製品進化とマネジメント風景 第24話 データエコノミーの進化とマネジメント
「データは21世紀の石油である」と数年前から言われるようになりました。この言い分に対してポジティブな人もネガティブな人もいると思います。私自身は数年前から調査を進めていましたが、両面ありという結論に至りました。
ポジティブな面としては、データはいくつかの分野において既に証明されたように、石油と同様に非常に大きなインパクトを及ぼし、既存ビジネスを変えてしまう潜在力があることです。一方、ネガティブな面もあります。世の中では今、プライバシーの問題が盛んに議論されていますが、私が一番問題視していることは、データには正しいデータだけでなくフェイクがあり、今後、フェイクデータによる汚染が増大していくだろうということです。
石油は物理的に存在しており、最終的に本物と偽物を見分けることが出来ました。しかし、データは人間あるいはAIが操作できてしまうので、最後まで真偽の見分けが付かないものも出てきます。現在はまだ正しいデータが多くを占めているだろうと推測しますが、いずれ正しいデータを得るためにはコストをかけて認証する必要が生じるでしょう。近年話題のブロックチェーン技術も偽造を防ぐ手段の1つです。
今回のコラムではデータ資源のポジティブな面を中心に述べていきます。データがどういう時に大きな価値を生み出しているのか、いくつかの成功パターンが見えてくると思います。
事例は以下の4つに分類しました。第1は、データ活用によって生み出される価値や生産性が数倍から数十倍向上できそうな分野。第2は、価値や生産性が数十%から数倍程度まで向上できそうな分野。第3は、価値、生産性が数%から数十%まで向上できそうな分野です。最後、第4は少し毛色が変わります。価値があることは間違いなく分かるのだが、値段を付けられないプライスレスな分野です。今日、IT技術の進化により生産性は確実に上がっていますが、金額換算すると低下している結果となる原因のかなりの部分がここから来ていると思います。
第1の事例です。データ活用によって価値や生産性が数倍から数十倍向上できる分野としてどのようなものがあるでしょうか? 既に開拓されてしまいましたが代表例は広告と小売りです。広告業はラジオ放送以来、一方向のブロードキャスト方式で行われてきました。メディアとしては、ラジオ、テレビ、雑誌に加えてビルや道路脇の看板、車内広告などがあります。広告は、ラジオの普及以来、売上向上に効果があることが実証されており、1つの業として定着しました。しかし、ブロードキャスト方式は、興味のある人にもない人にも同じように伝えるため、コストパフォーマンスは非常に悪いことは明らかでした。そこでデータ活用の出番が来ました。インターネットとWebの利用率が上がるとともにソフトウェア技術が進歩し、どこの誰が何に興味を持ち、何を欲しているかを捉えられるようになりました。この結果、購買意欲のある人達だけに広告できるようになりました。効率は数十倍以上向上したといって良いでしょう。
小売りも同様です。従来は立地を慎重に選定して実店舗を作り、そこで顧客に商品を売っていく形でした。しかし、インターネットとWebの利用により、自分の欲しいモノを自宅に居ながら容易に見つけることができ、しかも多数の店の品を比較検討できるようになりました。さらに一般化したサービスである宅配と組み合わせることにより、自宅など指定した場所にモノを届けてくれるようになりました。ユーザーの視点からみれば、単にモノを入手したいだけの場合は、実店舗に行くよりも数倍以上生産性の高いソリューションであり、瞬く間に世界中に広がっていきました。
上記の例以外に同様の価値向上、生産性向上が起こりうる分野として何があるでしょうか? それぞれのビジネスの立場で是非考えてもらいたいと思いますが、すぐに思い付くのはリアルタイム翻訳に関わるサービスです。英語が出来る人は結構いますが限られています。また、英語以外の言語が出来る人は希少です。多くの言語でリアルタイム翻訳が出来るようになると、コミュニケーション効率は数十倍上がります。もちろん、コミュニケーション効率が数十倍上がってもビジネスに直結するわけではありません。しかし、少なくとも教育ビジネスの分野では大きな影響があるでしょう。優れたオンライン教材、教育プログラムは、今以上のペースでグローバルな広がりを見せるだろうと考えます。
第2の事例に移ります。データ活用によって、価値、生産性が数十%から数倍まで向上できる分野です。既に実用化された分野としては、航空エンジンや建設機械が先行していますが、モノ売りとアフターサービスを組み合わせたライフサイクルビジネスです。かつては数年に一度発生していた高額オーバーホール費用を定額制サブスクリプションの導入によって平準化し、ユーザーとサービス提供側の両方が恩恵を得られるようになりました。さらに、現実の運用状況によってメンテナンス期間を大幅に延して費用を抑える、閑散期にメンテナンスをして繁忙期にはフル稼働してしっかり稼げるように支援する、といった形で顧客に高い価値を提供しています。
第2の事例の文脈で今盛んに議論されているのは陸上移動の革新です。MaaS, Mobility as a Serviceという言葉を頻繁に聞くようになりました。MaaSが出てきた背景として色々なことが言われていますが、私は以下の3つが大きな要因と推察しています。1つ目は自家用車の稼働率が約5%と低いこと、2つ目は自家用車を所有したい熱意、こだわりが以前よりも低下したこと、3つ目は低賃金労働者数の比率が増加していることです。
2つ目の要因については、自動車よりも面白いことが増えてそちらに予算が回ってしまったということでしょう。自家用車の稼働率5%という数字は2013年の愛知県における調査結果です。稼働率は、朝6時から夜9時までの時間を分母とし、年間走行距離から稼働時間を推定して算出しています。通勤に使用している人は稼働率が低くても必要度は高いので5%という数字は過小評価だと思います。一方、2012年の東京都環境局の調査結果では、サンプル数は限定的ですが商用車の稼働率は50%を超えていました。乱暴な推論をすると、自家用車を無くして全てを商用車にしてしまうと稼働率が10倍になる可能性があるということになります。
MaaSには、自家用車所有モデルと比べて利便性を維持しつつ、移動コストを大幅に下げる潜在力があります。私自身も車のシェアリングを試して実感しました。フィンランドのヘルシンキでは既にMaaSが始まりました。スマートフォンアプリにより、電車、バスなどの公共交通機関に加え、民間タクシー、シェア自動車とシェア自転車を選択肢として現在位置から目的地までの移動方法を検索して選ぶことができます。このアプリの利用が増えた結果、自家用車による通勤が40%から20%に半減したそうです。今後、都市部において、自家用車所有にこだわりが無い人達は自動車を買わなくなるでしょう。結果として、自家用車の需要が従来想定に対して数十%のレベルで減る可能性があります。これは自動車製造業の方々にとっては厳しい話です。
第2の事例として、次に注目されるのが画像データとAIを組み合わせた各種の無人化ビジネスです。製造現場におけるロボット利用、無人化はかなり前から実用化されてきました。ただ、品質を左右する検査については、人間、特に熟練者への依存度が高い状況にありました。ところが最近では、画像処理技術の進化と蓄積されたデータの活用により検査の自動化、無人化が進みつつあります。食品、医薬品も含めて工業製品の検査工程でも広がってきました。医療分野でもX線CTやMRI(核磁気共鳴画像法)の写真診断支援でAIが活用され、その有効性が実証されつつあります。無人化については、今後、工場や病院の内だけでなく外にも広がっていくでしょう。
第2の事例が続きます。運送トラックの運転手不足が問題化しているというニュースも頻繁に聞きます。その実態調査結果を参照すると、運転手の数は減ってはいないが、一度の配送における積載率が減り、配送効率が悪化して運転手が不足する状況になっていることが分かりました。積載率が低下したのはオンラインショッピングが広まり、モノの配送が小口化し、この小口化にうまく対応できていないためと分析されています。一方、トラック運転手の荷物搭載の待ち時間は長く、実際に走っている時間と待ち時間が同等レベルにあるとのことです。ここに数十%レベルの改善ポテンシャルがあります。全く別の対策として、ラストワンマイルの無人搬送も検討されています。陸と空の両面が議論されており、ここには数倍の生産性向上の可能性があると考えます。しかし、配送の無人化についてはまだ信頼性に課題が残っています。まずは人口密度の低い地域で実証試験を繰り返し、実績を積む必要があるでしょう。
第2の事例の最後です。気まぐれな自然を扱うビジネスにおけるデータ活用です。天気はもちろんですが、生き物も気まぐれです。ただ、人間には気まぐれに見えても、データを取って分析すると実は法則性がある場合も多々あります。天気に関しては太陽光発電や風力発電の電力供給量の変動に繋がります。電力は需要と供給をマッチさせる必要があります。需要を満たすために多めに発電し、余った分を熱にして捨てるのが従来のやり方でした。しかし、電力貯蔵が出来るようになり、また、天気データを活用することで自然エネルギーの発電量の予測精度が上がってきました。結果として、この分野では数十%以上の価値向上が見込めるでしょう。
第3の事例に移ります。データ活用によって価値や生産性を数%から10%、20%レベルで改善できる分野の話です。こういう分野は無数にあるでしょう。既に実用化されているサンプルを挙げると、まずは街中での駐車場探しです。空いている駐車場情報と走行中の車の情報を組み合わせ、車の運転手に適切な駐車場候補を提供するサービスがあります。タクシー業界では、過去の実績について場所、時間帯、天気などの情報を組み合わせたAIを活用することにより、売上が5%程度向上したそうです。小売りの売り場における棚展示の最適化によっての売り上げ増を狙っている会社もあります。
最後、第4の事例です。金額では評価できないプライスレスなデータ活用についてです。例えば、地理的に離れて会うことができない家族、恋人、友人と、顔を見ながらのオンラインコミュニケーションは時として金額では測れない価値を生みます。また、医療の分野でも臓器売買は禁止されていることから金銭のやり取りの無いマッチングが重要な価値を生みます。最近ではドライブレコーダーを搭載する車が増えてきましたが、その画像を解析・診断することにより、ドライバーが事故を起こしやすいパターンを特定できるようになりました。事前の教育やリアルタイムの警告によって交通事故を減らすことができます。交通事故では被害者も加害者も不幸になるので、高い価値があります。これらの事例はどれも人を幸福にしますが、金額換算が難しい分野です。
データ活用はこれまで非効率だった事柄を、最適化によって価値を高めることが得意です。低コスト化にも役立つでしょう。しかし、このやり方を続けていくと、ある所で停滞すると予想します。遅かれ早かれ、皆が同じことをやるようになるからです。
停滞を乗り越えるには、新しい価値、コンセプトを生み出す必要があります。データ分析をいくら実施しても、AIは新しい価値、コンセプトを教えてはくれません。新しい価値の探索は、顧客や顧客の顧客が製品、サービスを使う場面や文脈を理解することから始まります。顧客は人間なので、しばしば思い込みに囚われている場合もあります。データを活用しても、思い込みから開放する新しいコンセプトを提供することは出来ません。
顧客を理解して新しい価値、コンセプトを生み出すのは、顧客の立場を思い浮かべて喜怒哀楽を感じる人間だけです。一方、従業員に顧客の立場を思い浮かべられるようにするには、ただ命令しても効果はありません。顧客の立場を認識できるようにする仕掛けが必要なのです。貴社はどのような仕掛けを準備していますか?
参考文献
- データ・ドリブン・エコノミー、森川博之、2019
- NEO ECONOMY、日本経済新聞社編、2020
- カーシェアリングの推進、公益財団法人名古屋産業科学研究所