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製品進化とマネジメント風景 第130話 製品に採用する素材と技術の戦略マネジメント

レアアース資源が世界政治を動かすようになってきました。レアアースという名称は希少価値のある資源であることを示唆していますが、よくよく調べてみると、それほどレアな存在ではないことに気付きます。 

では、なぜ、世界政治を動かしているのかと言えば、それは産出する場所が偏っているからです。2010年時点でのレアアース生産は中国が97%を占めていました。独占といっても良いでしょう。 

中国がここまで独占的だった理由の1つに、レアアース生産に伴う環境問題があります。レアアース鉱山には、大抵、放射性元素が含まれていて、放射能問題が付きまとうからです。 

しかし、2023年になると様相がかなり変化しました。中国のシェアは68%まで減少し、アメリカが12%、ミヤンマー11%、オーストラリア5%となりました。相変わらず、中国がシェアトップですが独占から寡占に変化しています。これは、レアアースの価格が上がり、生産上の環境対策を十分に実施してもビジネスとして成立するようになったためと考えられます。 

実は日本の領土内にも大きなレアアース資源があることが2010年代前半に分かりました。場所は南鳥島付近の約5700mの深海です。ここに高濃度にレアアースを含む泥があることが判明したのです。レアアース鉱山と異なり、放射能もないことが確認されていますが、深海からの発掘なのでコスト的に成立するのかが課題です。 

さて、レアアースですが、これはSc(スカンジウム)、Y(イットリウム)とランタノイドの総称です。ランタノイドはLa、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの15元素から構成されますが、Gdまでは軽レアアース、それ以降は重レアアースと呼ばれます。 

重レアアースは中国でしか産出しないため、例えば、Dy(ジスプロシウム)やYb(イッテルビウム)のような元素が必須の製品は中国からの輸入に完全に依存せざるを得ないことを意味します。よって、それらの製品はサプライチェーン上に脆弱性があると言わざるを得ません。 

軽レアアースについては、まだ、中国が支配的ですが、他国の生産量が増えつつあり、日本の領土内にも良質のレアアース資源が発見されたことを踏まえると、レアアースだけが希少資源だと勘違いすると別の所で痛い目にあうかもしれません。 

レアアースの中でも資源量が比較的多いものとして、Y(イットリウム)とNd(ネオジム)を挙げることができます。YやNdよりも希少性の高い金属は沢山あります。例えば、Co(コバルト)、Li(リチウム)、Ga(ガリウム)です。さらに、Co、Li、Gaよりもずっと希少性の高い金属としてAu(金)やAg(銀)を挙げることもできます。 

ですから、レアアースは確かに希少性の高い有用な資源ではありますが、特に軽レアアースを必要とする製品について、レアアースだけに目を奪われていると誤った判断を下すことになりかねません。 

ここからは、レアアースがなぜ、今日、ここまで重要視されるようになったのか、その理由を議論していきます。 

レアアースが鍵となる製品の代表例は以下の3つです。すなわち、光を発する製品、強磁性を必要とする製品および超高温耐熱性を求める製品です。 

光を発する製品と言えば、蛍光灯がもうすぐ生産中止になりますね。その理由はHg(水銀)を使用しているからですが、蛍光灯の蛍光物質にはレアアースが使用されています。蛍光灯の後継であるLEDは、エネルギー効率は蛍光灯よりも数倍優れていますが、やはりレアアースを使用しています。 

つまり、夜、明るい生活をするためには、今の所、どうしてもレアアースが不可欠だということです。 

蛍光物質で使われるレアアースの代表はY(イットリウム)です。では、LEDの生産においてイットリウムが資源上のネックになるのかと言えば、そうではありません。その根拠は以下です。 

ある信頼できる会社による市販LEDに含まれる資源分析結果(公表値)によれば、YよりもAu(金)の含有量の方が多く、Ag(銀)もYの半分程度が使われていることが分かりました。AuはYよりも1万倍も希少であり、Agは400倍強希少です。つまり、LED生産上のネックは、レアアースのYではなく、AuやAgにあるということです。 

次は強磁性が必要な製品の話に移ります。代表例としては、永久磁石があり、それを組み込む製品の代表例はモータです。この種のモータは、小さいモノではハードディスク(HDD)用、中くらいがエアコン用、大きいモノとして電気自動車(EV)用があります。EVが普及すれば、その消費量は圧倒的になるでしょう。 (産業用モータはもっと大きいのですが、数が少ないこともあり、今回の議論の対象からは外しています)

永久磁石を強化できるレアアースとしては、Nd(ネオジム)、Dy(ジスプロシウム)やSm(サマリウム)などがあります。Ndは前述のYと同レベルの資源量があります。レアアースとしては多い方です。よって、HDDのような小さいものに使ってリサイクルすれば持続可能性を維持できる可能性があります。しかし、EVに使うとなるとその消費量は非常に多いので価格が高騰するでしょう。リサイクルをしたとしても持続可能性が疑われます。 

Dyは産出国が中国に限定されることは前述しました。Smは軽レアアースですがNdの数分の一しか存在しません。永久磁石の耐熱性を向上するのに有効ですが、こちらも、製品が普及すれば資源が高騰することは間違いありません。やはり持続可能性に疑いがあるということです。 

ここからは超高温耐熱性を求める製品の話に移ります。代表例は、ジェットエンジンや発電用ガスタービンの高温部に使用する耐熱コーティングや耐環境コーティングです。 

これらの製品はたいてい金属製ですが、金属は1000℃を超えると次第に柔らかくなり、あるいは酸化して機能を果たせなくなります。そのため、金属よりも熱に強いセラミックスにより金属部品をコーティングし、入熱を抑制する対策が実施されます。 

しかし、セラミックスコーティングと言えども、ある温度を超えると焼結して収縮し始めます。そうなると、コーティングにひび割れが生じ、コーティングの剥離が起こります。焼結温度を高めるために有効なのが、La(ランタン)、Gd(ガドニウム)、Nd(ネオジム)およびYb(イッテルビウム)などのレアアース酸化物です。 

コーティングに必要な資源量は部品と比べればずっと少ないので、持続可能性について一概には判断できません。とは言え、重レアアースであるYbの使用はサプライチェーン上のネックになると考えた方が良いでしょう。

さて、レアアースは特別な機能を発するという特徴を持ちますが、前述した製品について脱レアアース化、脱希少資源化するのはどこまで可能なのでしょうか? 次はそれを検討します。 

まず、レアアースやレアメタルを使用しない発光体ですが、代替品としてカーボンナノチューブの適用が検討されています。カーボンナノチューブは化学修飾により光の波長を変えられるので、幅広く使える可能性があります。ただし、まだ、研究段階であり、製品化には時間が掛かりそうです。 

よって、蛍光灯が廃止になった後、当分の間、LEDに頼らざるを得ません。1つのLEDに使用する希少資源の量は少ないですが、大量に生産されるので、何も手を打たなければ持続可能ではなくなってしまうでしょう。前述したように、LEDにはレアアースだけでなく、金や銀というレアメタルも含まれています。希少資源のリサイクルコストを下げることが、短期的にも中長期的にも重要なテーマになりそうですね。 

次は、永久磁石および永久磁石を適用した同期モータ(以降、PMモータ)です。特にEV用モータのように1台当たりのレアアースの消費量が多く、しかも大量生産が想定されるものは、脱レアアース、脱希少資源の対策が不可欠だと考えます。 

すぐに思いつくのは代替品は誘導モータです。実際、EVの旗手であるテスラの初期モデルにも誘導モータが使われていました。しかし、PMモータと比べるとエネルギー使用効率が悪く、また、銅を大量に使い、かつサイズが大型化しやすいので重くなりやすいという欠点があります。重いことは、EVのような移動体では確実に性能を悪化させることになります。 

また、銅はレアメタルであり、潜在的な資源量は、前述したレアアースであるYやNdと同程度です。にもかかわらず、銅線の使用量は蛍光体や磁石と比べても圧倒的に多いので、銅の供給がネックとなる可能性は非常に高いと言えるでしょう。 

そこで、次の候補として出てくるのがスイッチ・リラクタンスモータ(SRモータ)です。構造が非常に簡単で、回転体には銅の巻き線がないモータです。米国では、大型トラック、トラクター、農業機械において、市場が急増しています。性能面ではPMモータにやや劣りますが、一番の欠点は騒音です。スイッチングの際に鉄心が音を出すのです。騒音で製品化できなかった事例もあるようです。 

希少資源は、人間の力によりリサイクルすることは出来ても、自らこれを作り出すことは出来ません。レアメタルやレアアースのような重い元素が作られるのは、恒星が寿命を終えて爆発する時であり、人知の及ばない話です。これと比べれば、騒音問題は人知が及ぶ範囲内にあると考えられます。結論として、希少資源を大量に使う大型モータでは、SRモータが1つのソリューションになるだろうと考えます。 

最後に耐熱コーティングですが、私の知る限り、代替技術はありません。幸い、消費量は少ないので、調達上に問題を抱える重レアアースを使わず、軽レアアースを使用する技術で対応する限り、短期的には問題を回避できそうです。しかし、中長期的にはやはり低コストのリサイクル技術が持続性の鍵となるでしょう。 

希少資源が重要になると、資源を巡って必ず争いが起きます。争いは世界全体にまで波及する可能性すらあります。争いを抑制するのに最も効果的な方法は、希少資源の価値を減らしてしまうことです。 

脱希少資源戦略は、ビジネス上の利益獲得だけでなく、世界平和の手段にもなりうると言えるのではないでしょうか?