなく、センシング、通信能力と現場におけるその場判断の重要性が増すでしょう。製品とサービスは、異なる専門分野の人材が設計することが多いと思います。これまでは製品が付加価値提供の中心でしたが、今後はサービスによる付加価値提供の機会が増えてくるのは間違いありません。様々なサービスが求められ、多くの異分野の専門人材の知恵の統合が必要となります。組織的にこれを上手に行うマネジメントの仕組みが非常に重要となってきます。マネジャー個人の能力向上は依然として重要ですが、人の頭の中にある知はその人とともに消えてなくなるものです。組織に残るのは仕組みだけです。貴社はどのようにしてこの仕組みを構築していきますか?
参考文献
- エネルギーハーベスティングの設計と応用展開、桑野博喜、2015
- 熱電材料の物質科学、寺崎一郎、2017