製品進化とマネジメント風景 第18話 粉体技術の進化とマネジメント
人間と粉のつきあいは数千年前に遡りますが、そこで得られた知恵は現在に引き継がれています。おそらく、人類が存続する限り、人と粉との付き合いは続くと思われます。モノづくりの方法としては引き算型と足し算型があります。粉が発見される前は、丁度良いサイズと形の流木や石を素材として、そこから引き算型でモノづくりをする以外に選択肢はありませんでした。しかし、粉の発見により、材料を一度、粉にしてから好きな形に作り直すことが可能となりました。このコンセプトは、間違いなく一つの大きな飛躍だったでしょう。
歴史的には、食べ物と土器づくりから粉の利用が始まったと考えられていますが、どうやって粉にすることに気付いたのでしょうか? 食べ物については、硬くてそのまま食べられない物を細かく砕いて粒や粉にするアイデアは思い付きそうな感じがします。一方、使える強度を持つ土器を造るには高温にして焼結する必要がありますが、何千年も前にこのコンセプトを発明あるいは発見したことは本当にすごい事だと思います。なにしろ、焼結プロセスは今日までずっと使い続けられているのですから。
「なぜ、粉にすると良いのか」については、今日では良く理解されています。大雑把には、粉体化すると表面積が増大し、固体の塊の場合と比較して反応性が高まるためです。昔の人達は、理屈を知らなくても経験的にその効用を知っていました。だから、食べ物と土器の次の段階では、油に顔料を溶かして絵具や化粧品を作り、さらには植物由来の繊維を抽出・固めて紙を作るようになり、金属粉を用いて火薬を作るようになりました。
粉を扱う粉体技術が飛躍的に向上し始めたのは20世紀後半です。結果として、今日、粉は非常に広範な分野で活躍するようになりました。農林水、鉱業はもちろん、工業用品として、食品、化粧品、医薬品、繊維、紙、インク・塗料、プラスチック、セラミックス、金属、半導体、磁性体などの分野において、粉は原料、中間体、製品と広く使われています。ただし、この発展の原点を探ると、それは、19世紀末から20世紀初頭に行われた電球用フィラメント開発における粉末冶金の適用に辿り着きます。
金属素材を造る方法として、歴史的には粉末冶金の方が、溶解、鋳造(溶解冶金法)よりも古いとされています。しかし、溶解冶金法が確立した後、粉末冶金は忘れられていました。粉末冶金を再び想い出すきっかけを作ったのは、前述の電球用フィラメントの改良開発でした。エジソンは竹をつかって真空炭素電球を造っていましたが、寿命が短いという問題を抱えていました。金属でフィラメントを造れば良いことは分かっていたが溶解冶金法では造れなかったのです。
より良いフィラメント材料の探求は19世紀末から行われていました。ドイツのネルンストランプは1897年に金属と酸化物を混合してペースト状にしてダイスを通して引き延ばすと言うアイデアでフィラメントを作りました。性能は良かったのですが価格が高くて普及しませんでした。その後、オーストラリアのウェルバッハが1898年にオスミウムの粉末をバインダといっしょにダイスを通して線状にした後に高温で焼結する方法を開発しました。オスミウムフィラメントの電球も価格が高くて普及しませんでした。しかし、この金属粉末を圧縮成形してフィラメントを作るというアイデアが、最終的に1910年のクーリッジによる引線タングステンフィラメントに繋がりました。金属を融解せずに、金属粉を加圧成形し、その後に融点以下の温度で焼結させて金属固体をつくるという粉末冶金法の工業化が始まったのです。
粉末冶金は、粉末のコストが高いので適用は限られますが、今日でも競争力の高い5つの分野において使用されています。第1はタングステン、ジルコニウム等の高融点金属材料です。超硬工具などに使われます。第2は高純度金属であり、高周波純鉄圧粉磁心などに適用されます。第3は多孔質材料です。含油軸受や金属焼結フィルタなどに使われています。第4は高強度材です。航空エンジンのタービンディスクなどに適用されています。そして最後にAM (Additive Manufacturing)やMIM (Metal Injection Molding)などの粉末成形です。航空エンジンの燃料噴射ノズルや自動車用の様々な小物部品に適用されています。
粉末冶金の技術は、次第に金属からセラミックスに適用範囲を広げていきました。セラミックスの起源は陶磁器です。陶磁器は粘土が原料ですが、ミクロに見ると石英粒子が骨格となり、その周囲を石英よりも融点が低い長石質が包む構造です。初期のガソリン自動車では点火プラグは磁器でした。エンジンの燃焼室では周期的に爆発を起こしているので点火プラグには衝撃力がかかります。普通の磁器では割れやすかったため、石英のかわりにアルミナを骨材とするアルミナ磁器が開発されました。改善はされましたが熱に弱い長石質が残っていました。これを減らすための工夫として、粉末を微細化して焼結するという粉末冶金の考え方が適用され、これがファインセラミックスに繋がりました。この技術は、点火プラグ、切削工具などに応用され、大きく発展しました。さらに粒界を制御することにより、高温構造材、エレクトロニクス、バイオニクスの分野にも適用が広がっていきました。
20世紀後半になると、従来の金属とセラミックス以外に、プラスチックや半導体という新しい材料が出てきました。プラスチックの原料は石油から蒸留したナフサですが、様々な用途で扱いやすいように粒や粉の中間材にされました。やはり粉の形にしておくと汎用性があって便利なのです。
半導体素材であるシリコンウェハの製造法と言えばチョクラルスキー法がポピュラーですが、この方法は溶解冶金法の一種と考えられ、鉄に近い作り方です。時代とともにシリコンウェハ上に焼き付ける回路の微細化が進み、ウェハ表面の平坦化ニーズが高まって行きました。平坦化は研削の一種であるCMP (Chemical Mechanical Polishing)が適用されました。この技術は1987年にIBMで開発されましたが、その後、世界中に広まりました。粉による表面研磨だけでは傷が入るので、液体(スラリー)の化学的活性を用いて表面を溶かして滑らかにしていく。液体と粉体と機械の織り成すハーモニーが必要なのです。日本はこの手の擦り合わせが強く、世界的に競争力を持つ技術の1つに育ちました。
このように、今日、粉体技術はこの世の春を謳歌しているように思います。適用範囲は益々広がっていくとともに、新しい未開の機能を得るためにナノテクノロジーの方向にも進んでいます。ただ、これについては2つの点で懸念もあります。1つは、環境への影響、人間の健康への影響であり、もう1つは粉体製造のためのエネルギー効率の低さです。今回は前者に絞って話を進めます。
どのような技術でも良い面と悪い面があります。ディーゼルエンジンは、これまで燃費が良い熱機関として君臨してきましたが、排気には有害なPM (粒子状物質)を含みます。それが大気汚染を引き起こし、PMを抑制すべく、様々な排ガスフィルターが開発され、空気の質は改善されました。航空エンジンも1950年代のB707などのターボジェットでは耳をつんざくジェット騒音を出し、公害源となっていました。しかし、その後の低騒音化技術の向上により、今日ではエアバスA380のような巨大ジェット機ですら非常に静かになりました。
粉体における健康への影響で広く知られているのはやはりPM2.5でしょうか。黄砂が悪役になっていますが、天然に存在する砂の粉、シリカの粉は、それほど健康には悪くないそうです。そうでなければ砂漠の民は寿命が短いことになってしまいます。大雑把な話ですが、世界各国の平均年齢をみても、砂漠が影響しているようには思えませんでした。
化学的に安定している砂(シリカ)の粉も、サイズがμmオーダーになると空気中の汚染物質を吸着するので、それを人間が吸い込むと、時として過剰な免疫反応が起こって活性酸素により自らを傷付けてしまうそうです。それゆえPM2.5には気を付けなければなりません。10μm以上のシリカについては、鉱工業で人工的に製造したものは表面が無定形化しているため反応性が良く、それを吸い込むと肺に吸着して損傷を与えるとも言われています。表面の無定形化によって液体に溶けやすくなる性質は、工業面では役に立つことも多いと思いますが、一方で、排水に溶け込みやすいということでもあります。そのまま海に流してしまうと害を及ぼす可能性もあるわけです。回収して無害化する処理技術も重要です。
ノーベル賞も受賞したリチウム電池ですが、これも粉体技術で造られています。リチウム電池は携帯電話、スマホとともに普及しました。リチウム電池は通常、業者により回収されますが、ポイ捨てをする人が後を絶たず、近年、ゴミ焼却場における火災の発生源となるケースが急増しています。また、金属粉を用いる3次元プリンターが普及しつつありますが、金属粉は元々火薬として使用できるものです。金属粉の管理は火薬の管理であるといっても過言ではありません。安易に扱うと痛い目に合います。
粉体技術をさらに一歩進めるためのナノテクノロジーがあります。100nm以下の粒子と数百nmの粒子を比べると、前者は表面に暴露される原子・分子の割合が大きく、高い表面エネルギーを持つため、後者と異なる機能を発現するようになります。医療やエレクトロニクスの分野では役に立つことが多数あります。一方で、ナノテクの危険性を訴える意見も数多くあります。ナノサイズになると、どれだけ存在しているかを計測するのが大変です。よって、管理された領域の外への流出を抑える管理が求められるでしょう。
どの技術も同じですが、初めは機能、性能向上への取り組みが中心です。しかし、技術の有用性が認められて社会への普及が進んでいくと、負の部分が目立ち始めます。負の部分が大きくなると社会がその技術を嫌い始め、場合によっては排除に動きます。嫌われないようにするために、負の部分を抑制する技術開発にも力を注がねばなりません。負の部分を抑制することに成功した技術は長生きします。
粉はこれからも人間の生活を豊かにすべく活躍し続けると思います。しかし、そのためには、粉の機能性を向上していくとともに、人間や自然界に及ぼす負の側面もしっかり見据え、両者をバランスさせていく姿勢が求められます。そのためには、粉体製造という限定された役割だけでなく、粉が関わる全ての領域にも目を向け、様々な相互作用を認識しながら光と影のバランスを取りながら事業を進めていくことが肝要と思います。
粉体技術を生業とする貴社は、光と影の両立のためにどのように活動を進めていきますか?
参考文献
- 粉(こな)、三輪茂雄、2005
- 粉体工学ハンドブック、粉体工学会、2014
- PM2.5 危惧される健康への影響、嵯峨井 勝、2014