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製品進化とマネジメント風景 第36話 燃料電池の生存戦略とIoT事業マネジメント

IoT事業は、人間の活動や心理に対する理解を深め、人が求めるモノやサービスをタイムリーに提供することを目的としています。人が求める情報には様々なものがありますが、情報を集める末端はセンサと通信半導体です。

産業革命以前については、経験的に生み出された知識や法則を応用し、人が抱える問題を解決する製品やサービスが開発され、事業化されてきました。科学的とは言えないものも多く、効果に大きなバラツキがありました。しかし、特別なノウハウを獲得した企業は、特定の狭い領域において成功を収めていました。産業革命前あたりになると、再現性を重視する科学法則が多数発見されました。再現性があるので、誰がやっても小さなバラツキで同じ効果が得られ、応用範囲も広い。これは便利だということで、科学的知見を使って様々な製品やサービスが開発され、事業化されてきました。今日の製造業は、設計・製造面で隠れたノウハウがあるにしても、殆どがこのタイプの事業です。しかし、今、IoTの普及に合わせて異なるタイプの事業が始まりつつあります。

IoT事業は、様々なタイプのデータを収集し、それらの間の相関性から、ある地域、ある職業、ある時期、ある時間帯、ある属性を持つ人達にだけ適用可能な経験則を見つけ出し、その法則を使って特定の人や企業に対して製品やサービスを提供します。この法則は科学法則とは違い普遍性はありません。しかし、特定の人や企業は喜んでそれらの製品やサービスを購入します。この状況をみると、時代が科学を知らずに個人的ノウハウでビジネスをしていた産業革命前に戻ったようにも感じます。

事業の鍵は、どのようにしてビジネスになる特定の法則を見つけ出すかです。一般的な表現をすれば、それはデータとデータを解釈するアルゴリズムです。科学法則は、少ないデータから必ず正しい結果を予測する究極のアルゴリズムです。しかし、科学法則は簡単に見つけられないので、データを沢山集めてそこから近似的な法則を導き出すアプローチを選択することになります。予測精度を高めるにはデータとアルゴリズムのどちらも重要ですが、今日ではデータを入手するコストが下がり続けているので前者に焦点を当てるのが妥当と考えます。

データを安く入手できるようになったのは、MEMSと半導体の融合によりセンサ価格が安価になったおかげです。従来、データを活用するビジネスの代表は、高価な産業用製品の保守整備でした。しかし、データが安く入手できるようになった今、保守整備以外の多様なビジネスが出現するタイミングに来ていると思われます。

データの入手環境は、電源が容易に入手できる屋内と入手しにくい屋外とでは大きく異なります。屋内ビジネスはデータを入手しやすいですが、極めて個人的な情報を扱うことにもなります。個人情報を扱うには特別のノウハウが必要であり、ここではそのリスクが小さい屋外ビジネスを考えていきます。

屋外、野外にセンサと通信半導体を設置するためには電源が必要です。数が増えてくると電池の交換作業は馬鹿になりません。よって、屋外ビジネスの普及の鍵は、初期コストはもちろんですが、むしろメンテナンスフリーに重みが考えられます。コラム第34話ではメンテフリー電源としてエネルギーハーベスティングの観点で議論しましたが、今回はその一部を担う燃料電池を考えていきます。燃料電池に関しては、この所、他の代替手段との競争に敗れて去って行くパターンが散見されます。よって、本題に入る前に、燃料電池の存在意義を確認する所から始めたいと思います。

世界における電化は確実に進んでいます。しかし、電化率は先進国ですら20%台であり、電気の行き渡らない場所が世界には非常にたくさんあります。電気が行かない場所では、当然、化石燃料や薪などのバイオマスエネルギーが消費されています。電化が進まないのは、一言でいえば、大電力を少数の発電所で集中的に生産し、それを電力網インフラによって供給する方法が標準となっているからです。電力網インフラの拡大には大きな投資が必要となりますので、採算が取れる見通しがないと広がりません。

既に殆どの全ての家庭用品、事務用品は電気で動くようになり、自動車まで電化が議論されている状況です。これらを使うには電気が必要であり、大規模電力網インフラがない場所では、当然、化石燃料を燃やして効率の悪い発電することになります。世界の約80%はそういう場所であり、そこで便利な電気製品の使用が増えることは、実はCO2発生を増やすことに繋がるということです。便利なものを使いたいと思うのは自然の欲求なので、それを抑えることは出来ません。よって、問題解決の方向性は、CO2を大量発生する分散電源をCO2発生の少ない、あるいは無い分散電源に置き換えていくことです。

燃料電池はCO2の発生が少ない分散電源の1つの候補です。それは、バイオ系燃料電池と非バイオ系燃料電池に分けられます。両者の差は、燃料電池の触媒が、バイオ系か非バイオ系かにあると言えます。先に結論を述べると、バイオ系燃料電池は成長の可能性がありますが、非バイオ系燃料電池には成長の可能性が小さいと私は考えています。以下、この両者について述べていきます。

まず、非バイオ燃料電池に関するネガティブな話をします。代表的な燃料は、水素、アルコールおよび化石燃料(炭化水素燃料)です。今日は、化石燃料の使用を減らすことが世界的課題なので対象から除外します。

水素は、燃やしても水しか出てこないのでクリーンですが、非常に嵩張る気体であるため、輸送が難しいという問題があります。水は現地調達が可能であり、有望な水素源となります。それでも、水から水素を取り出すためには多大な電力投入が必要です。

最近、しばしば話題になる水素源はアンモニアです。アンモニアは圧力を高めると液化し、輸送に適する体積となりますが、水に対して長所と短所があります。長所は水素だけでなく、肥料生産に必須の窒素も持つため、付加価値が高いことです。短所は、第1に保管時はともかく、輸送時にも常に圧力をかけ続けなくてはならず、タンクが損傷すると気化して毒をまき散らすことになるため、厳重なリスク低減措置が必要なことです。第2にアンモニアの場合、水素を取り出す時だけでなく合成する際にも多大なエネルギー投入が必要なことです。

アンモニアよりも安全性の高い媒体としてアルコールがあります。石油と同様に常温で液体であり、アンモニアよりも輸送に適しています。アルコールは、燃料電池だけでなく、熱機関の燃料にも使えます。しかも、水素を取り出して使っても良いですが、そのまま燃料としても使うこともできます。柔軟性の高い燃料だということです。

アルコール燃料の製造方法は2つに分けられます。1つは、化石燃料ベースのエチレンから製造する方法です。これは化石燃料を使用するのと大差がないので除外します。もう一つは発酵によるバイオアルコール製造です。供給能力はまだ限定的ですが、持続可能なソリューションになる可能性が高いと考えます。本題から少し逸れますが、その理由を以下に述べます。

食料用の穀物からアルコール燃料をつくるアイデアは宜しくないという話をしばしば耳にします。しかし、その話は以下の2つの視点で吟味が必要です。1つは生産性です。メジャーな穀物といえば、稲、小麦、トウモロコシですが、これらがメジャーになったのは食料としてのカロリー生産性が高いためです。カロリー生産性が高いということは、燃料としての生産性の高いことでもあります。他の植物は、これら三大穀物に敵いません。

もう1つは世界の食糧供給能力です。食料供給能力は、これまで常に人口増加ペースを上回ってきましたが、農地の約20%は休耕地です。いつでも増産できる状態にあるということです。また、人口についても、生活環境が改善するにつれて子供数が減り、21世紀の半ばをピークに人口が減少すると予想されています。さらに、現在、食料の3割程度が廃棄されています。これらを考え合わせると、余剰穀物を燃料化することは、持続可能なエネルギー源として検討に値すると思います。一部の国で食料不足となっている事実はありますが、これは政治的問題が原因であり、食料生産不足が原因ではありません。

以上から、穀物ベースのバイオアルコールは、輸送用液体燃料の有力な選択肢の1つであると考えます。

では、液体のアルコール燃料を使う場合に、既存の熱機関と非バイオ系燃料電池のどちらに競争力があるかを検討してみましょう。熱機関としては内燃機関と外燃機関がありますが両方とも対象とします。非バイオ系燃料電池の発電端効率は、気体燃料を使う場合には50%も視野に入りますが、液体であるアルコールを燃料とした場合は30%台まで下がります。効率低下の主要因は、液体アルコールが電解質膜を超えてカソード側に拡散するクロスオーバー問題のためです。これに対して、外燃機関である汽力発電は大出力であれば40%以上の効率を達成するものの、小型化すると30%台となります。内燃機関による発電では、近年の燃焼制御技術向上により50%のレベルが見込めるようになりました。よって、アルコールを燃料とした分散電源を想定すると、性能面では内燃機関が最も優れ、非バイオ系燃料電池と外燃機関が同等という結論です。

次に製造コストをみていきます。非バイオ燃料電池は、高価な白金触媒を使用するためコスト高となります。また、スタックを重ねて出力アップを行う構造であり、スケールアップしてもスケール効果が出ないという本質的問題を抱えます。これに対して、熱機関はスケール効果がでます。出力増のためには燃焼領域の体積を増やす必要がありますが、製造コストは表面積に比例します。出力増におえる表面積増のペースよりも体積増のペースの方がずっと早いので、急速に製造コストが低下していきます。出力が1KW級くらいだと燃料電池が有利かもしれませんが、100KW, 1MW, 10MW級と出力が大きくなるにつれて熱機関の方がどんどんコスト的に有利になっていきます。触媒を白金系からカーボンアロイ系に変更すれば、若干、コストが下がるかもしれませんが、非バイオ系燃料電池が熱機関に勝てる領域は、せいぜい数KW以下の小出力の領域だと考えられます。

数KW以下の出力領域では、小型の太陽光発電や風力発電が新たな競争相手として出てきています。特に低コストの蓄電池が普及して電力貯蔵が出来るようになったので、燃料電池にとって強力なライバルとなりました。これらを全て総合すると、私は、非バイオ系燃料電池には明確に強い競争力を持つ領域が見当たらず、ビジネスとしては苦戦を強いられるだろうと考えます。

これに対してバイオ系燃料電池に明らかな優位な領域があります。バイオ系燃料電池は、触媒に適切な酵素を使用することにより、生物が食料にできるものは何でも燃料にして発電することが出来ることです。インフラがない場所、災害によってインフラが使えなくなった時でも、砂糖水や甘い清涼飲料水があれば燃料になります。砂糖水で発電できるならば、サトウキビや甜菜が栽培できる地域であれば、いつでも再生可能燃料を入手できます。もちろん、大出力化とコストは課題として残っています。

現在のバイオ系燃料電池の出力は現状非常に小さく、また、大出力化の技術開発にはかなり長い時間がかかると予想されます。ゆえに、最初の事業は、屋外におけるIoT用小出力電源になると予想しています。屋外IoT電源としては、初期コストを適正レベルまで下げる必要はありますが、自然環境からエネルギーをもらってメンテナンスフリー化できるという大きなメリットがあります。しかし、屋外IoTセンサ数が増えてくると、電池交換作業量が膨大となりコストが増大します。バイオ燃料電池は、周囲の自然環境からエネルギーを入手するので電池交換作業を実質ゼロにできます。

現在、バイオ燃料電池には、酵素燃料電池、生体燃料電池および微生物燃料電池の3つのタイプがあります。

酵素燃料電池はグルコースなどの糖を燃料とします。当然ですが発電を続けるためには燃料を補給する必要があります。また、燃料によって酸化を促進するために必要な酵素が異なります。前述したように、砂糖水を燃料にして発電できるようにすると災害にも強いロバストな分散電源になるでしょう。

生体燃料電池は、植物、動物あるいは人間から燃料であるグルコースをほんの少しだけ供給してもらって持続的に発電します。農林水産業では、資源の持続可能性が最も重要な課題であり、取り過ぎを注意しなければなりません。IoTによるモニターは取り過ぎを抑制するための手段として役に立ちます。また、バイオセンサとセットにすることにより、例えば鳥や豚で発生する新型ウイルスの早期検知にも応用可能でしょう。最近、国内で家畜の盗難騒ぎが起こっていますが、これらの防止にも使えます。

微生物燃料電池は、微生物の力を借りて微少な電力を発電します。以前から微生物は汚泥、汚物、排水などの処理に使用されていましたが、その際に発生する電力を回収してIoTセンサ駆動に用いて処理状況モニターに利用可能です。人間の工業活動では、排水に重金属が含まれるものもあり、魚介類を通じて人間がそれらを摂取すると健康被害が起こります。微生物の中には、重金属を使って自分たちの食物を分解する種もいますので、これらを上手に使うことで公害を抑制することも出来ます。また、農地においても穀物の根の周辺には様々な嫌気性細菌がいて、ある種の細菌の排出物が別の細菌の食物になるといった形で持続可能な環境を形成しており、ここに電極を入れて微生物電池を作り、作物の育成状況や土壌の状態をモニターすることが出来ます。

このようにバイオ燃料電池の分野はこれから成長が期待できますが、事業化するには、ビジネスや製品の全体像を俯瞰し、技術開発を含めて具体的な道筋に描く必要があります。ものづくり系、情報系、生物系、農業系などの多分野の連携が必要であり、これをスピーディーに進めるには、多分野をつなぐ共通の価値、基準、言語を定め、連携を促進する仕掛けが必要です。貴社は、事業を進めるための準備としてこのような仕組みを既に構築されましたか?

参考文献

  1. 世界の食糧生産とバイオマスエネルギー、川島博之、2010