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製品進化とマネジメント風景 第52話 人生100年時代のためのヘルスケアマネジメント

人生100年時代という言葉が定着しつつあります。多義的な言葉ですが、生物の老化現象は不可避なので、個々人が健康寿命を高めて有意義な人生を送れるようにしましょうというのが主たるメッセージだと考えられます。その中には、健康を維持するには医療だけでは不十分であり、医療を補完する活動の重要性が高まりつつあることも示唆されており、これら全体を総称してヘルスケア産業と呼ばれています。

未来を知るためには過去を理解しておくことが有意義です。そこで、21世紀のヘルスケアを見ていく前に、まず、19世紀、20世紀の医療を概観しておきましょう。医療の分野においても技術は日進月歩ですが、技術を使って治療する人間および治療を受ける人間の心理は保守的であり、変化はゆっくりとしたペースで進みます。よって、これまでの変化を辿ることにより、今後のトレンドを掴むことが出来るでしょう。

19世紀までの世界では、医療に対する人々の信頼はあまり高いものではありませんでした。なぜなら、大部分の病気を治すことができなかったからです。では医療は不要だったかというとそうではなく、貧困状態にある病人を保護する、あるいは、病人の心を安定させるという意味があり、社会福祉的な機能を持っていました。

それが20世紀になって変わってきました。医療や薬品の技術進歩により、それまで治療できなかった多くの病気を治すことができるようになったからです。特に外科手術の効果は劇的であり、結果として医者の権威は高まり、医療を提供する場として病院システムが構築され、普及しました。病院は、病気を除去することによって人に健康回復を与える場という認識が広まりました。これが19世紀と20世紀の違いといって良いでしょう。

20世紀も後半になると世界全体は豊かになり、多くの国で栄養不足の解消は進み、人の寿命は延びるようになりました。実際、私の父の寿命は98歳であり、母も現在90代半ばであり、人生100年時代を実感しています。ただ、寿命が延びたことが新たな問題を引き起こしつつあり、それが21世紀と20世紀の違いとなりそうです。

日本は仏教の影響を受けていますが、その教えの1つに「良い事と悪い事は一緒に来る」という根源的なメッセージがあります。寿命が伸びたのは良いことですが、老化は不可避で有り、健康に見えても身体のあちこちの調子が悪くなります。さらに栄養不足の解消は進みましたが逆に栄養過多が進み、それが生活習慣病の源となり、高齢になるにつれて悪化するというパターンも顕在化してきました。生活習慣病は一種の病気に分類されているものの、病院に行っても除去することができません。21世紀は、病院システムの限界が露呈された世紀という見方をすることになりそうです。

生活習慣病が高齢になって病気化すると、治療に多額の費用がかかります。寿命が延びて高齢者人口が増えたため、国の社会保障費が急増しました。社会保障費は医療費を含むヘルスケアを支援する予算です。一般的に高齢者の収入は少ないので、現役世代の負担が増え、不公平感を増長します。それは国の活力低下を引き起こしかねないし、国家財政も悪化させます。そういう背景があるため、ヘルスケア産業においても100年に一度の変革が起こりつつあると言われています。エネルギーや自動車の領域において100年に一度の変革という話をよく聞きますが、どうやらあらゆる領域において変革が必要となってきているようですね。

上記の問題に対する方向性は明確です。未病を軽減して健康寿命を高めることであり、政府もその方向に舵を切りました。実現にはいくつもハードルがありますが、まず、ヘルスケアを高める意識を国民全体に普及させようとしています。従来の病院システムは20世紀において有効に機能しましたが、生活習慣病の抑制を含む包括的なヘルスケアを提供していませんし、提供できないでしょう。病院システムを補完し、社会保障費を抑制できる包括ケアシステムが必要になってきているということです。

包括ケアシステムの話に入る前に、そもそも老化はなぜ起こるのか、また、健康から未病、未病から病気にはどのように進むのか、その辺の基本的なプロセスを理解しておくのが良いと考えます。本来、健康は個々人が自主管理すべきものです。しかし、自主管理がうまく行っていないという現実があるため、ケアシステムは、個々人の身体情報、生活習慣情報を収集し、分析し、アドバイスするという方向に進むことが予想されます。結果として個人情報が膨れ上がるでしょう。そして、大量の個人情報をどう管理・保護するかという別の問題がフォーカスされるようになるでしょう。

個人情報の量と秘密度が増すと、情報セキュリティーには一層の強化が求められ、一般的にそれはシステムの複雑化と高コスト化を助長します。そもそも社会保障費を減らすつもりだったのに、逆に増えてしまうということになりかねません。コストを抑えて大量の秘密情報をどう保護するかは重要問題であり、別途、議論したいと思います。

さて、話を戻し、人はなぜ老化し、健康→未病→病気となっていくのか、その結果としての最終的な死因の一番、二番は何なのか、その発生メカニズムと予防方法について見ていきましょう。

老化は一言で表現すると身体が錆びていくことです。つまり、細胞が酸化していくことです。人に限らず酸素呼吸をする動物は、酸素の活用により大きな身体を維持でき、さらに走るなどの運動能力を獲得しました。しかし、その代償として活性酸素種によって細胞が酸化に曝されるようになりました。ですから鉄が錆びるように人も錆びるわけです。

活性酸素種には、スーパーオキシド、一重項酸素、ヒドロキシルラジカルおよび過酸化水素の4つがあります。これらは一種の毒であり、放置すれば病気を引き起こします。まず、活性酸素種によって細胞、脂質膜が酸化され、脆くなり破損します。健康状態ならば劣化した細胞は廃棄され、新しい細胞に置き換えられて身体の状態は健全に保たれます。しかし、高齢化に加えて未病が進むと、細胞内部にまで酸素が入ってくるようになり内部のタンパク質が酸化されます。その結果、抗酸化酵素の機能が低下する、あるいは抗酸化酵素を生産する能力が落ちます。そうなると、身体に入る活性酸素量が更に増え、身体中で酸化が進みます。DNAやRNAにも酸化損傷が及びます。DNAが損傷を受けると、制御不可能な増殖を始めることがあり、それが癌と呼ばれています。

日本人の死因データを見ると、1950年代の死因の一番、二番は脳血管疾患と結核でした。しかし、1980年になると癌が一番、心疾患が二番となり、それ以来、今日までこの2つは増加する一方です。

二番目になった心疾患というのは心臓にかかわる病気ですが、血管が狭くなる、あるいは詰まることにより、心臓に酸素と栄養が届かなくなり、狭心症や心筋梗塞を引き起こすものです。これも酸化が関係します。酸化が進むと血管中のコレステロールが酸化LDL(低比重リポタンパク)なるものに変化します。そうすると、白血球のマクロファージがこれを異物と見なして集まり、酸化LDLを食べてしまうのですが、その結果、そこに粘度の高い物質が大量に発生し、血管壁に付着して血管を狭め、詰まらせることになります。

身体の酸化を抑えるには、抗酸化酵素を維持、増強するのが一番です。人間は、植物や細菌のような独立栄養生物ではなく従属栄養生物です。つまり、自分に必要なものを全て自身の身体の中で合成することができず、食べて摂取しなければなりません。抗酸化酵素に類するものの殆どは食べて取り入れる必要がありますので、酸化を防ぐには食生活の改善が対策となります。

人が食べるものは、糖質、脂質、タンパク質、水、無機電解質と微量栄養素に分けられます。無機電解質はナトリウム、カリウム、カルシウムイオン等です。微量栄養素としてはビタミンやポリフェノールがあります。生きていくために必要なのですが、体内で生成できないものばかりです。これらは野菜や果物から摂取します。ビタミンはご存じのようにA、B、C、D、Eなどがあります。また、ポリフェノールとしては、緑茶のカテキン、ワインのアントシアニン、大豆のイソフラボン、珈琲のクロロゲン酸、ごまのセサミン、ウコンのクルクミンなどがあります。

上記のものを食べれば抗酸化能力が増すわけですが1つ大問題があります。人は1人1人異なるDNAを持っており全員ユニークな存在です。ある人は抗酸化物質を少し食べれば健康を維持できるかもしれませんが、別の人はその数倍を摂取しないと健康を維持できないかもしれません。さらに、食生活で脂質や糖質を過剰に摂取する人には活性酸素種がより多く発生するため、それを打ち消すに足る抗酸化物質を食べないと健康を維持できません。このバランスを、脳や身体が自然に察知して制御してくれれば良いのですが、脳は脂質や糖質が大好きであり、私も含めてですが、多くの人がその誘惑に勝てません。それゆえ、豊かになるにつれて生活習慣病なるものが出てきたのも不思議ではありません。

そこで需要が出てきたのが、自分はバランスの良い食事を取れているのかどうか、それをセンサーで計測・モニタリングし、人の脳に警告を与える、あるいは、「このままだと大変なことになりますよ」というある種の恐怖を与えて脳の誘惑を抑制しようという動きです。それがIoTと結びついて事業となりつつあります。

有効性の高い計測項目とそれを伝える方法の探索はまだ途上にあります。医療もヘルスケアも同様、計測パラメータが増えれば異常を検知出来る確率が上がりますがサービスコストも上がります。コストが上がりすぎると政府も国民も支払いが出来なくなってしまいますので、品質を維持しながら生産性を上げてコストダウンする必要があります。日本は正にこの状況にあり、コストダウン手段としてIT活用に白羽の矢が立てられ、デジタルヘルスケアという言葉も使われ始めました。

ここでは情報セキュリティーが十分に保たれ、個人情報が適切に守られていることを仮定しますが、そうであっても別の問題が出てくるでしょう。それは、計測されたデジタルデータをいくら収集・分析しても解決できないことがあるということです。なぜなら人間という存在がそもそもかなり非合理的な存在だからです。私は、自分を含めて多くの人が自身の健康問題について非合理的な振る舞いをするのを見てきました。どうも人間の脳は、生活習慣病の原因となることが大好きでそれを制御できないようです。

ヘルスケアにとって身体計測のデジタルデータの重要性は増していくと思いますが、これらをいくら分析し、その結果を顧客に伝え、生活習慣をこうしなさいと言っても、顧客の行動は変わらないケースが多いことが予想されます。顧客の行動を変えさせるためには、顧客を知り、顧客の心を動かすツボを見つける必要があります。ロジックではなく感情であり、個々人の感情のツボを見つけることが重要となってきます。

つまり、ヘルスケアでは、科学技術やロジックが重要な分野と、個々人の感情に働きかける分野の2つが連携しないと上手く行かないことが予想されます。ほとんど両極端にある異分野の専門性の統合が求められるということです。当社は、これからは異質な分野の統合が価値を生み出す時代になると考えており、その実現をサポートする人材スキルマネジメントのソリューションを用意しています。貴社は、異質な分野を統合する仕組みをお持ちですか?