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製品進化とマネジメント風景 第19話 空飛ぶクルマの進化とマネジメント(その1)

ここ数年で空飛ぶクルマに関する話題が雑誌などを賑わす機会が増えてきました。30年以上航空機に関わってきた私にとっても大変興味のあるテーマです。ただ、なぜ、空飛ぶクルマが世界的にも急に騒がれはじめたのか、あまり整理して語られていないように思います。また、空飛ぶクルマの意味するところについても、定義が曖昧で人によって解釈が異なります。よって、まず空飛ぶクルマとは一体何なのかからスタートし、それが出てきた背景と現在までの状況を概観していき、最後に今後の課題についても触れたいと思います。

このテーマは自動車とドローンと航空機の3つが関わるテーマであり、1回のコラムでは書ききれないため2回シリーズとしました。今回は前半です。

まず、「空飛ぶクルマ」とは何かですが、文字どおり解釈すると空陸両用車となります。しかし、今、欧米や日本ではそれ以外の対象も含む意味で使われています。空陸両用車というよりも、むしろ都市交通用の小型の電動垂直離着型航空機(以後、eVTOL)という意味で使われる場合が最も多いと思います。このため、米国の航空宇宙雑誌において、読者が「空飛ぶクルマと言うがただの航空機ではないか。誤解を招く!」と投稿欄で抗議している場面もありました。

よって本コラムでは、「空飛ぶクルマ」として空陸両用車と小型eVTOL機を中心に議論します。どちらにしても、航空機の部分はいわゆるプロペラ機です。固定翼機、回転翼機および両者の特徴を持つハイブリッド型の3つに区分されます。現状、空飛ぶクルマには様々なタイプがあり混乱する方も多いので丁寧に述べていきます。小型eVTOL機については、ドローン産業側からのアプローチと航空産業側からのアプローチがあります。前者は無人機用の安価な技術の組合せノウハウを武器に大型化する方向を目指し、後者は飛行安全ノウハウを武器に小型化を目指しています。

以下に航空機の3タイプ、固定翼機、回転翼機およびハイブリッド機を説明します。

固定翼機は旅客機を代表とする主翼と尾翼を持つ一般的な飛行機です。

回転翼機は3つに分かれます。回転翼機(その1)はヘリコプターです。通常、大きなメインロータと姿勢制御用のテイルロータの2つのロータを持っています。回転翼機(その2)は多数のロータ(プロペラ)を持つマルチコプターです。最近、ドローンとして話題にのぼることが多くなりました。ヘリコプターとは異なる特徴を持っています。回転翼機(その3)はジャイロコプターです。一見するとヘリコプターと区別が付きにくいのですが、大きな違いはメインロータを回す駆動源(エンジン)がありません。駆動源が無くても空を飛べる所が特徴です。

航空機3タイプ、最後のハイブリッド機は、固定翼を持ちながら、ロータ(プロペラ)を上向き(垂直方向)から横向き(水平方向)あるいはこの逆に変えられるチルト構造を持っています。離着陸は、ロータを上向きにしてヘリコプターと同じように上昇し、その後、一定速度で飛行しながらロータ角度を横向きにして固定翼機に変身して飛んで行きます。日本の米軍基地に配備されているオスプレイがこの代表例です。

以上を合計すると固定翼機1、回転翼機3、ハイブリッド機1の総計5タイプとなります。たくさんあって分かりにくいかもしれません。ただ、種類がたくさんあるという事は、空飛ぶクルマというコンセプトが未成熟な段階にあって、標準的な型がまだ定まっていないことを意味しています。しばらくするとこれらの中から標準型が選ばれる可能性が高く、今はビジネス上、1つの重要な時期にいると言えます。

さて、空陸両用車にしても小型eVTOL機にしても、空飛ぶクルマをより良く理解するためには基礎として固定翼機と回転翼機との違いおよび回転翼機におけるヘリコプターとマルチコプターの違いを理解しておくことが役に立ちます。回転翼機(その3)のジャイロコプターはマイナーなので割愛し次回のコラムで説明します。

まず、固定翼機と回転翼機との違いです。回転翼機は上を向いて回転しているロータによって機体を持ち上げる垂直方向の力(揚力)と前後左右に進むための水平方向の力(推進力)を同時に作り出します。ロータが作り出す力の殆どは機体を宙に浮かせるために使われます。水平方向に進む時はこのロータを傾けて推進力を得ます。

これに対して固定翼機では、プロペラ(ロータ)は横を向いて回転し、水平方向の推進力を生み出し、機体の水平方向速度を上げていきます。水平方向移動による風を受けた固定翼(主翼と水平尾翼)が垂直方向の揚力を生み出します。揚力は、翼という特殊形状の効果によって生じます。鳥の翼もだいたい同じ形です。翼が前方に進むと空気は翼面に沿って前方から後方に向かって流れます。翼の上面と下面で曲率が異なります。翼上面は翼下面よりも曲率が大きく、曲率半径は小さくなります。この結果、翼上面に沿う流れは下面に沿う流れよりも加速されて速度が上がります。速度が上がると圧力が下がるため、翼上面の圧力は翼下面の圧力よりも低くなり、翼下面から上面に向けた揚力が生み出されるのです。

翼によって発生する揚力は非常に大きく、旅客機の場合、水平方向の推進力の10倍から20倍の間の数値となります。つまり、翼という特殊形状によって水平方向の力を垂直方向の力に増幅変換しているということです。よって、同じ重量の機体を宙に浮かせるために必要な駆動源出力は、回転翼機では固定翼機の約10~20倍も大きくしなければならない、相対的に大きな駆動源/エンジンが必要ということです。大きな駆動源が必要ということはエネルギー効率が非常に悪いということです。よって、今日、長距離を大量輸送する場合には固定翼機しか運用されていません。

しかし、回転翼機は垂直離着陸が可能であり機動力があります。高速の陸上交通機関の無いある場所から別の場所へ最短時間で移動したい時、その直線距離が比較的近い場合(例えば100km以内)には非常に有用です。固定翼機は滑走路が無いと離着陸できませんし、自動車は速度も遅いですが道路は直線でない場合も多く渋滞もあります。このため、歴史的には回転翼機は軍事用、救護医療用および要人移動用などに使われてきました。

次に、同じ回転翼機であるヘリコプターとマルチコプターの違いに移ります。歴史的にはヘリコプターは約80年の歴史があり、マルチコプターの研究はドローン用として1990年頃からが始まりました。その研究蓄積を使って2010年頃からホビー用として事業化が開始されました。ホビーですから一種のオモチャですが馬鹿には出来ません。パソコンや電気自動車も元をたどればオモチャが原点です。

さて、ヘリコプターとマルチコプターには大きな違いが3点あります。1点目はメインロータの数です。ヘリコプターはメインロータが1つだけです。一方、マルチコプターは回転翼がたくさんあります。メジャーなのは4つ、6つ、8つです。

2点目は飛行制御の方法です。ヘリコプターには、メインロータの回転面の角度を自由に変えられる可変機構があります。真上に上昇する時には回転面は、上向き(垂直方向)を向いています。一方、前方に進みたい時には回転面を前側に傾けます。メインロータの回転面を可変機構によって傾けることにより、前後左右自由に移動することができます。非常に柔軟性に富んでいるのですが、その分、構造が複雑でコストが高くなり、また操縦も難しくなります。

マルチコプターでは、基本、全ての回転翼(以後、ロータ)は機体に固定されており、可変機構はありません。ロータは上向き(垂直方向)に設置される場合がメインですが、推進力を作るため専用に横向き(水平方向)に少数のロータが追加設置されている場合もあります。以下は例としてロータが上向き4つの場合を説明します。上昇下降は4つのロータ回転数を同期させて上下することで実現します。前進する時は、前側4つのロータ回転数よりも後側2つのロータ回転数を上げることにより、機体が前方に傾いて前進します。機体の方向転換は、対角線上にある2つのロータ回転数を残りのロータよりも上げることにより出来ます。飛行制御がシンプルであり、しかも構造が単純であるためコスト的に安くできます。ここが非常に魅力的な所です。

3点目は駆動源が故障した時の飛行安全性です。ヘリコプターは、メインロータに可変機構が付いていることを述べました。この可変機構は、ロータ回転面の制御だけでなく、プロペラのピッチ角の制御も出来ます。ピッチ角というのは、プロペラが回転している水平面に対して、プロペラ軸回りにプロペラ前縁を上げ下げする角度です。この角度を制御することにより、ヘリコプターは駆動源が故障・停止した場合でも、落下していく時の空気の流れを使って揚力を作り出し、ゆっくりと安全に場所を選びながら着陸することが出来ます。この動きをオートローテーションと呼びます。一定の高度がないと機能しませんが、ヘリコプターはこの技があるのでかなり安全です。

一方、マルチコプターではシンプルさ重視のため高価な可変機構は付けません。よってオートローテーションは出来ません。特にロータ数4では駆動源が故障すると墜落します。ロータ数が多数あれば冗長性があるように思いますがそうではありません。今後、ロータ数6以上では、想定しうる全ての状況をAIに勉強させれば飛行安全性は高まるでしょう。まだ墜落リスクがあるので飛行安全のためにパラシュートが付いています。マルチコプターは、ドローンで実践を積み重ねながら信頼性を高めている段階です。人口密度の高い都市の上空を飛ばすにはもう少し訓練が必要だと思います。

空飛ぶクルマは飛行技術面でドローンとの関係が深く、ドローンでの使用実績が重要な基礎となりますので、少しドローンの話をします。ドローン産業はこの数年で急速に成長しました。墜落しても影響の小さい分野に限定されています。人間よりも広い領域を迅速に移動できる特性があり、これを活用できる分野には向いています。また、人間が行うと危険を伴う作業分野にも向いています。具体例を挙げると、農薬散布と高所インフラ点検の2つです。

日本では、まず、農業において小型の無人ヘリコプターを使った農薬散布が1970年代から始まりました。エンジンは内燃機関です。メインロータには複雑で高価な可変機構も装備されています。この無人ヘリによる農薬散布は、農業人口減少をカバーする意味で非常に有効であることが実証されました。市場性がはっきり見えたため、安価で操作が簡単なマルチコプターが開発されて投入されました。高価で大型のヘリコプターと棲み分けながら成長しています。マルチコプターを安価に造れるようになったのは、スマートフォンの普及に依る所が大きいと言えます。なぜなら、スマートフォンの大量生産のおかげで、制御、センサー、通信用の半導体に加え、リチウム系バッテリーの値段が急速に安くなったからです。

道路や橋梁はコンクリートで造られていますが、その寿命はだいたい50年といわれています。日本では2020年代半ばには約半分の橋が寿命を超えると言われています。よって、点検が必要な場所がどんどん増えていきます。人間が高所の点検を行う場合には、安全性確保のために特別作業車が必要となりますが、点検スピードには限界があります。ドローンの利用は高所インフラ点検のスピードアップに役立ちます。画像による目視検査、打音検査、超音波検査、赤外線検査の装置小型化、ロボット化も進んできており、検査技術とドローンとの組み合わせによって、これから点検の効率が大きく改善されていくでしょう。

今回はここまでです。次回は本題の空飛ぶクルマの話に入っていきます。

参考文献

  1. ドローン産業応用の全て、野波健蔵、2018