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製品進化とマネジメント風景 第23話 モジュール型製品の進化と車載品マネジメント

20年前くらいからでしょうか、複雑な製品システムは、しばしば、インテグラル型(垂直統合型)かモジュール型(水平分業型)のどちらかに分類されるようになりました。現実の製品は殆ど両者が混ざったものであり、完全に片方に分類されるものは殆どありません。

今回のコラムでは、まず、上記の製品の型について確認した後、今、百年に一度の大変革にあると言われる自動車産業について、何が起ころうとしているのかを考えてみたいと思います。

モジュール型製品という概念は、機能と構造の間の写像関係が1対1となっている場合を意味します。これに対して、機能と構造の間の写像関係が複雑である場合をインテグラル型と呼びます。

製品システムをいくつかのモジュールにシンプルに分割できるということは、機能面でも構造面でもインターフェース情報が標準化されているということであり、そのためには、機能間や構造間の相互干渉がキレイに整理されていなければなりません。実務に関わっている人ならばお分かりのように、インターフェース情報が初めから美しく整理されているということは滅多にありません。多くの調整やトライ・アンド・エラーの経験を経て徐々に定まってくるのが普通です。

インターフェースが標準化されていないインテグラル型製品では、分業のための調整業務が非常に多くなります。モジュール型はその調整業務を低減するのに有効です。調整業務を減らし、自社内部あるいは他社も巻き込んで水平分業できるようにすることがモジュール化の目的です。インターフェースさえ守れば良いので、モジュール単独で他のモジュールのことを気にせずにどんどん進化していくことが可能となります。

必要は発明の母と言われますが、何らかの必要性によって新しい製品のプロトタイプが生み出された時は、必ずインテグラル型になるといって良いでしょう。組立性という意味でのモジュール分割は考慮するでしょうが、機能と構造の写像関係がキレイに1対1になることなど無く、機能と構造の写像関係は1対多となるものが含まれます。自動車や住宅のスタイル、内部居住性、静粛性などがその代表例です。これらは、構成する1つの部品がフィットしないだけで全体の品質、調和を損ねてしまいます。

さて、形のあるモノに複数の機能を持たせる行為は、通常、インテグラル型の特徴と考えられています。この統合は様々な検討を行った結果として決まるものであり、高度なノウハウの集積によりもたらされます。機械部品はその一例です。もう1つ例を挙げると、複雑な汎用回路設計が施されたマイクロプロセッサー(MPU)があります。

MPUは精工な箱ですが、ソフトウェアが無いと機能しません。ソフトウェアも最初はインテグラル型でした。しかし、MPUの持つ汎用性を活かして多機能化、高機能化を実現しようとしてどんどん複雑になっていきました。ソフト開発を複数の人間で分業するようになると、次第に人間の負えないレベルの複雑さに達し、この複雑さを何とか低減しようとモジュール化の方向に進みました。これに対して機械部品は、インテグラル型を維持しつつ複雑さを増しながら多機能を実現する方向に進んでいきました。このように、同じ多機能化でもハードウェアとソフトウェアでは異なる道を進んでいったのです。

一般に製品システムは、その複雑性を低減していくために時の経過とともにインテグラル型からモジュール型へと移行していきます。そのドライビングフォースは低価格化と新製品を求める市場からの圧力です。この圧力によって、完成品メーカーは調整業務を減らして開発スピードと製造の生産性を向上するために製品システムをモジュール化し、一部のマイナーモジュールをサプライヤーに任せるようになっていきます。ただし、製品の競争力に直結するコア機能のモジュールは自社で確保しようとします。内燃機関自動車の場合、エンジンとその制御が代表格です。

完成品メーカーは複数のサプライヤーに競争させながら、マイナーモジュールについて開発から量産まで任せます。少なくとも初期段階では、完成品メーカーは任せたモジュールを熟知しておりサプライヤーをコントロールできています。サプライヤーには高品質は当然として、高機能、低コストを求めていきます。サプライヤーは生き残りのために知恵を絞り、新機能を追加しつつ、部品点数を減らしてコストダウンします。前述したように、部品点数を減らすことは多機能化することと等価であり、高度なノウハウの蓄積が必要です。モジュール化によってインターフェースの標準化は進んでいきますが、逆にモジュールの中味はどんどん高度化していき、時間が経過していくにつれ、サプライヤー担当モジュールは次第に完成車メーカーからみてもブラックボックス化していきます。また、追加した新機能が最終顧客の需要にマッチすると、マイナーだったモジュールが次第にメジャー化し、主客転倒が起こるようになります。

このようにモジュール型製品では、時間が経過するにつれて完成品メーカーとサプライヤーとの力関係が変化し、最終顧客のニーズによってはサプライヤー側の力が強くなっていきます。サプライヤーの力が増していった時、完成品メーカーは主導権を取り返そうとするでしょうが、その際、どのような方策があるでしょうか? 脅威を感じた完成品メーカーは、時にサプライヤーを買収して自社の機能分担会社化してしまう場合もありましたが、パソコンの事例を参考にすると以下の3パターンが今後主流の方策になると考えられます。

第1は製品システムを大きく見直すことです。アップルは、パソコンからスマートフォンへとシステムを大きく見直しました。スマホはミニチュアのパソコンとも言えますが、携帯性のための小型化と通信機能が重視され、製品システムのコンセプトは大きく変わりました。主要サプライヤーが変わるので主導権を回復できます。第2は、完成品はコモディティー化したと考え、付加価値の高いコアモジュールやキーコンポーネントのサプライヤーに徹底することです。パソコン、スマホの分野では、マイクロソフトやアームがOSを、インテルやクアルコムがMPUを、ソニーがCCDに特化して強力なサプライヤーとして成功しました。第3は、完成品を利用するためのプラットフォームという大きな構図を考え、そこを抑えに行くことです。製品からサービスへの事業転換であり、グーグル、フェイスブック、アマゾンなどがその代表格です。

上記のパターンを、今度は大変革期にあると言われる自動車に当てはめ、今起こりつつあることを解釈していきます。

第1のパターンの筆頭は内燃機関から電動自動車(EV)化への移行です。EV化の大義名分として、走行中だけでなく生産から廃棄までのライフサイクル全体でのカーボン排出ゼロ化を挙げる会社も出てきました。一方、単なるEV化だけでなく、移動を陸上から空も含める方向で進むベンチャー会社も出てきました。空飛ぶクルマの中には車とは呼べない小型航空機も含まれています。色々なタイプが提案されています。興味のある方はコラム第20話、21話を参照ください。これ以外にも、車を無人で移動するオフィス、居間あるいは寝室と見なすコンセプトも出てきました。

第2のパターンは、車はパソコンのようにコモディティー化すると考え、完成車よりもむしろコアモジュールサプライヤーに鞍替えするという動きです。これについては、トヨタがEVの知財を開放してキーコンポーネントを供給するという話をしていました。その影響もあるのかもしれませんが、様々なサプライヤーがEV用主機のイーアクセルのモジュール提案を出し始めました。完成車メーカーは、これまでエンジンとその周辺部を牙城として守ってきましたが、これをサプライヤーに任せるとなれば、それは大きな変化です。

第2のパターンによってサプライヤーの立場が強くなるでしょうが、今後、無人運転化が進むとすれば、自動車完成品メーカーには走行安全を保証するという大きな仕事があり、そこを牙城として強い立場を維持しつづける可能性があります。無人運転の安全性に関するノウハウは、技術と法律、社会風習を組み合わせたものになるでしょうから地道な蓄積が重要であるとともに、論理だけでは導けない知見、知恵もあり、簡単に真似出来ないものになるでしょう。そして、このノウハウは航空機産業と類似の高い産業障壁に発展する可能性があります。航空機では、以前から、コアモジュールのサプライヤー依存が進んできました。機内電源システム、空調システム、エンジンといったコアモジュールを強大化したサプライヤーが供給しています。しかし、機体メーカーは、飛行安全を担保するという最後の砦を守ってその存在意義を維持しています。各国の法律の動向によりますが、無人運転車では安全性がクリティカルになる可能性が高く、航空機産業に近い状況になるのではないかと類推しています。

第3のパターンは、自動車が一要素として含まれる大きなプラットファームを構築して抑えにいく動きです。これについては、道路を中心とした地図情報を押さえ、自動車の利用者のデータを収集し、これを活用しようという方向性が1つあります。グーグルなどがその代表格です。もう1つはトヨタのように、街あるいは都市という物理的なプラットフォームとその裏にあるデジタルツインの両方を押さえに行く方向性です。ただ、街や都市の主人公は、人間が住み働き買い物をする建物であり、移動手段はその次に位置するように思います。よって、新たな都市構想を考えるには、当たり前ですが建物を造って活用する人達の知見が欠かせません。

現在の住居の標準型として集合住宅を考案した1人であるル・コルビュジェは、移動手段として自動車の重要性を認識し、建物、駐車場と道路をセットとして街や建物のコンセプトを具体化しました。彼のコンセプトは、その後、世界中で現実となりました。建物と移動手段の関係性は、街の在り方に大きな影響を及ぼすことが実証されたわけです。今後の世界においても、建物と移動手段との間の相互作用は続き、その行方によって、都市や街を舞台にしたビジネスの中でも栄えるものと衰えるものが出てくるでしょう。大きな方向性を見誤らずに自らを少しずつ変化させていくことが重要です。

大きな変化の時代には、自社の立ち位置を常に見直して行く必要があります。特に、部材、部品を供給している会社はその必要性が高いと思います。現在のコアスキルは長い蓄積の上に構築されたものであり財産です。その単独のスキルだけでも一定の顧客価値は生み出していけるでしょう。しかし、それだけにしがみ付いていると現状維持すら出来ないかもしれません。既存のコアスキルに新たなスキルを組み合わせることにより、これからの時代に求められる新しい価値を創っていかなければなりません。新たなコアスキルとして何を選ぶか、どのように選ぶかが重要な課題となります。

貴社は、社会の変化、顧客価値の変化をどのように捉え、それを満たすために欠けているスキルをどのように探索し、特定し、獲得していきますか?

参考文献

  1. 製品アーキテクチャの進化論、柴田友厚ほか、2002
  2. 現代建築史、ケネス・フランプトン、2003