製品進化とマネジメント風景 第95話 脱炭素化の鍵を握る非電力エネルギーマネジメント
再生可能エネルギーは確実に成長しています。特に電力分野は目覚ましく、2011年と2021年を比較すると、太陽光発電と風力発電が電力全体に占めるシェアは2%から10%に増加しました。なんと5倍です。これを年率成長率に換算すると17.5%という高い数字が得られます。
成長の結果、再生可能エネルギーの電力シェアは約3割に達しました。原子力発電が1割なので残りの6割は化石燃料ベースです。また、予想の数字ですが、前述のシェア3割が2024年には5割に達するという話も出始めています。
上記の数字を見る限り、再生可能な電力が増え、脱炭素化が進んでいるなと感じます。しかし、別の視点から眺めると、これとは正反対の印象、つまり、「今のままでは2050年になっても脱炭素は難しいかもしれない」と感じます。その理由を述べることにしましょう。
別の視点とは、世界で消費されたエネルギーを電力とそれ以外に分けて評価する見方です。この見方によれば、2021年末の時点での電化率は17%でした。つまり電力は2割未満であり、他は何らかの燃料を燃やして得ているということです。
再生可能エネルギーの躍進は、あくまでも、上記の2割未満の中における躍進だということです。 数字にするとよく分かります。電力の約3割を占めるようになった再生可能エネルギーは、世界の消費エネルギーに占める割合はまだ5%でしかありません。躍進中の太陽光発電と風力発電が占める比率はもっと小さくて1.7%と2%にも満たないのです。
上記の数字を見ると、本当に2050年に脱炭素化ができるのか不安になったので、1つの試算をしてみました。仮に人類の全消費エネルギーが現在から増えず、ここ数年のペースで再生可能エネルギーの電化が進んでいくと2050年にはどうなるのでしょうか? 単純計算をすると2050年には電化率が50%に到達するという結果を得ました。ちなみに試算に使用したデータは、REN21が発行したRenewable Global Status Reportの2022年版に記載されたものを使いました。
試算結果は、2050年になっても電化率はまだ50%程度であり、残りの半分は電気を使わないエネルギー消費、つまり、何らかの燃料を燃やす必要があることを示唆しています。化石燃料は燃やしにくくなりますから、燃料そのものの脱炭素化を考えていかなければならないということです。
そこで、今回のコラムでは合成燃料(e-fuelとも呼ばれる)について議論することにしました。 最初に合成燃料の代表例を列挙してみましょう。代表的な所を並べると、水素、メタン、メタノール、炭化水素(以降は合成油)、アンモニアなどとなるでしょう。
水素とアンモニアは燃やしてもCO2が出ませんが、その他はCO2が出ます。ですから、メタン、メタノール、合成油を合成する時に含める炭素は、大気や燃焼ガスから回収した炭素を用いる必要があります。一方、これら全ての燃料は、燃やすと高いエネルギーを放出する水素を含んでいます。つまり、どの燃料を合成するにせよ、原料として必ず水素が必要になるのです。
故に、次は水素の製造方法を検討します。ご存じのように、人工的に製造された水素は、グレー、ブルー、グリーンという形で色付けがされています。
グレーは、化石燃料を原料とし、CO2の排出を伴う水素製造プロセスです。例えば、天然ガスを水蒸気で改質して水素を製造する方法などです。この方法は減っていかざるを得ないでしょうから、以後の議論には含めません。
ブルーは、やはり化石燃料を原料としますが、発生したCO2を大気に放出せず、捕獲して地中などに封じ込めます。そして、封じ込めたCO2を合成燃料などの原料として使います。
最後のグリーンはCO2の排出を伴わない水素の製造法です。既に実用化されているのは、再生可能電力を用いて水を電気分解して水素を得る方法です。工業的に実用化されているアルカリ水を用いるタイプの他、固体高分子膜を用いるタイプや固体酸化物を用いるタイプがあります。
他には太陽光と水と触媒によって人工光合成を行う方法が研究されています。その中には、燃料電池の技術を応用することで生産性が大幅に改善されたという報告も出てきました。ただ、燃料電池というと貴金属の使用が必要になる場合があります。大量生産モノに希少資源を使うと、その価格が急騰するという特性があるため、持続可能性の観点で難が出てくる可能性があります。
ブルー水素の製造方法と言えば、まずは上述の2つを思い浮かべますが、他にもターコイズ水素の製造法や原子炉の1つである高温ガス炉を用いる製造法も検討されています。
ターコイズ水素は、天然ガス(メタン)を熱分解して水素を得る方法です。水素以外に出てくるのは固体の炭素です。つまり、CO2という気化された炭素化合物ではなく、捕獲が易しく、しかも嵩張らないので低コストで安全な貯蔵ができるということです。いわゆるCCSよりも設備投資が少なく、しかも安全性の高い方法と言えそうです。しかし、この方法では高温の熱を投入しなければならないという欠点があります。
この熱エネルギーをどう得るかに課題が残ります。再生可能な余剰電力を使って熱を作るという話を時々聞きますが、説得力に欠けます。前に述べた推定が正しければ、再生可能電力が増えたとしても人類が消費する全エネルギーのせいぜい半分であり、EVなどが普及して電力利用が増えれば、余剰電力は意外と少ないかもしれないからです。
余剰電力が得られない時の対応策としては、原子力発電からの熱を使うことが考えられます。特に高温ガス炉を使うタイプであれば高温の熱が得られます。ただし、高温ガス炉は新しいコンセプトであり、安全性についてまだ十分に実証されていない点が気がかりです。そこが実証されれば、ターコイズ水素の製造に使えるでしょう。
とは言え、原子力発電では放射性廃棄物が排出され、それらが安全になるには最低でも300年くらいは必要なので持続可能ではありません。あくまでも繋ぎのソリューションだと言えるでしょう。
さて、ここからは水素の貯蔵、輸送について考えます。水素は非常に貯蔵しにくい物質であり、それ単体を輸送するのはあまり賢い選択とは言えません。貯蔵しにくい理由として、気体状態だと分子量が小さく、嵩張る上に非常に漏れやすいことが挙げられます。液化することは可能ですが、絶対零度に近い温度を維持しなければならないので、設備コストが増え、消費電力も少なくないため、あまり良い方法と言えません。
もし、水素の貯蔵・輸送を行うならば、水素をより扱いやすい水素化合物に変換してから行うべきでしょう。その候補としては、LNG(液化天然ガス、メタン)、DME(ジメチルエーテル)、MCH(メチルシクロヘキサン)、アンモニア、ギ酸などの名をよく耳にします。DMEはアルコールの親戚なので、メタノールも候補になりえます。同様にMCHもガソリンの一成分と言えるので、合成石油(灯油、軽油、ガソリンの混合物)に変換するのも候補になりえる可能性があるでしょう。
水素の貯蔵性、輸送性で考えるポイントは大きくは3つに整理できるでしょう。第1は液体化が容易であることです。常温常圧で液体であることが望ましいですが、多少の圧力を掛ければ液化するものは許容できるでしょう。第2は液体に含む水素の含有量が多いこと、水素密度が高いことです。第3は有毒性です。これについては厚生省が区分分けをしています。
まず、第1の液体化について検討します。LNGは液化のために冷蔵が面倒ですが、既存の貯蔵・輸送インフラがあり、そこは問題にならないでしょう。DMEとアンモニアは常温常圧では気体ですが、加圧により常温でも液化するのでこれも問題ありません。メタノール、MCH、合成石油、ギ酸は常温常圧で液体なのでこれらも問題ありません。 ただし、ギ酸は腐食性が強いのでそこに懸念が残ります。
第2の水素密度(重量%ベース)は高い順番で並べると、LNG、アンモニア、DME、メタノール、MCH/合成石油、ギ酸となります。LNGは頭1つ高く、ギ酸は明らかに低いですが、残りはドングリの背比べ状態です。
第3の有毒性については、アンモニア、メタノールは区分1に分類されるので有毒性が高く、特に注意が必要だと言えます。しかし、管理可能です。それ以外の候補も注意は必要ですが、専門家でなくても扱うことが可能です。
ここまでの結果を総合するとギ酸以外はどれも候補になりそうです。よって、候補を絞り込むために別の視点、すなわち製造に要するエネルギー投入量と、製造後の用途の点を検討します。
エネルギー投入量については、その低減に向けて現在盛んに研究が実施されており、その成果によって左右される可能性が大です。既存方法はどれもエネルギー効率の良くないものが多いのですが、現在の状況を概観してみましょう。
CO2と水素を原料としてメタンを生成する方法の代表はサバティエ反応です。これは発熱反応であり、容器の冷却が必要になるもののエネルギーの投入は低く抑えられます。ただし、せっかく生成した水素の一部が水になってしまうため、水素の利用効率は悪く、総合的な効率はそれほど高くありません。ですが、この後にくる冷却、貯蔵、輸送方法は既存のものが使えるので実用に近い所にいると言えるでしょう。
メタノールは従来、メタンと水素を原料とし、これらを高温高圧条件にすることで生成していました。温度は200~300℃程度です。メタンが原料ということは、メタンを製造した後に更にエネルギーを投入するため、エネルギー投入は増えます。この方法のままでは必ずメタンの後塵を拝することになるでしょう。メタンを抜くには、メタンを原料とせず、CO2を原料とした製造方法を見つけないといけないということです。
アンモニアの従来製造法は有名なハーバー・ボッシュ法です。この方法はメタノールを製造する時以上の高温高圧(温度は500℃級)が必要であり、エネルギー投入量はさらに大きいという欠点があります。実際、世界の全エネルギー消費の1~2%を使っていると言われています。昔ながらのこの方法は持続可能とは言えず、もっと省エネな方法が求められています。
合成石油を作る従来方法は2つあります。第1の方法ではフィッシャー・トロプシュ反応を使います。温度の低い方(約250℃)の条件では重油に近いものが合成され、灯油が多く得られます。温度を高く設定するとガソリンに近いものの比率が上がります。第2の方法はメタノールを原料として製造する方法です。それはメタノールよりも製造に必要なエネルギーが多いということを意味します。
既存の方法を見る限り、突出して魅力のある方法はありません。余剰電力が十分に得られない状況も想定すれば、触媒の力を借りて常温常圧に近い条件で生成する方法を見つける必要があります。良いニュースとして、アンモニアとメタノールについてはその候補が見え始めています。
最後にこれら化合物を利用する用途を検討します。水素を輸送して取り出すための用途だけなのか、それともそのまま燃料として使う等、別の用途もあるのか、化合物の価値を考える際に重要です。水素キャリアが主目的ならば、水素含有量が多いLNGかアンモニアが有利になると前に述べました。その観点ではこの2つは有利なポジションを得ていると言えるでしょう。
しかし、使う場面まで考えると有利さが失われる可能性もあります。例えば、合成燃料の用途が発電用ならば、LNGはもちろん、毒性のあるアンモニアであっても大きな問題になりません。しかし、発電は太陽光や風力発電に置き換わることを考えると、ここにLNGやアンモニアの出番はほとんど無さそうです。発電ではなく、熱を欲する産業用および家庭用の用途、あるいは電気が得られない地域での車や他の移動体の燃料としての用途が対象となります。
大規模産業であれば燃料の安全管理は専門家が行うので、多少の毒性のあるアンモニアやメタノールでも使えるでしょう。しかし、小規模産業、家庭用、車用では一般人が管理するので毒性のある燃料を使うのは無理があります。
また、2050年になっても電化が未了の地域がかなり残ると予想され、そこではどうしても長期の貯蔵が出来る液体燃料(固体でも良い)が求められます。水素を取り出す場合もあるでしょうが、そのまま燃やして使うのが一般的でしょう。メタノールに毒性があって扱いにくいことを考えると、石油に近い合成石油が最も適したソリューションになる可能性があります。
このように脱炭素の実現には長い道のりが必要です。エネルギートランジションの途中には暫定的な用途のモノも必要不可欠であり、また一定の需要が見込まれるので事業になるでしょう。最終的な理想の姿だけを見て事業を進めていくと道を誤る可能性があります。
貴社が現在使っている、あるいは製造しているエネルギーは何ですか。電気だけですか、それとも燃料ですか。後者であるならば、今後、どのような形でエネルギートランジションを進めていくのか、戦略が非常に重要です。戦略立案にこのコラムが少しでも役に立てば幸甚です。