製品進化とマネジメント風景 第12話 マスカスタマイゼーションの進化とマネジメント
車好きの娘が嘆いています。どうしたのか尋ねると、好きだったトヨタのマークX,エスティマ、日産キューブが無くなってしまうとのこと。私も昔、マークⅡブリットに乗っていたことがあるので、その話を聞いて少しショックを受けました。調べてみると、あの三菱パジェロまで無くなるとのこと。自動車業界では車種再編が起こっているようです。
先日、自動車用機械要素部品を造っている会社の社長とお会いしたのですが、自動車業界は百年に一度の変革期にいると話されておりました。その時は全くその通りと思ったのですが、後で産業の歴史を分析してみると、変革は意外とゆっくり進むのが普通であることが分かりました。確かに大きな慣性があるものは急には止まれませんからね。内燃機関エンジンもすぐに無くなるわけではありません。しかし、10年後、20年後には、今日とは異なる状況を目にすることになるのではないかと思います。
自動車のエンジンが内燃機関エンジンから電池とモータに変わると、技術基盤、製造基盤が大きく変わり、これまで培っていた事業基盤の価値が大きく下がる可能性が出てきます。会社にとっては死活問題です。航空機産業では、しばしば新しい技術基盤の準備は20年前から始めないと間に合わないと言われます。特殊かもしれませんが、少なくとも10年前から準備しないと大きな変化には対応できないと思いますので、今から準備するのが正しい選択ではないでしょうか。
内燃機関自動車が電気自動車に変わると、特にエンジンメーカー、エンジン部門は大変ですが、一方で、内燃機関になろうが電動モータになろうが、どちらに転んでも需要があって、あまり困らない人達がいます。それは、歯車やベアリングと言った機械要素メーカーです。この2つの機械要素は必ず必要になります。もちろん、内燃機関エンジンの場合は増速歯車の需要が多かったのが、電気自動車に変わると減速歯車の需要に変わるとか、サイズや個数が変わって影響を受ける場合もあるでしょう。しかし、その変化は、内燃機関のように1が0になるものではありません。
歯車については、紀元前350年のアリストテレスの時代には既に金属の歯車があったと言われており、紀元前250年には発明家として有名なアルキメデスが、5段歯車で約200倍の出力増幅を実現し、対ローマのための巨大戦艦進水に使ったそうです。最初は、出力増幅としての機能が注目されていたのです。
その後、1000年くらいは余り進歩が無かったのですが、西暦850年から1700年の間に時計への適用が進みました。時計なので一定のスピードで時を刻む正確さが求められました。この要求を満たすために設計法や製造法の標準化が進みました。ただ、この時代はまだマッチドパーツが前提で、部品を交換して使い続けると言う発想はありませんでした。
1700年代後半になって、スイスのオイラーがインボリュート曲線こそ、歯車に相応しい形状であることを示しました。英国のウィリスが、インボリュート曲線で歯車を造ると、製造公差があっても回転数変動が出にくいことを見つけ、部品を交換して使い続けるという新概念が実現しました。これが工業化に繋がり、歯車は特有の形状であることから専用製造装置が発展していきました。ベアリングの歴史も興味深いものがありますが長くなるので割愛します。
それから300年以上経ちましたが、現在でも歯車形状と言えばインボリュート曲線が中心です。専用設備で歯切りをして研削し、その後に表面処理をして製品にするのが一般的です。自動車はこれまで大量生産を前提としてきました。よって、これまでは専用設備で大量生産という考え方はマッチしていました。しかし、今後はどうなるのでしょうか?
ドイツはIndustrie4.0を提唱しはじめた時、今後、世界はマスプロダクションからマスカスタマイゼーションに変わっていくと予想し、それを実現するための活動を始めました。しかし、本当にマスカスタマイゼーションは実現するのでしょうか? 実現するには、どういう条件をクリアーする必要があるのでしょうか? 今回は、製品の安全性保証と製造コストの2つの面からアプローチして考えてみたいと思います。
まず、安全性保証からです。私は長く航空エンジンにかかわってきたので、飛行安全性の保証は、当局から認証を受けるために必須の事項であり、そのために多くの実証試験を含む製品実証を行うのが当然という感覚があります。同時に、空を飛ぶことは特殊なので、陸の乗り物に同じレベルの厳しさを求めてはいけないとも認識しています。ただ、空を飛ぶほどではないにせよ、陸の乗り物にもある種の安全基準はありますし、それを認証するのは政府機関です。
政府機関は認証の責任がありますから、メーカーには説得力のある証明を求めます。一番説得力があるのは製品を使った試験実証なので、この方法が採られる場合が多いわけですが、結果として認証はコストと時間のかかるプロセスになってしまいます。
大量生産を前提とした製品システムでは、ハードウェアは1種類であり、そのハードウェアが安全基準を合格すれば認証されるので、話はシンプルです。しかし、仮にマスカスタマイゼーションの時代になって、車体部品やモータ、電池に加えて、ベアリングや歯車などの機械要素までカスタムした部品を使うようになったらどうなるでしょうか? カスタム化がどのレベルまで進むか分かりませんが、従来1つのハードウェアだったのが仮に20タイプに増えた場合を想像してみてください。「そんな事は起こらない。考えるだけ無駄だ」という声が聞こえてきそうですがご容赦ください。
完全に技術が成熟した日が来れば解析評価だけで認定しても良いのでしょうが、そういう日は、当分、来ないのではないかと思います。解析評価が、評価全体に占める比率が増えていくことは間違いないですが、製品の故障がユーザーやその周辺にいる人達の安全に影響する場合、試験実証はもちろん、製造工程の実証や認定が無くなるとは思えないからです。
20タイプの製品の安全性を保証するためには、単純に考えると、従来の20倍の試験実証が必要ということになります。さすがに非現実的です。何らかの措置が必要です。航空機の世界では、しばしばSimilarity(相似性)という概念によって、変更がマイナーで実績範囲内にあることを証明できる場合には試験実証が免除されて解析評価だけで許される場合があります。もちろん、その解析手法の予測精度が別途、検証されて保証されていることが必要条件です。
前述の相似性の概念は、製品設計と一部の製造工程には適用できるように思います。しかし、すべての製造工程について相似性の概念で品質を保証するのは難しいように思います。例えば3次元プリンタのように1つの設備で、一度に20タイプの製品を同時に製造できたならば、実際に製造して要求を満足するかどうかを評価すれば良いでしょう。しかし、通常は1つの部品でも数十工程あり、しかも、いくつかの工程では、サイズの制約により同じ設備を使えない場合もあるでしょう。ある工程は同じ設備を使えるが、別の工程は3種類の設備を使い、さらに別の工程は5種類の設備を使うといったことも起こるでしょう。
20タイプの部品を造るために、すべての製造工程の組合せを実証しなければ認証されないならば、マスカスタマイゼーションの実現は難しいと思います。しかし、仮に、製造シミュレーション技術の進歩に加えて、製造設備における様々な部品の製造時データを蓄積し、両者の組合せによって品質を保証できるロジックを作り、その有効性を実証できれば、認証プロセスを簡素化できる可能性があります。このレベルの証明で当局が認めるようになれば、マスカスタマイゼーションの実現も現実味が増してきます。
次に製造コスト面を考えてみましょう。従来、これらの機械要素部品は、同一形状のものを安く大量生産してきました。歯車についてはインボリュート曲線を加工することが求められるので、製造設備は専用の歯切り盤で造る必要がありました。専用設備を導入する場合、設備投資を回収するためにどうしても同じモノをたくさん造る必要があり、その結果、どうしても専門メーカー化せざるを得ません。
ただ、今日では、歯車や転がり軸受の分野でも革新が起こりつつあります。生産を容易にする新しいコンセプトが出てきており、同時にマシニングセンター等の汎用製造設備の加工精度が向上したため、ユーザー自身で設計し、汎用機で専用機と遜色のない品質のモノを造れるようになりつつあります。大量生産の場合には専用製造設備が有利ですが、少量生産ならばむしろ汎用製造設備の方が有利になる場合も多いでしょう。
このトレンドは機械要素専業メーカーには脅威かもしれません。それを感じ取ったのか、例えば転がり軸受メーカーの中には、軸受製造の一本足打法から、その周辺に事業範囲を広げる動きがあります。軸受と周辺部品とのユニット化はもちろんとして、モータを含むサブモジュールを開発する動きも出てきています。機械要素専業メーカーは、その技術基盤をベースにしつつ、周辺部を取り込む方向で動き出すタイミングなのでしょう。
まだ、当分はマスプロダクションの時代が続くと思いますが、顧客ニーズが少しずつ個人的嗜好を優先する方向に進んで行くことは間違いないように思います。このトレンドが進むと、安い標準品で良いという人と高くても好みにあったカスタム品でなければ駄目という人に二極化する傾向があります。自動車における車種再編の動きもそういう動きと関係があるかもしれません。
カスタム化の課題は、前述の安全性を保証する認定ロジックです。ここでは政府当局とメーカー間での協力が必要不可欠です。航空機分野では、米国連邦航空局とメーカーが共同して安全性とコストを両立する現実的なルール作りを積極的に進めてきました。それがグローバル標準になり、結局、米国主導で物事が回っています。自動車については、日本は世界的にも競争力があるので、安全性とコストを両立するルール作りでグローバル標準を自らが構築できる能力があると思います。
マスカスタマイゼーションの時代に移行しても繁栄・成長し続けようとしている貴社は、その実現のための戦略、戦術を既に立案しましたか? 多くの専門分野において、シミュレーションと実証試験を組み合わせた合理的な品質保証、安全保証の考え方が必要になります。貴社はそのためのマネジメントの仕組みをどのように構築していきますか?
参考文献
- 歯車の歴史とその発展経緯に関する考察、松川洋二、石丸良平ほか5名、2008年度精密工学会秋季大会講演会後縁論文集
- 生産性10倍の新形状歯車、日経ものづくり、2017年5月号
- 転がり軸受技術の進展と将来展望、林田一徳、松山博樹、JTEKT ENGINEERING JOURNAL No.1015, 2017
- 保持器のない軸受、日経オートモーティブ、2019年1月