製品進化とマネジメント風景 第62話 冷暖房技術の進化と環境負荷マネジメント
現在、脱炭素化に向けて集中砲火を浴びているのは化石燃料を燃やす製品、特に火力発電と内燃機関エンジンを搭載した輸送ビークル(ガソリン車、ディーゼル車等)です。火力発電については太陽光や風力による再生可能電力が、また、車については電気自動車(EV)が代替手段として存在感を増しています。再生可能電力が火力発電を代替できるのはかなり先になりそうですが、世界の産業界が脱炭素の実現に向けて本気で取り組んでいることは誰の目にも明らかです。
COP26の結果として、先進国と開発途上国の間の溝が改めて明らかにされました。先進国は開発途上国がCO2を排出し始める何十年も前から大量に排出していたので、溝が簡単に埋まらないのは当然です。欧州は、目指していた当初目標を達成できなかったので、これまで以上に脱炭素に向けてアグレッシブに進んでいくことが予想されます。その結果として、火力発電や内燃機関エンジン輸送ビークルに続く、次の悪者探しを始めるのではないでしょうか。
では次に悪者にされる候補は何でしょうか? 最初に来るのは冷暖房だと予想しています。悪者にされうる2つの理由を持つからです。1つ目は、冷暖房が世界のエネルギー消費量の約半分を占めているという理由です。冷暖房の中で最もエネルギー消費が多いのは産業用途であり、家庭用途、農業用途がそれに続きます。2つ目の理由は後述します。
冷房、冷凍には電力が必須であり、暖房も化石燃料を燃やす方式から電化への移行が更に進むと考えられるので、必然的に電力消費量が増えます。電力エネルギーは世界のエネルギー消費の20%強でしかありませんから、もし、暖房の電化が急に進めば、電力消費が増えて電力不足が起こることは想像に難くありません。
昨冬もそうでした。実際にそういう局面に遭遇すると石炭発電で凌がざるを得ないという話が必ず出てきます。しかし、それは本末転倒です。そうではなく、少し寒くても我慢する、より省エネ製品に置換すべきでしょう。コロナ禍により、オンライン会議が一気に普及しました。その気になれば変われることが実証されたと認識しています。
2番目に悪者にされるのは、データセンタ、スーパーコンピュータ等の大規模コンピュータ設備になると考えています。現時点では、これらの消費電力は世界の消費エネルギーの僅か1%でしかありません。増加率についても、データ量が6倍になっても6%しか増えないという実績が出ています。この数字を見ると一見大した話でないように思えます。しかし、今後、データ量が指数関数的に増えていくことを想定すると話は違って見えてきます。
仮に年々倍増していくと10年後には今の1000倍のデータ量を扱うことになり、電力消費量は現在の10倍まで増えます。世界のエネルギー消費量が仮に一定ならば10%を占めるということです。そして単純計算すると、20年後にはさらにその10倍となるので、とても持続可能性があるとは言えなくなります。
コンピュータがこれほどの電力喰いなのは、ノイマン型コンピュータであることに起因しています。持続可能にするためには、電力消費を大幅に抑えた、ノイマン型とは異なるコンピュータに切り替える必要があるということです。
以上、次の悪者候補2つを挙げましたが、今回は、現時点でエネルギー消費量が多い冷暖房に絞って議論していきます。非ノイマン型コンピュータの話は別の場でしたいと思います。
現在の冷暖房、冷凍の主流はフロンを媒体としたヒートポンプ式です。この方式は消費電力の5~6倍もの冷暖房効果を発揮する、非常に省エネなソリューションです。しかし、致命的な問題があります。
それは、媒体のフロンがオゾン層を破壊するとともに、CO2の1万倍前後の温暖化効果が持っていることです。オゾン層の破壊は地上の紫外線を増やし皮膚ガンを誘発することから、当初使われていたフロン(CFC)は使用禁止となり、代替フロン(HCF等)が使用されています。
代替フロンはオゾン層の破壊はしませんが、温暖化効果は依然としてCO2の数百倍から数千倍のものが殆どです。ガスは回収されることになっていますが、漏れは必ずあるものであり、しかも台数が増えればそれに比例して漏れ量が増えるので、やはり温暖化効果の低い媒体を探す必要があります。
現代社会では、冷暖房だけでなく、食物を長時間保存のための冷蔵、冷凍も必須のアイテムとなっています。使用するガス媒体の視点から市場は3つに分けられます。第1が家庭用冷蔵庫、自動販売機、カーエアコン市場、第2が中大型冷蔵庫、業務用冷凍冷蔵設備の市場、そして第3が小型業務用の冷凍冷蔵庫、業務用エアコン、家庭用エアコン市場です。
第1の市場では小型の冷蔵能力が求められており、代替媒体としてイソブタン、HFO(ハイドロフルオロオレフィン)といった代替媒体への変更が進みつつあります。これらの媒体の温暖化係数は1~10の間にあり許容可能な範囲にあります。
第2の市場は中大型の業務用冷凍冷蔵です。頑強な構造体にし、専門業者が定期メンテナンス管理するので、高圧化が必要なCO2や毒性のあるアンモニアを代替媒体にする方向に進んでいます。住宅地から離れたコンビニでは、冷蔵冷凍庫用途でアンモニアを媒体として使い、設備を建屋の屋上に設置し、万が一毒ガスが漏れても大気に拡散されて地上の人への被害を抑える設計をして試運用しています。
問題は第3の市場です。ここには我々自身が恩恵を受けている業務用エアコン、家庭用エアコンが含まれています。現在は代替フロンHCFの1つで温暖化係数が1000を越えるHFOが使用されています。
温暖化係数の低い媒体に変えたい所ですが、家庭用エアコンにアンモニアを使うのは危険であり、CO2を使うには構造が華奢すぎます。オフィスビルに使う業務用ならばCO2を使うことが可能ですが、構造を頑強にする必要があるためコストが約2倍になり、代替は進んでいません。よって、まだ、温暖化係数の高いHCFが使用され続けています。
冷やすという意味でのヒートポンプの代替として、いくつかの候補が出てきました。その1つは水素吸蔵合金を使ったMH冷凍です。ただ、設備が大がかりであり、一方で性能がCOPで0.5程度と低く、普及していません。別のものとしてペルチェ効果を用いたものが開発されました。しかし、既存のガスヒートポンプ式と比べて経済性が大幅に悪く、ワインセラーや半導体冷却等の特定用途にしか普及していません。
他の候補として何があるかですが、ここでは磁気ヒートポンプを取り上げます。温度を上下する機構が独特であり、元々は極低温冷凍用途でのみ使用されていましたが、常温で使える磁気作業物質の発見や強力な磁場を作る周辺技術が整ってきたことにより、少しずつ注目されはじめたためです。
磁気ヒートポンプの原理を理解するには、我々が感知する温度と異なる概念を必要とするため、少しそこに触れます。
我々が手で物を触って感じる温度は、物質を構成する結晶格子内の分子の振動エネルギーです(以後、格子系温度)。これに対して磁性体にはもう1つ、スピン系温度という別の温度があります(以後、磁気系温度)。2つの温度を繋ぐ共通のパラメータはエントロピー(乱雑さ)であり、この両者の間ではエネルギー交換が起こります。
磁気系温度は、外部からの熱の出入りがなければ、H/T=一定の関係を持ちます。磁気作業物質に磁場を掛けて励磁すると磁気系の温度が上がり、消磁すると温度が下がります。それが格子系に移動し、磁気作業物質そのものの温度を変化させます。
つまり、励磁と消磁を交互に繰り返すと、それに合わせて作業物質の温度も上下を繰り返します。作業物質の温度が下がった時に流体(通常は水)を流して冷熱を取り出し、温度が上昇した温熱を排熱するように制御すると一種のヒートポンプとなります。ですから、上手く制御すれば冷房や暖房に使えるわけです。
前述したのは基本的なカルノーサイクル(厳密には逆カルノーサイクル)ですが、これだとヒートポンプ性能が悪いため、蓄熱器をつけたエリクソンサイクルにします。蓄熱することにより、温度幅を増加でき、ヒートポンプ性能を向上できます。ただし、これをどう具体的に実現するかは難題でしたが、磁気作動物質に蓄熱機能を持たせたAMR(Active Magnetic Refrigeration )サイクルが発明され、道が開けました。
AMRサイクルの性能を高めるには4つの視点があります。第1は材料の選定です。通常、磁気系温度を大きく変えようとすると、例えば10テスラ級の大きな磁場が必要です。超伝導磁石などを使わないと作れませんのでサイズもコストも高くになり、とても家庭用製品などには使えません。
しかし、キュリー温度が常温に近い磁性体では1テスラ程度の小さな磁場で磁気系温度を変化させることができます。このレベルの磁場ならば、ネオジム永久磁石を使えば作り出せます。よって、キュリー温度が常温近くにある材料を選定する必要があります。
次に磁場の変化に対して磁気系温度差が大きく付くものが有利です。さらには励磁・消磁のサイクル周波数を高められると、単位時間当りの冷熱あるいは温熱をより多く抽出できるので性能が上がります。これらが材料選定の指針です。
第2は磁性作業物質の冷熱(あるいは温熱)を、媒体を通して外に取り出す必要があります。媒体は水を使う場合が多く、その熱交換性能を高める必要があります。第3は水を流す際の動力を低減することであり、第4は励磁・消磁の磁場環境を作り出すために使用する動力を低減することです。ここには既存の電気機械のノウハウが活用できます。
磁気作業物質としては当初は希土類のガドリウムが選定されました。理由はキュリー温度が常温にあったためです。その後、性能向上を目指して研究され、現在ではランタン系化合物La(Fe、Si)系材料が注目されています。使用する希土類の量は減りますが、励磁・消磁時に大きな温度差を得るには磁気モーメントを高める必要があり、結果として希土類の添加が必要だと言われています。
なお、この材料を適用し、3KW級の冷房能力が実証されました。3KWの出力があれば六畳サイズの部屋を冷やすことは可能です。ただCOPはまだ3レベルであり、ガスヒートポンプと比べると見劣りします。
以上、家庭用エアコン等の代替として磁気ヒートポンプを検討してきました。興味深いシステムではありますが、磁気作業物質だけでなく、磁場を作る永久磁石にも希土類のネオジムを使う必要があり、コスト面と資源調達面でリスクがあります。市場に受け入れられる製品化にはもう少し時間がかかるだろうと思います。とは言え、温暖化が進むと冷房利用が増え、冷媒が漏れる量も増えるので、やはり温暖化係数の高いガスヒートポンプの使用は避けたい所であり、早期の製品化が望まれます。
100年に一度の大きな変化が現実のものとなりつつあります。上位にある製品システムが変化すると、それを構成するモジュール、部品、素材、原料といったサプライチェーンも大きな影響を受けます。これまで問題なく調達できていたものが急に調達できなくなる、あるいは急に高騰するということに見舞われる可能性も出てきました。
製造業におけるサプライチェーンは複雑系であり、単純な推定で判断するとひどい目に遭うでしょう。「風が吹くと桶屋が儲かる」は比較的シンプルですが、何かが起こったことにより、ある種の連鎖が発生し、最終的に自社の事業が無くなる運命にある場合もあるでしょう。
物事の連鎖を検討するにはシステム思考が不可欠です。自社に関わる何が起こったら危機が来るのか、あるいは大きく成長するチャンスが来るのか、システム思考を学んで適用し、それを見極めていただきたいと思います。