製品進化とマネジメント風景 第129話 超電導技術の進化と製品適用のマネジメント
昨年くらいから、超電導モータを応用する話がぽつぽつと新聞などでも話題になるようになってきました。航空機の電動化では、以前から超電導モータの利用に関して様々な議論がされてきましたが、空を飛ぶ製品であるがゆえに、自動車と比べると、技術面、事業面の両面で難しいものと考えられてきました。
もちろん、数人乗りの航空機であれば、蓄電池を搭載したドローンを大型化したものが1つのソリューションになりえます。しかし、現代社会が航空機に対して本当に求めているのは高速の大量輸送であり、数人乗りでは一部の人達用のマイナーソリューションに過ぎず、主たるソリューションになりえません。
主たるソリューションになるには、少なくとも150人乗り、可能ならば300人乗り用の航空機でも使えるようにしなければなりません。このような製品対象を考えた時、蓄電池と既存の電動モータを組み合わせたコンセプトは実現性に欠けます。重すぎるのです。もう少し専門的な表現を使うと、既存の電動モータは出力密度が低すぎ、蓄電池のエネルギー密度も低すぎるのです。
どれくらい低いかと言えば、例えば、150人乗り航空機のジェットエンジンの出力密度は、現状、概ね10KW/kg付近です。これに対して既存のモータは2KW/kg程度です。かなりの差がありますね。
エネルギー密度についてはもっと差は大きくなります。ジェット燃料のエネルギー密度は約12000Wh/kgですが、今のバッテリーは約 200W/kgであり将来的に2倍にできたとしても400Wh/kgなので、ジェット燃料の1/30にしかなりません。ものすごく単純化して考えると、1/30の距離しか飛べないということです。
しかし、以前の新聞記事で紹介された超電導モータを実用化できれば、話が変わってきます。その出力密度は約20KW/kgと言われており、ジェットエンジンに対してすら優位性があるという話です。
ただし、エネルギーを供給する周辺部の重量をよく吟味しなければなりません。ジェット燃料を供給する配管は空洞の金属菅ですが、超電導モータに電力を供給するのは中実の金属電線であり、さらに電線を冷却するための冷凍システムも必要になるからです。それらを考慮しても、互角に戦える可能性があるということでしたが、よくよく吟味する必要がありそうです。
課題となるのは燃料です。脱炭素化を強力に進めるならば、エネルギー源として最初に出てくるのは液体水素かSAF(Sustainable Air Fuel)になるでしょう。
水素は水に含まれており、仮に再生可能電力に十分な余剰があれば、水を電気分解すれば得ることができ、燃やせば水に戻るので持続可能性が高いと言えます。SAFも同様です。SAFの代表例はバイオ燃料ですが、空気中のCO2を分離・貯蔵して原料として合成燃料を作るケースも含まれます。
水素は気体のままでは嵩張るので液体水素化する必要がありますが、それでもエネルギー密度はジェット燃料の1/4程度しかありません。しかも、極低温に保ち、分子量が小さくて配管から漏れやすいので、その扱いは技術的にかなりの難物です。
液体水素を使うことのメリットもあります。超電導モータを使うには電線の冷却が必要ですが、これに燃料としての液体水素を使えるからです。燃料を冷却材として使うという考え方は、人間が生み出した1つの英知ですが、この英知を使えるのです。
とは言え、仮に技術的に克服できたとしても、世界中にそのインフラを準備するには数十年はかかるでしょう。
これに対してSAFは、既存のジェット燃料と大きな差はないので、技術面もインフラ面でも対応が非常に容易です。 よって、既存のジェットエンジンのコアエンジン部をSAFで駆動し、その軸出力によって発電機を回し、得られた電力を超電導モータに供給して動かすというコンセプトが盛んに議論されています。
SAFを燃料に使う場合には、燃料で超電導の電線を冷やすことはできないので、別途、冷凍システムを用意する必要があります。SAFの燃焼で得られたエネルギーの一部を、冷凍システムの駆動のために供給しなければならないということです。
なお、脱炭素化社会に移行する途中段階では、一定のCO2排出は許容せざるを得ないので、SAFの供給量が増えるまでの間、既存のジェット燃料を使うことになる可能性が高いでしょう。あるいは、ジェット燃料よりもCO2排出の少ない化石燃料ということで、LNGも候補になるかもしれません。理論的には液体アンモニアも候補になりえるのですが、軽微な事故で燃料漏れを起こした際、周囲に毒をまき散らすことになるので、選択肢からは外しました。
さて、超電導モータを航空機にも使えるならば、最も大量輸送に適した移動体である船舶のモータにも応用できるはずです。さらに、モータを実現できるならば発電機もできるはずです。そう考えていくと、洋上風力発電の発電機にも超電導を応用できる可能性が出てきます。
風力発電については、日本やイギリスのような島国では、陸地よりもむしろ洋上の方に大きな発電ポテンシャルがあります。ただし、洋上風力ではメンテナンスが非常にやりにくいので、その点に配慮する必要があります。この点は、直近の洋上風力発電でも考慮されています。
本来、風車の回転速度は非常に低く、これに対して既存の発電機に適した回転速度はずっと高いので、両者をつなぐために間に多段のギア機構を入れていました。しかし、ギア機構はどうしてもメンテナンスが必要になるので、洋上風力ではこれがネックになります。そこで、メンテナンスフリーにすべく、ダイレクトドライブ方式への移行が進みつつあります。
風車はゆっくり回るのですが、発電機としては1回転する間に、50あるいは60の倍数で回転したようなメカニズムを採用しているのです。一例として永久磁石を周上にたくさん並べればこれを実現できます。
洋上風力発電では、発電コストを下げるためにどうしても大出力化が必須です。大出力化は大型化を意味し、ダイレクトドライブ方式で永久磁石を使う場合だと、磁石の数が膨大になりコストが高くなります。
超電動も電線コストは高いのですが、超電導モータでは同じ出力でもずっと小型化できるので、サイズによるコストダウンが可能となります。結果として、既存のコンセプトに対抗できる可能性が出てくるのです。
ギア機構のメンテナンスをなくせるかもしれませんが、他方、冷却システムまわりのメンテナンス性は気になります。冷却システムをメンテナンスフリーにするのは非常に困難ではないかと予想します。メンテナンスフリーにするには、冷却する温度を大幅に上げ、既存の非常に信頼性の高い技術で対応できるレベルにするか、あるいは、冷却システムを無くしてしまうかが必要です。
冷却温度を大幅に上げるために必要なものは何かと言えば、それは高温超電導材です。高温超伝導材とは超電導が発現する温度を高める材料です。
ここからは、超電導材の発見と応用の歴史を少し振り返ってみます。現象そのものが発見されたのは1911年であり100年以上も前です。 その後、約50年間は放置されましたが、半世紀前にニオブチタン(NiTi)とニオブスズ(Ni3Sn)などの超電導材料が発見されると、製品への応用が始まりました。日本でよく知られている製品としては、医療用MRI(磁気共鳴画像診断装置)とリニアモーターカーがあります。
これらの超電導材料で機能を発現するには絶対零度に近い極低温まで材料を冷やす必要があり、冷媒として液体ヘリウムを使うしかありませんでした。液体ヘリウムは約4K(マイナス269℃)以下に維持する必要があり、その運用と維持には多大なコストがかかります。よって、そのコストに見合う、非常に限られた分野でしか事業化は進みませんでした。
1970年代には、通信分野での応用、事業化が期待されましたが、光ファイバとの競争に敗れて消え去りました。しかし、1986年にIBM研究者によって銅酸化物が超電導体になることが発見され、翌年に液体窒素(マイナス196℃)で超電導になる材料が発見されると、急速に開発が進み、現在は2種類の高温超電導線材が商業化されています。
その2種類とはRE123超電導線材とBi2223超電導線材です。RE123は、REBa2Cu3Oyの略称であり、REはレアアースを意味しています。もう1つのBi2223はBi2Sr2Cu3Oyの略称です。これらが超電導現象を起こすのはともにマイナス170℃前後であり、液体窒素で冷やせば超電導現象を維持可能です。
液体窒素で超電導を起こせるようになったことは大きな意義があります。第1に、液体ヘリウムという希少物質に頼らず、空気中にたくさんある窒素を使えるようになったからです。第2に、液体水素でも超電導現象を起こせることになったからです。水素は水から入手できますし、仮に水素社会が実現したならば、超電導現象を利用しやすい環境になるからです。
超電導モータや発電機にするには超電導材の線材化が必要ですが、粉末化や層状化にして製造できるようになりました。すでに超電導電力ケーブルの実証試験が行われています。モータや発電機の製品化も技術的には可能です。残る課題は製造コストと運用コストを下げられるかどうかです。
超電導モータあるいは発電機は、脱炭素化の社会において、世界を変える可能性を秘めているように思えます。とは言っても、完全なCO2フリーの手段になるのかと言えばそうではなく、最初の段階はCO2排出量を減らすのには有効というレベルに留まるように思います。
特に超電導モータを移動体に適用する場合、必ず、エネルギー源が必要になります。蓄電池のエネルギー密度で十分に使える移動体であれば、太陽光や風力による電力が安くなれば、主要なソリューションになるでしょう。
一方、蓄電池ではエネルギー密度が低すぎて使えない移動体の場合には、エネルギー密度の高い燃料を使う必要があります。その候補は、今の所、グリーン水素やSAFですが、これらのコストはまだ高く、供給量も少なく、すぐに主要なソリューションに育つ状況にありません。
結局、脱炭素化へのトランジション期間においては、化石燃料を使わざるを得ないのです。ただし、化石燃料を使うならば、石炭ではなく、石油でもなく、天然ガス/LNGでしょう。化石燃料の中では最もCO2排出量が最も少ないからです。
LNGの温度は約マイナス160℃であり、この温度で超電導現象を起こす材料が見つかれば、超電導+LNGの組み合わせは、脱炭素への移行期間において、移動体を動かす駆動源の有力候補になるのではないでしょうか? 大量輸送量のための船や航空機への適用も期待できそうです。いかがでしょうか?