製品進化とマネジメント風景 第15話 熱設計の進化とマネジメント
昔、世界史の授業で、産業革命に伴う機械化によってラッダイト運動が起こったという話を聞きました。その時は、何となく理解できるものの、ピンとはきませんでした。しかし、今の時代、半導体の進歩によってマイクロプロセッサの能力が上がり、少なくとも1週間に数度、人工知能の適用に関する話題を新聞、雑誌、テレビなどで見るようになると、200年前にイギリスの労働者たちが感じていた不安を、少しずつ実感できるようになってきた気がします。
今、人工知能(AI)として話題になっていることの多くは、20世紀よりも前の数学を基礎とした機械学習であり、まだ人間がコントロールできる領域にあります。しかし、もし、半導体技術が、過去70年間と同じペースでこれからの数十年間、進化し続けたとしたら、レイ・カーツワイルが言っているように、人間はAIに太刀打ちできなくなるかもしれません。ちょっと怖い感じがします。ただ、私個人の見解を言えば、半導体技術の前に熱という巨大な壁が立ちはだかり、技術の進化をスローダウンさせるだろうと見ています。熱は扱いにくく、しかも半導体と電子は本質的に熱に弱いからです。
コンピュータや半導体と比べて、生き物というのは実にうまく熱の問題を回避していると思います。成人男性が一日に消費する熱量は約2500Kcalですが、これを平均出力に換算すると約120Wとなります。人間にとってのコンピュータである脳はその20%、つまり24W程度のエネルギーを消費しています。脳は体重の約2%の重量しかないので、単位重量当たりで考えるとエネルギー消費率が非常に高く、発熱密度も高いということを意味しています。
ここで、人間の脳とコンピュータの脳であるCPUを比べてみましょう。パーソナルコンピュータの最新CPUでは最大100Wを超える電力を消費します。これに対してスマートフォンは10W以下と発生熱量が一桁下がります。スマホでは、CPUを中心として内部で発生した熱をケース(筐体)に導き、そこから自然対流で放熱しています。ご存知のように最近のスマホはすごく熱くなります。熱的に限界に近づいていることを示唆しています。ここから先、さらに高性能化しようとしたら、サイズを大きくして放熱面積を大きくするか、マイクロファンを内蔵して外部に放熱せざるを得ないでしょう。そうしないと人間が火傷しそうです。
パソコンも昔は自然対流で放熱していましたが、CPUの性能が上がって発生熱量が増え、自然対流だけでは対処できなくなったのでファンを付けて空冷するようになりました。スマホのCPUがパソコンと比べてこれほど省電力なのはアーム社のアーキテクチャーに依る所が大きいと言えます。アーム社はもともと割安の教育用コンピュータをつくるために創られた会社でした。割安に作るためにパソコン用のインテルアーキテクチャーと比べて機能を大きく絞りました。それでも普通の人の使用には十分でした。複雑なことは出来ませんが、安くて省電力にすることが出来ました。省電力性はモバイルと相性が抜群だったので、携帯電話やスマホ市場を席捲することになりました。逆に言えば、複雑な事を高速にすると大量の熱の発生が避けられないということでもあります。
人間の脳は、パソコンCPUとスマホCPUの間の発熱レベルにあります。人間は、長時間ものすごく真剣に考え事をすると、腹が減ったり甘いものが欲しくなったりしますが、頭が熱くなって冷やさないといけないということはありません。ここはコンピュータと大きく異なるところです。全ての脳細胞に毛細血管が繋がっており、脳細胞で発生した熱は毛細血流から太い血管に運ばれます。そこから高速流に乗って体の表面というヒートシンクまで輸送され、そこで自然対流と汗による蒸発熱で放熱する仕掛けとなっているからです。
人間の体内の血流構造はかなり最適化された仕掛けですが、植物や地面を流れる川でも類似の構造が見られます。それは、微細流れを扱う樹状流路と高速流を扱う主流路の2本立て構造となっている点です。このような類似性があるので、「全ての流れは時間の経過とともに、より流れやすい方向に進化する」というコンストラクタルの法則が提唱されました。この法則を提唱したエイドリアン・べジャンは、かつてコンピュータ内で発生する熱の放熱最適化の研究者でした。放熱の最適化を進めていくと、前述の2本立て流れ構造が最適であることに気付き、それが自然の至る所で見られるので法則に気付いたそうです。
コンピュータは人間の脳に相当しますが、力を生み出す部分はありません。一方、自動車や航空機等の輸送機械にはエンジンがあって力を生み出します。その際、エンジンをコントールする脳にあたるのがエンジンコントロールユニット(ECU)であり、ここにCPUが入っています。エンジンは、内燃機関の場合と電動モータの場合がありますが、今の所、これらの制御はそれほど複雑ではありません。よって、パソコンに使われている高級CPUを使う必要は無く、クロック周波数が1オーダー低いもので問題ありません。ECUでの発熱レベルもせいぜい数十Wのオーダーであり、空冷で対応できる範囲内にあります。ただし、空気の薄い高い所を走る、あるいは空を飛ぶ場合には、空気が薄くなって放熱能力が下がるので、水や燃料を使った液冷が必要になってきます。液冷は優れた冷却能力が持ちますが構造が複雑になり、重くてコスト高となります。
CPUの冷却で難しいのは、一言でいえば、電気絶縁性と放熱性の両立が難しいからです。放熱性を良くするには、空冷であれ、液冷であれ、ヒートシンクとして熱伝導率の高い金属材料を使いたくなります。しかし、CPUを金属部品に直接接合することは出来ません。電気的に絶縁する必要があるためです。よって、CPUと金属製ヒートシンクの間に、アルミナ、窒化アルミ、窒化ケイ素などのセラミックス材料を挿入して絶縁します。しかし、セラミックス材料は熱伝導率の低いため、熱が伝わりにくくなります。さらにヒートシンクと絶縁材の界面における熱伝導を良くするためには、両者を隙間なく接合する必要があります。空気が入ると熱の流れが悪化するためです。その場合、熱伝導性の良いフィラーを詰める必要も出てきます。仮にうまく接合できたとしても、セラミックスと金属では熱膨張差が大きいため、温度が上がったり下がったりするたびに、両者の界面に繰り返しの応力がかかり、界面剥離の原因となります。
類似の話は航空エンジンでも起こります。燃焼器の後方に位置する高圧タービン翼はニッケル基超合金で造られていますが、その融点をはるかに超えた高温の燃焼ガスに曝されています。翼の内部を空冷するものの、それだけでは不十分なので翼表面に遮熱コーティングを施します。遮熱コーティングの最も外側は、熱伝導率の低いセラミックス材料が適用されます。金属とセラミックスの熱膨張率は大きく異なるので、熱応力によって界面剥離が起こります。タービン翼では単純に熱の流入を抑制する話なので、CPUやパワー半導体の場合と比べると取り組み易いと思いますが、両者には共通点があり、相互に学べることがたくさんありそうです。
さて、自動車の世界では、駆動源が内燃機関から電動化の方向に進みつつあります。内燃機関から電動化に変わると熱の問題はどうなるのでしょうか? 結論から言うと、より難しくなるというのが私の見立てです。その理由を説明しましょう。
内燃機関では、燃焼器で多くの熱が発生しますが、高温ガスを大気中に直接放出するので内部に残る熱は限定的です。熱が籠るのはむしろ回転摺動部で発生する熱です。自動車では水冷していますが、航空エンジンやロケットエンジンでは冷却のためにしばしば燃料を使用します。燃料を冷媒とするのは賢いアイデアだと思います。
水冷の場合、高温部材の熱を単に水に移動させただけであり、水冷を持続するためには熱くなった水の熱を大気に放熱しなければなりません。しかし、燃料を冷媒とした場合は、高温部から熱を受け取った燃料をそのまま燃やして駆動用エネルギーに変えてしまいます。燃料をわざわざ冷やす必要がなく、そのための装置が不要となり、重量も軽くなりコストも下げることが出来ます。
電動化システムではパワー半導体が入っているインバータが大きな発熱源になります。パワー半導体としては、シリコン系IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)がポピュラーです。モータ(電動機)も出力の数パーセントは熱になります。モータの出力が上がれば上がるほど大きな発熱源となります。インバータを含むパワーモジュールからの放熱は、ECUの場合と同じ問題に遭遇しますがエネルギーのオーダーが違います。ECUではせいぜい数十Wだったものが、少なくとも数十KWとなり、1000倍レベルとなります。蓄電池をエネルギー源とする場合、冷媒として使える燃料はありません。水や潤滑油を冷媒として使ったとしても、液体に移動した熱を大気に放熱する必要があります。大気への放熱量を増やすには放熱面積を増やすしかありません。電動駆動源の出力レベルが数十KWの乗用車には対応できるでしょうが、更なる高出力化をしていくと、どこかで放熱限界に達するでしょう。この問題を解決する方法としてすぐに思い付くのは、パワーモジュールの材料を見直すことと、冷媒になりうる液体燃料の使用に戻ることです。究極的には人間と同様に汗をかいて気化させて放熱するのが最も効率が良いと思いますが、さすがに将来の話でしょう。
材料にはソリューション候補があります。その材料は、まだコスト的に高いのですが、電力損失を大きく減らして発熱を抑えた半導体として使うことができます。また、電気絶縁性と耐熱性に優れた材料でありながら、同時に熱伝導性も良い材料です。その材料とは炭化ケイ素SiCです。IGBTを代替できるとしたら、やはりSiC半導体が最有力だと思います。
エネルギー源として液体燃料に戻ると言う話ですが、化石燃料に戻ると言ったら、あの環境活動家グレタさんにすごく怒られそうです。戻るとすれば、カーボンニュートラルな液体バイオ燃料です。しかし、バイオ燃料をカーボンニュートラルで安く造るには多くの課題が残っています。とはいえ、仮に実現できた場合には燃料冷却が可能となり、輸送機械における熱問題のハードルは大きく下がります。
この100年間は石油資源の助けもあって内燃機関の時代でした。今日では、環境と情報通信の両面から、自動車では電動化が優勢になりつつあります。しかし、電気化が本当の意味で環境にやさしくなるには、発電時の二酸化炭素排出量の削減が必要です。化石燃料を燃やす火力発電で電気を作り、その電気を用いて電気自動車を造って走らせても環境的にあまり意味があるとは思えません。エネルギー消費に関する世界の評価基準もライフサイクル評価になりつつあります。
そういう意味で輸送機械の未来は不透明です。材料、蓄電池、放熱などの要素技術に加えて、発電や燃料といった社会基盤も影響してきます。これからの時代は、自社の得意な分野だけを見ていると判断を誤る可能性があります。広く社会を理解し、様々な製品分野と技術からも広く学びながら、判断していくことが求められます。多くの分野の専門人材の知恵を上手に統合していく必要があります。貴社では、その準備は出来ていますか?
参考文献
- ポスト・ヒューマン誕生、レイ・カーツワイル、2007
- 流れとかたち、エイドリアン・べジャン&J.ペダー・ゼイン、2013
- 最新熱設計手法と放熱対策技術、監修 国峯尚樹、2011