製品進化とマネジメント風景 第10話 バリューチェーンの進化とマネジメント
私の友人の一人は、半導体バリューチェーンの一部を形成している会社に勤めています。先日、彼と久しぶりに会ってじっくりと話しました。久しぶりということで、実際に会うと歳をとったことが風貌に現れていて、お互いを見て二人とも笑ってしまいました。
半導体の世界はご存知のように水平分業が進みました。バリューチェーンを大雑把に書いてみると、まず、シリコンウェーハの素材製造があります。次にLSIチップを造る工程が入ります。洗浄、イオン注入・熱処理、リソグラフィー、エッチング、成膜、平坦化などです。これを何回も繰り返します。これらは半導体製造装置に中で施工されます。半導体製造装置は、工程ごとに独立したモジュールがあり、各モジュールはそれぞれ別の会社が担当しています。シリコンウェーハ上にLSIチップが作られると、今度はウェーハを加工し、チップ化し、最後に配線を付けてパッケージ化します。工程に用いるガス、液体、固体粉末などの原料や副資材なども専業メーカーが供給しています。
水平分業が進むことの良いことは、得意なことに集中できるので専門性が高まります。グローバルに仕事を受注して同じ工程を繰り返し実施していると、学習効果も高まるので、同じ工程を片手間にやっている人と比べて生産性が高まりコスト競争力も増してきます。
分業化、専業化は確かに良い面もありますが、一方、ずっとそればかりやっていると、自分のやっている工程以外に頭が回らなくなり、顧客の要求を鵜呑みするようになってしまう傾向があります。顧客がなぜ、そういうスペックを求めているのか、書かれている数字のどの数字がより重要で、どの数字の重みは軽いのか、顧客によって要求が微妙に違っているのはなぜか、そういう事がだんだんと分からなくなってきてしまうのです。
半導体では各社の設計を基に製造だけを専業的に請け負うファブがあります。昔は生産量を確保するために、ファブは顧客要求に文句を言わずに対応してくれていたそうですが、今ではファブの力が増したとのこと。要求の価格、品質、納期を達成したいならば、設計のここを直せと逆提案する要求をするようになってきたそうです。この話を聞いた時の反応は人によって異なると思いますが、私は、ファブの技術力が相当向上したのだなと感じました。その理由は後述します。
バリューチェーンを統合するのは最終製品メーカーです。最終製品は、半導体の場合はパッケージされた製品ですが、産業用製品の場合は製品システムであり、複数のサブシステムあるいはモジュールから構成されているのが普通です。各サブシステムは、複数の組立部品、配線、配管などから構成されます。組立部品は、さらに複数の子部品から構成され、子部品は機能によって異なる部材、素材が使われます。
これらの1つ1つに対して特定の要求スペックがあり、それを守ることが要求されます。要求スペックは数字の羅列ですが、1つ1つに意味があります。これらの数字の意味は、最終製品システムにおいて所定の機能、性能、耐久性などを達成するために必要なものです。ただし、分業のためにスペックに落とし込む段階で、自身の部品あるいは工程の品質を保つために、少しだけマージンを加えて要求を高めに設定する傾向があります。これは、どこにでもある話ですが、この少しずつ高い要求も積み重なると、チリも積もればなんとやらでコストアップにつながります。
製品システムの設計をしている会社は、なぜ、その要求なのか、どの要求は必須で、どの要求は緩和可能かを知っていますが、モジュール、部品、部材と、システムの一部に限定された部分を扱うようになるにしたがい、要求の意図、意味がだんだんと分からなくなってきます。顧客の要求を忠実に守り、しかも、品質、コスト、納期を守って納入して信頼を得ることが重要だ。そうすれば次の仕事に繋がる。要求がどう決まるかを理解するよりも、コストダウンするアイデアを考えて実現する方が重要だ、と思えてくるかもしれません。
要求を守って納入することはとても重要ですが、自身の納入している部材、工程が製品システムにとってどれだけの価値があるかを適正に把握していないことは、長期的に見て事業にとって危険だと思います。それを強く思うようになった経緯を話しましょう。
今から10年以上前のことですが、当時、米国の会社と共同研究をしており、政府主催の日米合同のフォーラムに出席し、発表する機会を得ました。米国企業と日本企業がだいたい半分ずつ出席し、それぞれがプレゼンをしました。私のチームだけは、米国パートナーが半分、私が半分の2名で発表を行う形でした。
米国企業はシステムメーカーが多く、こういうシステムを作りたい、こういうミッションを実現したい。そのためには、こういうサブシステム、部品、部材が欲しいというニーズ中心のプレゼンでした。一方、日本企業は大手メーカーのみでしたが、これまでにない優れた製品、部材、技術が出来た。何か良い使い道は無いかというシーズ中心のプレゼンが殆どでした。米国と同様にニーズの発表をしていた日本の会社は商社系の1社だけでした。
この状況を目撃して私は衝撃を受けました。なぜなら、日本企業は自分達の製品、部材の価値が分からないと言っているに等しいからでした。米国企業は、日本企業の提供する製品や部材の価値を分かっていますが、当然、その価値よりも安い価格で買おうとするでしょう。その時に、日本側は一体どう対応すれば、適正な価格で買ってもらえるのだろうかと考え込んでしまいました。
このスペック、あのスペックをこれだけ下げても良いならば品質、納期、価格の要求を満たせるが、スペックを変えられないならば価格はこれだけ上げる必要があると、前述の半導体ファブのように主張できることが、まずは、必要条件だと思いました。少なくとも、自社の製品、工程を知り尽くしていて、品質とコストと生産性のトレードオフが出来るということです。これはあくまでも必要条件です。売り手が強い時は良いですが、買い手が強い時には単なるこちらの勝手な言い分になってしまうからです。
十分条件は何か?上述の必要条件よりもハードルが高いですが、それは買い手のシステム、サブシステムにとっての自社の部品、部材、素材の価値を良く理解していることです。従来に無い、あるいは他社には提供できない優れた部材、素材が、買い手にとってクリティカルな価値を持つならば高く売れるし、実は小さなメリットしか無いならばコモディティ価格でしか売れません。この評価が非常に重要だと痛感しました。
それ以来、私自身は、自社の製品システム、サブシステム、部品、部材、素材が最終製品システムに貢献する価値を必ず評価、分析するようになりました。もっと言うと、最終製品を購入して使うユーザーの価値までも考えるようになりました。
バリューチェーンを統合している顧客要求を理解するのは難しいと言う人が多いですが、私自身の経験から言うと、システム思考が必要ですが、一定の努力さえすれば十分に実現可能です。自身の専門が及ばない範囲でさえ、基礎を理解した上で、中立機関の専門家の方々の力を借りながら公表された情報を分析、統合することによって、7割、8割は理解できるようになります。
もちろん、2割~3割は分かりません。それは仕方ありません。ただ、7割、8割をしっかり理解できていれば、要求スペックに記載されている数字の大半について、その相対的な重要性が分かります。絶対的な重要性が分かる場合もあります。それらを分かっていれば、他社製品との比較評価をした上で、顧客との交渉において有利に対応できます。顧客の交渉力が圧倒的に強い時は打つ手無しかもしれませんが、同等の時にはWin-Winの提案をすることが出来ます。要求内容を分かって交渉するか、分からずに交渉するかは、長期的に見て貴社の繁栄に大きな差を生むと思います。
部材メーカー、素材メーカーの貴社は、顧客の要求スペックをただひたすら守る道を進み続けますか、それとも努力は必要ですが要求スペックを理解して顧客と対等に交渉できるようになる道を進みたいですか? 当社は、後者の道を選ぶ方々の味方です。お気軽にご相談ください。
参考文献
- よくわかる半導体プロセスの基本と仕組み第3版、佐藤淳一、2017年