製品進化とマネジメント風景 第128話 ダイヤモンド製造技術の進化と事業マネジメント
人間の歴史において、宝石類、特にダイヤモンドは希少品の代表でした。しかし、20世紀半ばには、ダイヤモンドさえも人工的に製造できるようになりました。
人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドは、同じダイヤモンドでも結晶構造と内包物に違いがあり、専門家が見れば、大抵の場合に見分けが付くと言われています。ただし、天然ダイヤモンドであっても、希に人工物と結晶構造が同じ場合があり、その場合は専門家でも見分けが付きにくいと言われています。
ダイヤモンドに対抗できる宝飾品と言えば金(ゴールド)です。宝飾品としてどちらに価値を置くかは個人の好みですが、装飾品以外の用途、例えば工業用途の希少性という観点では結論は明らかです。
結論は金(ゴールド)です。なぜなら、金の方がダイヤモンドよりもずっと希少性が高いからです。希少性に差が出るのは、ダイヤモンドは人工的に造れますが、金は造れないからです。
このように述べると、次のような突っ込みが出てくるかもしれません。「確かに金は人工的に造れない。だが、鉄だって人工的に造れないぞ。それでも鉄はダイヤモンドよりもずっと安いぞ!」
確かにそのとおりです。地球の地殻を掘ると、鉄は沢山でてくるのに、金は微量しか出てきません。その理由は、完全には実証されていないと認識していますが、理論物理により明快に説明可能です。
太陽のような恒星の中において核融合反応が起こっていることはよく知られています。この核融合は元素番号の小さなものから大きなものを生み出しますが、鉄の所までくると反応が終わってしまうのです。この核融合は第1段階のものですが、宇宙には恒星がたくさんあるので、まさに、星の数だけ鉄は作られているのです。
恒星の運命は超新星として爆発して終わる運命にありますが、その際、内部に大量に作られた鉄が宇宙に大量にばらまかれるのです。地球の内部にも鉄が豊富にありますが、それは今ある太陽が出来る前に存在していた恒星が爆発してばらまいたものだと言えるでしょう。
恒星が超新星として爆発する際に第2段階の核融合が起こると考えられています。このプロセスにより、鉄よりも大きな元素番号の元素が作られます。鉄をベースとして新たな元素を作り出すものの、その種類は多く、それぞれの量は鉄と比べると圧倒的に少ないので、鉄よりも元素番号が大きい元素は鉄よりも希少な存在となるのです。
つまり、鉄が安い理由は、宇宙が、人間が使いきれないくらい大量の鉄を製造してくれたからなのです。これに対して金の生産量はずっと少量であり、にも関わらず、人間がその輝きと錆びない特性に惹かれて需要が高いので高価になるのです。天然ダイヤモンドはもちろんですが、人工ダイヤモンドであってもその生産量は、鉄と比べればずっと少ないので、鉄よりも高い価格で売れるのです。鉄は人間にとって、天からの恵みものだと言えるでしょう。
金は希少であり、しかも新たに造ることができないので、その価値は、宝飾品だけでなくそれ以外の用途品としても上がり続けるだろうと予想します。これに対して、ダイヤモンドについては、一般的な装飾品としての価値は下がり続ける可能性が高いと考えます。一方で、工業用途の価値は上がる可能性があります。それは、ダイヤモンドが工業用として、非常に優れた特性を持っているからです。
ここからは、人工ダイヤモンド事業の歴史を振り返ります。当然のことながら、人工ダイヤモンドにおける最初の事業化は宝飾産業向けでした。しかし、希少価値のある天然モノと比べると、やはり安い値段でしか売れませんでした。
価格が安い場合には大量に売らないと事業として成立しないので、大量に売る道を考えざるを得ません。その結果として出てきたのが切削工具としての製品化でした。この製品化は大成功しました。
切削工具は固いという特性が必要ですが、それだけでは不十分であり、熱伝導率が高いことが要求されます。それは、切削時に発生する熱を放出する必要があるからです。ダイヤモンドはこの両方の特性を有する数少ない素材であり、それに気付いた人々が事業で成功したということです。
切削工具の次に出てきた需要は、磁気センサやパワー半導体への応用です。後者について、現時点では非常に高価なのであまり普及していませんが、高い絶縁破壊電界を有し、放射線下などの過酷な環境で使えるので、電力スマートグリッドの電圧制御を機械式からダイヤモンド半導体への置き換える、あるいは、原子力発電所や宇宙衛星用に向いています。
工業の分野では、1つの製品化が成功すると、そのサイズを大型化する需要と小型化する需要のどちらか、あるいは両方が出てきます。半導体では、ウエハサイズの大型化と、回路の小型化の両方が追求されます。なぜなら、この両方を実現できれば、生産コストが劇的に下がり、市場が一気に広がるからです。
人工ダイヤモンドの製造法は大きく2つあります。高温高圧法とCVD法です。高温高圧法は、まさに地球が天然ダイヤモンドを製造した方法であり、人間が科学的にこれを再現しました。1955年に最初の実証成功例が報告されましたが、現在、この方法での殆どの生産・供給は中国企業により行われています。もちろん、用途は工具用です。
半導体の工業生産では最低でも2インチ(約5センチ)のウエハが必要と言われています。素材としての特性は、シリコンはもちろん、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)を凌駕しているのですが、大きな単結晶のウエハを造れるかどうかが重要な鍵となります。
前述の高温高圧法で作れる最大の単結晶のサイズをインチ級へ拡大することは、技術的に非常に困難だとされています。そこで、1990年代からは、CVD法(化学気相蒸着法)によるダイヤモンドウエハの製造法の研究が開始されました。
CVD法は基板の上に単結晶ウエハを成長させていく方法です。CVD法にいくつか種類がありますが、現在の主流は、マイクロ波プラズマCVD法です。当初は数ミリサイズのものしか造れませんでした。サイズを大きくしようとすると、単結晶ではなく多結晶になってしまうのです。多結晶ウエハでは、結晶と結晶の間の粒界で特性が変わってしまうため、パワー半導体として使いにくかったわけです。
多結晶となる理由は色々ありますが、代表的な理由はダイヤモンドとそれを成長させる基板との熱膨張率の差が大きすぎることです。パワー半導体のSiCの場合にも同じ問題はありますが、それでも基板にシリコンを使えます。ダイヤモンドの場合には、シリコン基板では熱膨張率に差がありすぎて大型の単結晶ダイヤモンドウエハを造れません。
ダイヤモンドウエハを大型化するための基板材がなかなか見つからなかったのですが、模索の結果、サファイア基板を使うと上手く作れることが分かりました。サファイアは、ご存じの通り、アルミナ(Al2O3)の単結晶体です。
サファイア基板の使用と更なる製法上の工夫により、2022年時点では8インチ(約20センチ)の単結晶ダイヤモンドウエハの量産が可能になりました。また、試験サンプルであれば、12インチのものも生産できるようになりました。
ダイヤモンド半導体にせよ、その基板材であるサファイアにせよ、これらの原料はどこでも手に入るものです。ダイヤモンドの原料はメタンと水素であり、サファイアの主原料はアルミナです。少量の添加物は必要ですが、これらも全て入手しやすい原料です。
製造には高温プロセスが必要なので、投入するエネルギー量は大きくならざるを得ません。脱炭素化の要求の下では、このエネルギーを再生可能エネルギーにより供給する必要がありますが、製品原料についてはどこにでもある材料なので持続可能性は高く、原料供給国が特定の少数の国に偏ることもなく、地政学的な問題も生じません。
ただし、一つだけ注記すると、単結晶サファイア基板の製造設備において、希少金属が必要となります。サファイアの製造法の代表例は、シリコンウエハの製造でも使われているCZ法(チョクラルスキー法)と毛細管現象を利用して単結晶を成長させるEFG法(Edge-defined Film-fed Growth Method)です。
どちらの製造法においても、高温に耐える坩堝(ルツボ)という製造設備が必要であり、この設備に希少金属が必要となります。とは言え、製造設備なので、製品に比べればずっと少ない量です。希少金属のリサイクル技術と組み合わせれば、持続可能性を確保できる可能性は高いと予想しています。
日本のように資源の少ない国で工業を行う場合には、原料の入手性が良いものを使って価値のあるものを生み出すことを狙う必要があります。どんなに優れた機能・性能を有する製品であっても、その原料の生産国に偏りがあれば、最後に勝つのは原料を持つ国になるからです。
その意味で、今、もてはやされているガリウム系のパワー半導体では、ガリウムという希少金属の調達性に懸念が残ります。いくら性能が良くても、いくら初期の市場で優越性を確保できても、長い目で見ると最終的には原料調達で負けるのではないかと個人的には考えています。
貴社の製品戦略において、差別化を希少原料で行おうとしているケースはありませんか? あるならば、よくよく吟味することをお勧めします。