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製品進化とマネジメント風景 第117話 核融合の技術進化と持続可能な運用マネジメント

最近、脱炭素対応の1つとして核融合の話が出てきます。その必要性については3つの切り口から議論されています。

1つ目は原子力発電の代替です。核融合は、原子力と比較すると原理的に安全性が高いからです。原子力発電では非常用発電が止まると大惨事になりますが、核融合発電は燃料の供給を止めれば安全に停止することができます。

また、発電後に出てくる核廃棄物が低レベル放射性物質であるため、原子力発電の場合と異なり、無害化されるまでの時間が短いことです。大雑把な評価ですが、原子力発電では無害化するまで数百年から数万年かかりますが、核融合では50年程度まで短くすることができます。

さらに、核融合で発生した熱を電力に変える部分、すなわち蒸気タービン設備は既存技術を完全に流用できます。原子炉を核融合炉に変更すれば、既存の発電所を流用できるということです。よって、原子力発電の代替になるという言い分は概ね正しいと考えます。

2つ目の切り口は、自然エネルギーだけでは必要なエネルギー量を賄えない、あるいは自然エネルギーよりも安いコストで電力を供給できるから必要だという言い分です。これは必ずしも正しいと言い切れない話です。

日本は国土が狭いなどの問題により、自然エネルギーだけで必要エネルギーを確保できない可能性があるため、確かに他の脱炭素エネルギー源が必要だという主張は理解できます。しかし、世界全体で見れば必ずしもそうとは言えません。電力コストについても、今の日本では太陽光発電コストは35円/KWhと高いですが、世界には2~3円/Kwh以下で太陽光発電をしている所もあり、もっと下げられる可能性もありそうです。

原子力発電は10円/KWhなので、世界レベルで考えると自然エネルギーよりも発電単価は高く、しかも事故を起こすと大参事になりやすく、発電コストだけの話では片づけられません。核融合の発電コストはまだ不明ですが、原子力発電よりも安全性が各段に優れていて、しかも発電コストがリーズナブルなレベルであることを実証できれば、1つの選択肢になりえるでしょう。

3つ目の切り口は燃料の入手性が良いという言い分です。核融合の燃料は重水素と三重水素ですが、重水素は海水から入手でき、三重水素も海水中に含まれるリチウムが使えるので、どこでも燃料を調達できるのだという言い分です。この言い分はかなり不正確であり、吟味が必要です。加えて、核融合設備を建設するための資材調達にも課題があります。これらについては後で議論します。

核融合はようやくコンセプト実証の途についたレベルであり、これを将来の主エネルギー源として決めつけるのは時期尚早ですが、安全性と経済性を両立して実用化できたならば人類にとって救世主になるでしょう。

最も気になる点は、排出される低レベル放射性物質を考慮しても、持続可能性を保てるのかどうかです。ここが明快になれば、核融合の研究開発努力は、人類全体にとってかなり高い価値があると言えるでしょう。

今の所、核融合には3つのタイプが知られています。重力閉じ込め型、磁場閉じ込め型および慣性閉じ込め型の3つです。重力閉じ込め型は太陽を代表とする星であり、これは人間が扱えるものではなさそうです。

磁場閉じ込め型は磁場により数億℃の高温プラズマを封じ込め、そこで核融合を人工的に起こす方式であり、トカマク方式とヘリカル方式が知られています。どちらにしてもループを描いてクローズする捩じれた磁力線を発生させる必要がありますが、トカマク方式ではプラズマに電流を流して発生させるのに対し、ヘリカル方式ではコイルを捩じらせて発生させます。

現時点ではトカマク方式の方が性能は上ですが、高温プラズマを維持するために外部から電子線等でパワーを注入しつづける必要があります。これに対してヘリカル方式はコイルに電流を流すだけでプラズマを維持できます。設備をシンプルに出来るので故障は起こりにくくできるでしょう。50年前はこの捩じれたコイルを精密に製造する技術が不足していましたが、今では出来るようになりました。構造がシンプルなモノが最後は勝つことが多いので、トカマク方式を追い抜く可能性を秘めています。

実用的な規模での技術実証が進んでいるのはトカマク方式です。国際共同開発も進められており、核融合というコンセプトの最初の実証はこの方式で行われることでしょう。

3番目に挙げた慣性閉じ込め方式として、一定の成果を上げたものとして高出力のレーザーを用いた方式があります。小さな球状エリアに四方八方からレーザーを照射し、固体密度の約1万倍程度まで圧縮し、高温高密度のプラズマを瞬間的に発生させて核融合を起こします。この核融合を一定の周期(例えば10~30Hz)で発生させてエネルギーを抽出します。

ガソリンエンジンやディーゼルエンジンでは、短時間の燃焼から燃料エネルギーを放出させ、これを機械の回転エネルギーに変換して取り出しますが、同じように考えれば分かり易いでしょう。

以降では、実用的な規模での実証が最も近いトカマク方式について、多面的に課題を検討していきます。

まず、核融合コンセプトの実証に関する技術課題がいくつもあります。ただ、これらについては苦労をするでしょうが、最終的に克服できるだろうとみています。懸念されるのは、その後に出てくる課題です。

課題は4つに分けられます。核融合炉を建設するために必要な材料の調達性であり、第2は燃料の調達性です。そして、これら2つの課題を踏まえた上での実運用上の経済性が第3の課題です。個人的な感覚では、1番目と2番目の課題を克服できれば、自ずと3番目の課題は克服できるだろうとみています。残る第4の課題は低レベル放射性廃棄物の持続可能性です。

では、まず、第1の課題から検討していきましょう。トカマク方式の核融合炉システムは大きく5つの部分から構成されています。プラズマを生成して封じ込める磁場を作るための3つのコイル、耐熱ブランケットで守られた真空容器、核融合反応を持続させるためのエネルギー注入装置、不純物や熱を吸って真空容器の外に捨てるダイバータおよび燃料であるトリチウムを回収・精製するプラントです。

3つのコイルは強い磁場を作ることを目的としており、そのために超伝導材を使います。コンセプト実証の核融合炉ではヘリウムを用いて冷却する必要があるのですが、ご存じのとおり、ヘリウムの調達は時とともに難しくなっており、とても持続可能とは言えません。よって、もう少し高い温度で超伝導を発現させる材料が必要です。

その候補材として-253℃で超伝導となるREBa2Cu3Ox(略してREBCO)があります。REはレアアースを意味し、Y, Gd, Euなどです。-253℃であれば、ヘリウムではなく液体水素で冷却できるので、冷媒の調達問題は克服できます。もちろん、水素が気化すると爆発性の気体に変身するので安全性の確保は苦労しそうです。

ここで問題となりそうなのがレアアースの調達です。レアアースは地理的に偏在しています。現在、世界最大のレアアース産出国は中国です。中国がレアアースを輸出するか否かに左右されるということです。

核融合を起こすためにはプラズマを数億℃に保持しなければなりませんが、それを囲うブランケットや不純物を排出するダイバータには高い耐熱性が求められます。このために、現在はタングステンを使っています。このタングステンの産出国ランキング第1位はやはり中国です。よって、ここでも中国からの供給に左右されることになります。

ここからは第2の燃料に関する課題を見ていきましょう。燃料は重水素と三重水素です。前者は海水に含まれていますが後者は人工的に作り出す必要があります。その方法としてリチウムが必要です。

リチウムも海水に含まれていますが、極めて薄い濃度なので、これを必要な濃度に高める必要があります。リチウムイオン蓄電池が一般化しましたが、このリチウムは海水からではなく、濃縮された原料を使って生産しています。そうしないと経済性が成立しないからです。

よって海水からリチウムを安価に抽出できない限り、燃料調達性には難があるということです。暫定的には、電気自動車EV用の蓄電池の廃棄物を使うことが考えられているようです。これは良いアイデアですが、結局はリチウムの調達性に依存することになります。

EVについてはナトリウム系など、脱リチウムにより解決できる可能性が高いですが、核融合はリチウムに依存するので解決できるかどうか、現時点では不明です。

核融合反応をより安定させるために、リチウムの1つ上の元素であるベリリウムの使用が検討されています。ベリリウムのクラーク数はリチウムの1/10なので、更に調達性が悪く、しかも毒性もあります。持続可能性について強い疑問を持たざるを得ません。

このように、核融合は技術的には成立させることができたとしても、その後にくる運用の持続可能性について多くの課題があります。もし核融合に賭けるならば、入手可能な代替材の研究を今から始める必要があるでしょう。

加えて、4番目の課題である低レベル放射性物質について、それを保管する場所があるのか、さらに、時間に対して無害化する量と生成される量とを比較して、持続可能性があると言えるのかどうか、この点を明らかにする必要があるでしょう。

以上、核融合には多くの課題が残っています。将来エネルギーの選択肢の1つではありますが、これだけに賭けるのは明らかにリスクが高いと言わざるを得ません。

まずは、核融合と自然エネルギー(太陽光、風力)とについて、同じ土俵で比較して両者の得失をリストアップし、核融合が自然エネルギーに対して、経済性と持続可能性の2つについて、定量的にどれくらい優れているのかを知る必要がありそうです。