製品進化とマネジメント風景 第120話 製品開発における思考法のマネジメント
世の中には様々な思考法があります。例を挙げると、垂直思考と水平思考、帰納思考と演繹思考、具体的思考と抽象的思考、部分思考と全体思考、そして論理思考と創造思考などがあります。
まずは、ここに挙げた思考法の特徴を見ていきましょう。垂直思考と水平思考については、前者が1つの分野や枠の中で深く掘っていく思考法です。深く掘りながら、物事の因果関係を明らかにしていくケースが多く、その手段として論理的思考が最も重要な要素となります。
これに対して水平思考は、枠に囚われないで考えていく思考法であり、論理思考も使いますが、直感や思い付きという非論理的な発想も重視します。一種の創造思考法を使うことを意味します。
専門家は垂直思考が得意ですが、水平思考が苦手な場合が多く、課題設定が適切でないと、出てきたソリューションは直接的であるが故に、品質とコストを両立するような良い解を見つけられない場合が多いようです。
水平思考は枠に捉えられないので、自分の専門性と他社の専門性を上手に組み合わせる時に有効であり、従来の常識では考えられない良い方法が発見されることがあります。ただし、非論理的な思考も許容するため、発散してまとまらないケースも多々発生します。
帰納思考と演繹思考については、前者は具体的な事例や事実を基礎として、それを一般化する思考方法です。それまでの常識と異なる事例がいくつか出てきた時など、事例を説明する新しい理論や方法を構築する始点になります。少なくとも狭い範囲においては一般性を保つことができ、事業や製品開発においても有効な方法です。ただし、狭い範囲を広げようとすると、事例の裏にある論理を特定し、この妥当性を検証する必要があります。その際に、見つけた理論や方法が破綻する場合もあります。
演繹思考は法律家や宗教家が良く使う論理性の強い思考方法です。原理原則からスタートして正否を評価します。帰納思考に基づいて創られた理論や方法は、演繹思考により否定される場合が多く、新しい事業や技術の発展を阻害する傾向があります。しかし一方で、原理原則の新しい組みあわせによって、新しい事業や技術を生み出す場合もあります。
次は具体思考と抽象思考です。前者は、限定された具体事例を対象とした思考法であり、その範囲内で有効です。枠があるという意味で垂直思考的であり、論理性の強い思考方法です。欠点は言うまでもなく、適用範囲が狭いことです。
この適用範囲を広げる際に有効な方法が抽象思考です。抽象思考は、具体事例を一段高い視点から眺めて一般化することなので、ある種の帰納思考でもあります。ただし、単なる帰納思考ではなく、論理的な水平思考を含みます。これを別の言葉で表現すると、『転移』という言葉が近いでしょう。ある理論や方法を別の分野に移植することであり、最近のAIで注目されている考え方ですね。なお、具体事例や事実に基づかない抽象思考やおかしな方向に一般化してしまう抽象思考は単なる妄想になってしまうので注意が必要です。
上記を見渡して、製品開発や技術開発と相性の良い思考法をピックアップしていくと、一長一短ですが、どれもそれなりに役立つことが分かるでしょう。ただし、開発は多くの場合、未知の領域を含むので、既存の方法だけではカバーできない事柄が含まれます。その結果、企画段階において、課題や対策に、必ずと言って良いほど抜け漏れが発生します。
この抜け漏れを防ぐにはどうすれば良いのか? その答えは後述することとし、一旦、新製品、新技術、新事業、引いてはイノベーションに不可欠な創造性について検討します。創造性は冒頭付近でも述べたように、論理的思考だけでなく、直感や非論理思考をも重視します。
今の時代において、創造性がビジネスにおいて重要な役割を持つことは疑いの余地がありません。それは、専門性は重要だが、論理的な垂直思考をいくら積み重ねても新しい事業や製品のアイデアが出てきにくいことに起因しています。
人間の脳は根本的に飽きっぽく、新しい事を好む傾向があります。もともと創造的に作られているのですが、社会は枠を嵌めたがります。その結果、多くの人は垂直思考の専門家に留まり、創造性を発揮するのは一部の天才だけだと思われていました。
しかし、最近では、創造性を科学的に分析し、天才ではない普通の人でも創造性を発揮するための方法が模索されています。一例を挙げると、創造性を、創造思考と創造技法に分ける考え方が出てきました。
創造思考は直感や非論理性を含んだ思考法です。一方の創造技法は、アイデアを出す方法、出てきたアイデアを価値ある形で統合する方法、創造性を高めるモチベーションを高める方法などのテクニカルな方法です。
普及する製品やサービスは、顧客価値が高く、しかしコストを抑えたものであるケースが多いと言えます。既存の考え方を踏襲すると、多くの場合、顧客価値とコストは反比例します。こういう場面において、創造思考は、顧客価値とコストを両立するアイデアや方法を発見するのに役立ちます。
そう、大抵の答えは、発明するというよりも発見するものなのです。垂直思考によって硬直化した視野の狭い専門家は発見できませんが、専門性を重視しつつも、枠を時代に合わせて変化させる専門家であれば、発見できるのです。
創造技法の中でアイデア出しを行う方法は多数提案されています。代表例はブレーンストーミングです。しかし、この方法の成功率は高くありません。発散しやすいからです。ブレーンストーミングは本来、前提なしに行うものであり、そこに発散しやすい原因があると言えます。
前提なしに行うということは枠をはめないことであり、これを否定するものではありませんが、少しだけ枠をはめて行う方がかえって良い場合が多々あります。
例えば、製品やサービスにおける顧客ニーズ、解決したい課題、課題解決の方法などについて、ブレーンストーミングで出てきた具体的情報、断片的情報を、一段高いレベルに、あるいは数段高いレベルにまで抽象化していくのです。
具体的情報はその量が増えるほど思考は発散しやすくなります。よって、抽象化によって、大量の情報を階層化することにより、課題等の全体像を把握しやすくなるのです。そして、抽象化できたら、今度は、そこを始点として課題や解決策に落とし込んでいくのです。そうすると、最初に出てきた具体的情報、断片的情報を包含しつつ、ブレーンストーミングで見落とした重要事項も見つけられるようになります。
つまり、具体思考と抽象思考を往復すると、創造性を刺激するとともに網羅性が高まり、抜け漏れを防止できるようになるのです。これは、製品開発や技術開発の計画を企画する段階で絶大な力を発揮します。
実は当社の提案するアイリスマネジメント法は、製品開発における実務をベースとして、これを抽象化した結果、様々な異分野の製品開発において課題を漏れなく抽出できる方法です。
ただ、アイリスマネジメント法が生まれる発端となったのは、どこにでもありそうな、やや不合理なマネジメント手法に遭遇したことです。具体的には次のような話です。
若い頃、ある技術開発の工事の立ち上げるために企画書を作成しました。目標は極めて明確でした。しかし、当時の部長からダメ出しをされました。指摘を反映して持っていくと、別のダメ出しをされました。これを数回繰り返し、ようやく企画が通って予算が付きました。
「なぜ、ダメ出しをされたのか」と言えば、計画に抜け漏れがたくさんあったことが一番の原因です。これは良い経験となりました。視点が狭かったのですね。この件について20年くらい経過した後、その時の上司と話をした時、「あの時、たくさんダメ出しをされて視野が広がって良かったです」と言った所、その上司からは「若い人の計画は抜け漏れが多い。学んでもらうために、ダメ出しをした。開発で重要なのは、ダメ出しされてもへこたれず頑張る性質だ。だから、ああいうやり方をしたんだ」という返答が返ってきました。
「なるほど」と思いましたが、同時に何かおかしいとも思いました。「なぜ、抜け漏れのある計画を策定する方法を教えてくれなかったのか?」と思ったのでそれを問いました。すると、「計画を聞いて抜けている所は分かるのだが、最初から抜け漏れを系統的に潰す方法を自分は持っていなかったからだ」ということでした。
その時、この昭和的な方法はいずれ使えなくなると予感しました。同時に、製品開発、技術開発の企画段階における課題の抜け漏れが、開発を停滞させ、場合によってはコンプライアンス問題の種になりやすいとも考えました。
そこで、とにかく、初期の企画段階において、課題の抜け漏れを防止する方法を構築するのが重要だと考えました。もう1つは、責任を明確化することでした。当初、これを実現するのは難しいと思っていましたが、グローバル化によって責任の明確化が外から迫られるようになってきたため、日本も対応せざるを得ず、仕組みさえ整えれば、浸透する可能性が高いと考えるようになりました。
道のりは長かったですが、最終的に1つの体系的な方法としてまとめる事ができました。その時に鍵となったのが、具体思考と抽象思考の往復という考え方でした。
具体思考だけだと、1つの製品に限定された方法しか作れません。しかし、これを抽象化すると、別の製品にも適用できることが分かったのです。しかも、抽象化した所から始めて具体化を行うと、抜け漏れを防止でき、しかも、その過程で創造性が発現しやすいことに気づきました。その結果、抜け漏れ防止と創造性の両方を同時に実現しながら製品開発を行うマネジメント法を構築できたのです。
今回のコラムでは様々な思考法の話をしましたが、結局のところ、1つの方向性だけに振れた思考はうまく行かず、逆方向の思考とも合わせることでバランスが取れるのだということです。 貴社における思考法に偏りはありませんか?