製品進化とマネジメント風景 第38話 都市の進化と組織マネジメント
今回は、産業の母体となる都市について考えていきます。今後、さらに都市化が進むと言われていますが、その姿は従来と同じなのか変化するのか、あるいは企業にとって都市はどういう意味を持つのでしょうか?
都市とは何かについては、ジェイン・ジェイコブズがその著作「都市の原理」の中で、数千年に渡る都市の歴史を深く分析して得た叡智を述べています。都市の定義、機能については、これ以上に明確なものは無いと思いますので、ここではその概要の紹介から入ります。
都市とは、新しい仕事が古い仕事にさかんに追加される場と定義できます。新しくて多様な仕事がたくさん生み出されるので、自然と人が集まって人口も増えていきます。都市では、古い仕事と古い分業が廃れる以上のペースで新しい仕事が生み出されていきます。都市の中にあるスキルの数と種類が多ければ多いほど、新たな組み合わせが起こって新しい仕事が生まれる確率が高まります。
新しい仕事が生み出される場合は大きく2つあると考えられます。第1は、既存の製品やサービスからの派生、あるいはその源となる技能・技術から派生して生み出される場合です。第2は、既存の仕事を進めている際にぶつかった特定の問題に対する解決策から派生して生み出される場合です。両方に共通していることは、親となる古い仕事が存在していることであり、同時に、親から分離独立して新しい仕事に専従することを許容する環境があることです。
古い仕事に新しい仕事を追加することについては、多くのスキル、分業工程を持つ大組織の方が生産的と思えるかもしれませんが、現実はそうでないことを示しています。大組織は1つの製品の能率的な分業生産には向いています。この結果、コストが下がり、我々はモノやサービスを安く手に入れられるようになりました。
新しい仕事を追加する開発的な仕事について言えば、歴史は小さな組織が最も生産的であることを示しています。小さな組織とは、中小企業、ベンチャー企業あるいは独立した動きを許された大企業の子会社、研究所などです。小組織は、複数の仕事を同時並行的に行わざるを得ず、新しい仕事の追加は生産性に余り影響しません。むしろ相乗効果により創発を生み出します。これに対して大組織では生産性向上こそが強みです。仮に、大組織にある分業機能の個々が、量産製品と異なる製品開発に乗り出した場合を想像しましょう。量産製品と相乗効果が得られる場合は少なく、リソースの奪い合いによる生産性低下によるデメリットが目立つ結果となるでしょう。
開発的な仕事は、試行錯誤と失敗を伴い垢抜けない仕事です。リスクを低減し、成功率を高める仕掛けはありますが、不確実性は残るので100%の成功は保証されていません。しかし、歴史は、この非能率的な仕事をやり続ける企業だけが新しい仕事を生み出し、生き残ることを示しています。
都市についても同様の事が言えます。効率重視の都市では、幅広い道路と高層ビルからなる計画的な整理整頓された街づくりをしがちです。しかし、歴史的にこのやり方は、多様な小企業が雑居できる低コストの生存スペースを奪い、その結果、都市の創発力を低下させ、停滞を引き起こすという結果を示しています。英国のマンチェスターと米国のデトロイトがその具体例として挙げられますが、ここではデトロイトに絞ってみていきます。
デトロイトは1820~1840年代において、小麦の生産と輸出により都市として成長し始めました。大きな湖に面していることもあり、船舶での輸送が中心でした。1840~1860年には、小麦に代わって造船と舶用エンジン製造が産業の中心となりました。これらを支えるために様々な部品製造工場も増えて、都市化が進みました。その後、1860~1880年代には、地元で産出する銅の精錬業が成長して最大の輸出品となりました。1880~1900年代には、銅の産出が枯渇して精錬業は廃れますが、これまでに蓄積された多様なスキルを組み合わせて様々な工業製品を造る製造産業都市として発展しました。1900~1920年代には、良く知られているように自動車産業が興りました。その後、自動車産業は世界的な一大産業となりました。しかし、その時点から都市は自動車中心の能率重視主義に変わり、多様性が失われ始めました。そして、自動車以外の製品を生み出せなくなり、次第に停滞し始め、現在に至っています。
ここから今後の都市の姿を考えて行きます。近代化以前は、職住は一緒というのが当たり前でしたが、近代以降は働く場所と住む場所の分離が進みました。働く場としては工場(こうば)、オフィス、商店などでした。効率性を上げるには大型化が適しているため、工場(こうば)は工場(こうじょう)となり、オフィスはオフィスビルになり、商店はショッピングセンター(あるいはモール)になっていきました。住む場についても平屋の長屋から高層の集合住宅になりました。
都市を維持していくために必ず必要とされるものはエネルギー、建物、上下水道と物流インフラの4つです。全ての源はエネルギーです。これまでは、地球が長い期間かけて蓄積した化石燃料由来のエネルギーを安いコストで使うことが出来ました。しかし、これからは安易な化石燃料の大量消費を抑制する動きが進み、コントロールが難しい自然エネルギーへの比率を高める必要があります。自然災害も増える傾向にあり、災害に対する頑強さも求められます。解決に向けてたくさんの課題が残っています。
上下水道については、日本は江戸時代からこの分野では先進国でした。下水については現在のシステムは非常にうまく機能していると思います。しかし、今後、気候変動によって人間が必要とする淡水供給能力、上水能力が需要に追い付かなくなる懸念があります。これについては、シンガポールが先行している下水の浄化、水のリサイクルが有効な対策になるでしょう。
物流インフラには輸送と保管の機能があります。輸送については、近代以前は、水路が物流の中心でした。このため、どの国も大都市は海や河の近くに立地しています。現在でも、水上輸送はエネルギー消費最小で大量輸送を可能とする手段です。しかし、輸送スピードが遅く、水辺までしか輸送することが出来ません。このため、自動車が発明され、道路網が整備されると物流の主役は陸上輸送に移りました。
発注してからモノが届けられるまでの時間が重視され続けるならば、陸上輸送の優位は変わらないでしょう。この価値観はスピードが命ですから、当然、空輸の話も出てきます。ゆえにドローン空輸や空飛ぶクルマの話も出てくるわけです。このスピード命、効率最優先の価値観は、明らかに近代主義、モダニズム的な考え方に基礎を置いています。これを見直す動きは何十年も前からありましたが、これまでは広がりませんでした。しかし、最近、急速に広まりつつあるESGやSDGsという考え方は、スピード命、効率最優先の価値感を変えてしまうかもしれません。新型コロナウイルスの流行によりオンライン会議が増えて通勤が減り、家族とゆったりと過ごす時間が増えました。忙しさで忘れていた大事な事を思い出した人も多いと思います。これが人々の価値感を変えるきっかけになるかもしれません。
今日では、情報の流れは超高速化し、大抵の情報は世界中から短時間に入手することが可能となりました。時差さえ我慢すれば、地球の裏側の人達ともオンラインで顔を見ながら会話することもできます。一方、モノはそうは行きません。モノを入手するには、誰かが輸送しない限り届きません。輸送には多くのエネルギーが消費されます。
もし、人々の価値観が、環境性を重視してモノの輸送に関して利便性の低下を少し許容するならば、輸送量に対してエネルギー消費が圧倒的に低い水上輸送が復活するかもしれません。それは物流拠点の立地や産業立地にも影響を及ぼします。モノのデリバリーに関し、対面での手渡し習慣は急速に置き配に変わってしまいました。同しように、デリバリー時間が短いという競争軸が、届けるまでに消費するエネルギーの少ないことに変わる日が来るかもしれません。既に、製造時に再生可能エネルギーしか使わないとか、リサイクル材しか使わないという話が新聞紙上に出始めています。今はまだ少数派ですが、一定レベルを超えると急速に増えるので、注意深くモニターしていく必要があるでしょう。
建物については、人口が増えるか減るかで状況が変わります。国の人口が増える場合には、従来の都市化路線、すなわち均質な空間を安価に大量供給することが解となります。一方、国の人口が減っていく場合にはどうなるのでしょうか。2つのシナリオが考えられます。1つは、これまで通り大都市の人口は維持され、その代わりに地方の過疎化が進むというシナリオです。もう1つは、大都市の人口は減少するが地方の小都市に人が集まり中小規模の都市が増えるというシナリオです。どちらに進むかは分かりません。しかし、都市の活性化を維持するためには、多様な企業が低コストで雑居できる環境が必要であることを前に述べました。これは、オンライン化がいくら進んでも代替することはできません。セレンディピティあるいは創発は、実際に場を共有しないと起こりにくいからです。近年、この原理を意図的に適用し、中小都市の産業活性化に成功している事例が出てきています。
第1の例は英国です。カタパルト政策の中に「高付加価値ものづくり」があり、これによって街の復興が進みました。工科大学に、基礎研究と企業の製品開発の間を繋ぐ実用的なものづくり技術開発を行う場が創られ、成果を上げました。私もその代表であるシェフィールド大学を訪問して実感しました。ただし、英国とドイツの両方を見た感想として、次のドイツの仕組みの方がより優れていると感じました。
ドイツでは、フランフォッファー国立研究所が大学と企業の間の応用研究を行い、成果を出しています。私は縁あって、多くのフランフォッファーを訪問する機会を得ました。
フランフォッファーは、国立研究所でありながら民間の考え方を持ち込んだ面白い存在です。研究所数は約70あり全国に分散しています。国立研究所でありながら、企業からの委託研究費が予算の1/4を下回ると研究所は潰されるか他の研究所に統合されます。企業の役に立たない研究所は不要という国の意志表示です。企業委託が1/4から1/2までの間は企業から獲得した予算に比例して国家予算が追加されます。企業が支持する研究所には、適正範囲内で国が応援するということです。
その結果、成長する研究所では研究者数もどんどん増え、場所が足りなくなります。そこで地元の不動産や建設企業が投資して建屋を立てて待ち構えます。建屋には、フランフォッファー研究所だけでなく、彼らとの連携を求めて多くの中小企業も入り雑居状態が作り出されます。人が集まるので建屋周辺にはレストランや日用品店も現れ、街としても発展していきます。こういう仕組みもあって、ドイツでは地方都市に個性ある中小企業が多く存在し、街も企業も元気です。
英国とドイツの例を挙げましたが、多様な小組織が低コストで雑居し、一方で競争しながら一方で連携していく場を増やすことが、新しい価値、新しい仕事を生み出し、都市の発展に繋がるということです。東京や大阪は小組織の代表的な集積地ですが、これを維持発展させることが重要です。効率優先の単一産業都市になってしまうとデトロイトのように衰退に向かう危険があるので避けるべきともいえます。
都市の話をしてきましたが、都市は企業が集まってできた有機体です。企業の開発部隊では創発が必要不可欠です。かつては1つの専門知識だけで顧客価値を高めることが可能でしたが、今ではそれは出来なくなりつつあります。顧客価値を高めるには、必ずといって良いほど、複数の異分野の相互作用、シナジーによる付加価値向上が求められるようになってきました。場を共有することは異分野のシナジー向上の必要要件ですが、それを活かす十分条件はマネジメントの仕掛けです。貴社は、異分野間のシナジー向上のためにどのような仕掛けを構築していますか?