製品進化とマネジメント風景 第68話 デイリーレベルの蓄エネルギーマネジメント
資源エネルギー庁発表の2020年統計結果を分析すると、日本のエネルギー消費は、3割が電力、2割超が輸送、残りの5割弱が熱であることが分かります。輸送と熱の大抵は化石燃料に依存しており、さらに電力についても約75%は火力発電が生産しています。現実問題として、日本はCO2を出しまくっており、近年では欧州などから批判の声が上がっています。
そこで脱炭素の動きが活発化しており、再生可能エネルギーの導入が相次いで計画され、実行されつつあります。しかし、世界全体を見渡すと、再生可能エネルギー(以後、再エネ)の導入を進めても目論見どおりにCO2低減が出来ていない場合があり、よくよく考えてから実行しないと投資損になりかねないため注意が必要です。
一例として、再エネ先進国と呼ばれるドイツを挙げます。ドイツは再エネの導入を積極的に進め、現在、電力供給の4割が再生可能電力となりました。しかし、CO2排出の低減が予定どおりに進んでいません。なぜでしょうか?
それは、太陽光発電や風力発電が秒単位で出力が変化する非同期電力であり、電力の質が低いことに関係します。
今日の電力消費者および電力供給者は、安定した周波数の高品質電力が維持されることを前提としています。これを近代社会の必要条件と言いきる人さえいます。
再エネによる出力電力の変動を補うには、調整可能な発電手段が必要であり、今の所、火力発電がこの役割を果たしています。今の火力発電所は、脱炭素化の動きの前に導入されたものであり、基本、フル出力に近い定格条件で最高効率を達成するように設計されています。しかし、再エネ電力が次第に増えてきたため、それに合わせて出力を下げた部分負荷で運転する時間が増えてきたわけです。
火力発電の主機であるガスタービンや蒸気タービンという回転機械を使って発電する場合、仮に定格条件で最高効率となるように設計したら、どうしても部分負荷での効率は悪化します。悪化のレベルは数パーセントから20パーセントを超える場合もあります。再エネ電力が増えた分、火力発電は効率の悪い所での運転が増え、その結果、CO2を余計に排出することになったわけです。当初の計画では、おそらく火力発電の発電効率は変わらないものとして見積もりをしたので、目論見どおりに減らないという話になったと解釈できます。
火力発電への依存度が高い日本も、ドイツと同じ道を歩む可能性が高く、重要な教訓として学習した上で計画を立案、実行していく必要があると考えます。
第67話では、再エネ電力で余剰が発生した際に蓄エネルギーソリューションの全般について議論しました。今回はそのうちの一部であるデイリーレベルの蓄エネルギー(蓄エネ)ソリューションについて議論を深めていきたいと思います。デイリーレベルの短時間の蓄エネソリューションとしては蓄電と蓄熱に分かれますが、近いうちに我々自身が毎日当たり前のように使うようになるだろうと予想されます。
蓄電ソリューションとしては、リチウムイオン電池、NAS電池、レドックスフロー電池などがあります。他にも選択肢はありますが、この3系統に絞ります。
リチウムイオン電池は、エネルギー密度が高いため、電気自動車への適用が進み、その延長線上で定置用の蓄電手段としても活用が進みつつあります。数十MW級の大出力にも対応でき、また、サイクル寿命も従来の約4000から1万回超まで改善してきたため、1日2回の充放電をしても約15年間使用できるレベルとなりました。電力システム用、産業用だけでなく、家庭用にも使えますが、コストが高いという短所があります。
加えて、リチウムイオン電池は希少金属の使用が多いため、常に供給リスクを抱える宿命にあります。よって、定置用としては同じイオン系電池ならば、ナトリウムイオンやカリウムイオン等、入手性に問題がなく、より安い原料を使う電池に置き換わっていくだろうと考えられます。
NAS電池は、ナトリウムと硫黄を固体電解質のベータアルミナで分離した蓄電池です。ベータアルミナはナトリウムイオンを通すという特殊な性質を持っており、これを上手に活用しています。入手しやすい原料のみから構成され、リチウムイオン電池よりも導入コストを安く抑えられ、大出力と大容量化が可能です。電力系統や産業用として優れたソリューションです。
ただし、サイクル寿命は4500回と短めのため、1日1回の充放電運用で約15年間に制限されます。また、300℃の高温で運用するため、自社でのメンテは難しく、また、確率は低いでしょうが火災リスクが付きまといます。よって、都市の真ん中に設置しにくいだろうと考えます。
レドックスフロー電池は、電極自身は変化せず、水溶系の2種類の活物質をポンプで流して酸化と還元を起こして電気を発生する装置です。イオン水溶液にはいくつか選択肢はあるものの、今日、代表として名前が挙がるのはバナジウム系です。
レドックスフロー電池の主たる長所は2つです。1つ目は、水溶液の量で蓄電容量をコントロールできるので大型化しやすいことであり、2つ目は、設備メンテさえすれば、サイクル数や寿命に制限がないことです。導入コストはNAS電池よりも高いですが、1日24時間の充放電回数が2回、3回と増える運用環境になればなるほど競争力が増してきます。
もちろん欠点もあります。第1はバナジウムが希少金属でコストは高く、しかも供給リスクがあることです。バナジウムを使い続ける限り、普及の拡大は難しいかもしれません。そのため、現在、バナジウムを入手性が良くて安いチタンやマンガンへ置換するための研究開発が実施されています。この置換が実用化されれば、その時には広く普及するだろうと予想されます。
第2の欠点は、エネルギー密度が低いため、広いスペースが必要になることです。事業性を考えると、土地の値段が高い場所には設置しにくいということです。
ここから蓄熱ソリューションの話に移ります。蓄熱については3つのソリューション分類して考えると分かりやすいでしょう。第1は蓄熱したエネルギーを主に電力に変換して供給するタイプ、第2は電力と熱を調整しながら併給するタイプ、第3は熱のみを供給するタイプです。
第1のタイプは、太陽光や風力による再エネ余剰電力使って、熱貯蔵媒体の液体や固体を高温に上げます。そして、電力供給量が不足しはじめたら、熱を電力に変えて供給します。
熱を電気に変える手段として最も入手しやすいのは、これまで火力発電所で使用していた蒸気タービンを流用することです。そのため、貯蔵する熱の温度は500℃級が適しています。この温度の熱で水を水蒸気に変え、その加熱蒸気で蒸気タービンを駆動し、発電機を回して発電するのです。
貯蔵する熱の温度を1000℃レベルまで上げられるならば、より効率の高いガスタービンを使って発電することが可能となります。ただ、既存の火力発電所の多くは汽力発電であり、ガスタービンよりも多くの蒸気タービンが残っています。この資産を有効利用しない手はないように思います。
第2のタイプは太陽熱発電です。太陽光を熱として貯蔵した上で、電力と熱の需要に応じて供給します。昼間は電力が余るので、これを熱として貯蔵しておき、太陽が沈んだ夜間にも電力を供給します。10年前の文献を読むと、太陽熱発電は電力・熱を併給できる柔軟性があり、しかも、太陽光発電よりも発電コストが安いと考えられていました。
当時の殆どの専門家は、太陽光発電が1KWhあたり10円を切るとは考えていませんでした。今日の太陽光発電の実力は、欧米中では1KWh当りの単価は6~7円レベルまで下がり、中東では2~3円という話も聞こえてきます。経済性についてのみ評価すれば、すでに火力発電よりも優位性を持つに至っています。
第3のタイプは、太陽熱により水を温め、100℃未満の低温で貯蔵し、お湯として供給していくソリューションです。小規模な設備は、家庭用も含め、これまで多々供給されてきました。しかし、熱貯蔵は第67話で述べたように規模が重要です。大規模にすると相対的な放熱が減り、1~2ヶ月間といった季節をまたぐ長期間蓄熱も可能となるからです。
デンマークでは、適切な規模として自治体レベルを想定し、そのサイズ感で太陽熱の貯蔵と供給を行っています。夏場は貯蔵の水温が90℃程度まで上がるため、給湯はこのソリューションだけでまかなえるとのことです。
夏場の熱を秋の中頃まで使え、冬場も設備外の水温よりも暖かく、消費エネルギーを抑制することができます。給湯用のポンプを駆動する電力は必要ですが、グリーン度の高いソリューションです。夏場の気温が高い日本との相性は良いのではないでしょうか。
ここから、蓄電と蓄熱の棲み分けを考えてみましょう。これまでの議論から、蓄電は、大は電力系統での使用、小は家庭レベル、個人レベルでの使用に適していると考えられます。
蓄熱は、電気を一度に熱に変え、再び電気に戻すため、効率は蓄電よりも明らかに下がります。しかし、既存の火力発電所設備を流用できることから、設備投資を抑えることが可能であり、電力系統での使用に適していると言えるでしょう。ただし、規模を小さくすると急激に効率が悪化するため、家庭レベルには適していません。少なくとも自治体レベルのサイズ感を持つことが必要だろうと考えられます。
電力の質の話を冒頭でしました。火力発電や原子力発電は、慣性力のある大きなタービンにより発電機を回転させており、その慣性力ゆえに回転数は安定し、結果として発電周波数も安定しています。電力システムの安定性という視点では、大型の回転機械による発電機駆動が重要な役割を果たしているということです。
脱炭素の流れで火力発電所が減ると電力システムが不安定化します。不安定化を抑えるには、蓄熱による大型タービン駆動が手っ取り早い手段であり、効率は高くはありませんが、電力の質が求められる社会では必要な存在です。この前提が変わらない限り、蓄電と蓄熱を適材適所で棲み分けていく必要があるということです。
電力システムも100年に一度の変革を迫られていますが、コンセプト設計が重要です。火力発電から再エネ電力への置換が少しずつ進んでいきますが、道を間違えると、ドイツと同様にCO2排出があまり低減しないことになりますし、さらには停電しやすい電力システムになってしまうリスクもあります。
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