製品進化とマネジメント風景 第48話 防汚技術の進化とライフサイクルマネジメント
この所、新聞、雑誌、ビジネス関係のホームページを見ると、脱炭素とデータ活用のビジネストピックに遭遇しない日がありません。世の中がその方向に進んで行くことは間違いないと思いますが、一方で、世の中が一気に変わることはありません。変化には必ず時間がかかります。なぜなら、新しい事業や技術は、実際に運用すると、当初予想しなかった様々な障害に遭遇し、立ち止まらざるを得ないことが多いからです。よくあることは、長期間安定して運用できる予定だった製品が、過酷な自然環境に曝された結果として、想定よりも早く劣化して期待どおりの機能・性能をできない、あるいは故障してしまうという事象です。
グローバル化に伴い、長期間使用する製品には、標準化された型式認証試験を合格することが義務づけられるようになりました。例えば、脱炭素対策の代表格である太陽光発電用(太陽電池)については、高温高湿、紫外線、湿潤、降雹試験に加え、子供が誤ってぶつかってきても機能損傷しないよう、耐衝撃試験を必ず実施します。よって、これらの課題は開発段階において潰し込むことができます。
しかし、長期間、自然環境に曝された結果として生じる汚れに起因した性能劣化は考慮されていません。自然の汚れの素は、大きく3つに分類できます。第1は砂塵、泥、花粉、金属イオンなどを含む水性の汚れ、第2は鳥の糞や人工物(厨房、台所、車など)から排出される油分を含む汚れ、第3は菌類の繁殖による汚れです。
太陽電池は最低でも20年間は使用するものですが、汚れ対策をしない場合には1-2年後には2割レベルの性能劣化が生じ、放置すれば更に悪化する場合も出てきます。これはEPT(Energy Payback Time)に悪影響をもたらし、製品ユーザーの事業計画、投資回収計画を狂わせます。汚れ対策として、製品の運用数が少ないうちは、人の手によって掃除をすれば解決できます。しかし、その運用数が増えてくると、次第に人の手に負えなくなってきます。
同じ話は、IoT用のセンサについても当てはまります。データ活用をする場合、特に屋外でのデータを取得する場合、IoTセンサは、前述の太陽電池と同様に自然環境に曝されます。センサの数は、太陽電池の設置数と比べると、少なくとも2オーダー、つまり100倍は多いと考えられます。人が汚れを除去するメンテナンス作業を実施することになったならば、大変な作業量とメンテナンスコストになってしまいます。仮に人の手を煩わせないために簡易掃除ロボットを設置したとしても、製品単価が上がりデータから得られるメリットを打ち消してしまうでしょう。
よって、太陽電池もIoTセンサも、自然環境に起因して生じる汚れを抑制し、性能劣化を抑えて長期間メンテナンスフリーに出来ることが、製品事業におけるこれからの重要な課題であると考えます。そのため、今回は防汚技術を取り上げました。
人間が実用化した防汚技術を確認する前に、日々、自然に曝されている動植物がどのように対処しているかを先にみましょう。なぜなら、人は、動植物の持つ特性を研究し、そこからアイデアを得て技術や製品を開発することが多いからです。
植物は、太陽光を葉っぱで受け、水とCO2から炭水化物、蛋白質などの化学エネルギーを作ります。植物の中でも、特に水辺や水面に生息する植物は、水に接する機会が多く、葉が汚れるあるいは水で濡れる機会が増えます。葉が水に濡れると、当然、受光効率が低下するため死活問題となります。そこで、葉の表面に撥水機能を持たせ、水濡れと水性の汚れが付くことを防ぎます。この代表例は蓮の葉です。蓮の葉は、その表面構造に特徴があり、二重のフラクタル構造から構成されており、これが撥水性を強化しています。具体的には、葉の表面が5-10マイクロメートルの太さの柱で埋め尽くされて、さらに、各柱には数ナノメートルの突起がある構造となっています。表面をこれら二重の細い突起構造で覆うことにより超撥水性を実現しています。
なお、同じ植物でも、普通の陸上植物の葉は、一定の撥水性はあるものの、超が付くほどの撥水性を持つものは少ないようです。梅雨の時期に家の近くのツツジや柿の葉を観察しましたが、葉の上に水玉が出来ているものの、葉は濡れていました。風で揺れると水玉は落ちてしまうので、葉の上の水量は僅かなものです。太陽が照り始めればすぐに乾く状態にあるので、水辺の植物ほどの撥水性は不要ということなのでしょう。
空飛ぶ昆虫や鳥は、雨の中でもその影響を抑えて飛べるように進化してきました。蝶は雨の中でも羽をバタバタさせながら飛ぶことができます。羽をバタバタさせているので、雨が背中に溜まり、水の重みで飛べなくなりそうな気がしますが、そういうことは起こりません。なぜなら、蝶の羽は、撥水性を持つとともに、そこに異方性が追加された特殊な機能を持っているからです。
仮に蝶の羽が、シンプルな撥水性だけしか持っていなければ、雨水は羽を濡らさずに水玉になって撥くかもしれませんが、羽をバタバタさせるとその水玉は羽の上を行ったり来たり往復運動し、羽の外に落ちていきません。水玉が羽の外に出て行かないと、いずれ水の重みで飛べなくなってしまいます。しかし、異方性を持つため、水玉は、羽の内側に向かうことはなく、羽の外側にだけ流れていきます。その結果、雨の中でも、水の重みに影響されることなく飛ぶことができるのです。
では、異方性のある撥水機能はどのように作られるのでしょうか? それは、撥水性を持つ柱状構造が、日本家屋の瓦屋根のように、羽の内側から外側に向かって下がっていく段差構造により作られています。段差があるので、水玉は内側から外側へは容易に流れますが、その逆は段差の抵抗によって抑制されるのです。類似の構造は鳥の羽でも見られます。この構造により、蝶も鳥も雨の中で飛ぶことができるのです。
このように自然の動植物は、自身の重要な部分に撥水性を持たせることで、濡れることを防ぎ、その結果、水に混じった汚れからも身を守っていることが分かりました。ならば、これを真似すれば良いのだなと思うわけですが、問題があります。
まず、撥水性を持たせるには表面に微細構造を付与し、これを長期間維持しなければなりません。仮に太陽電池パネルの表面やIoTセンサの受感部に微細構造を付与できたとしても、嵐で物が飛んできたり、猫や鳥が乗ったり擦ったりしますので微細構造は壊れてしまうでしょう。長期間、正常に撥水機能を保つには、撥水性と耐久性の両立が必要です。これが結構大変であり、第1の問題です。
もう1つは、油汚れの問題です。動物の糞、台所からの換気、車の排気ガスなどには油分が含まれており、油は水よりも表面張力がずっと小さいため、撥水できても撥油できない場合が多いのです。その結果、撥水性を持っていたとしても、一度油汚れが付いてしまうと、汚れが落ちなくなるという問題に遭遇します。これが第2の問題です。
自然の動植物は、この2つの問題を上手に回避しています。植物の葉や昆虫については、個体数を増やし、その寿命を短く設定し、耐久性の要求を不要にする戦略を取っています。油汚れに関しては、水汚れと比べると遭遇する確率が大きく下がるので、損傷を受けたとしてもその個体の数は少なく大勢に影響しません。
寿命が長い動物では数年レベルで撥水機能を維持しなければなりません。例えば鳥類である雀の寿命は3年、カラスは10年程度です。彼らは、自ら羽繕いというメンテナンス作業を常時実施することで耐久性の問題を解決しています。同様に考えると、人工物に撥水で防汚機能を付与した場合には、数が少なければ人が自らメンテナンスすれば良いのですが、数が増えるとどこかで対応できなくなります。
飛行機の数は少ないので、人間の手や人間が操作する機械によって洗浄し、汚れを落とすことができます。一方、ドローンはどうでしょうか? 今はまだ、それほど数が多くないので所有者が掃除をすれば水汚れも油汚れも除去できます。しかし、IoTはビッグデータを求める方向に向かうので、空から大量データを取得できるドローンの数は今後、どんどん増えていくでしょう。いずれ人の手によるメンテナンスの限界点に達すると思います。
以上から、動植物の戦略を参考にし、人工物について長期間の防汚性を持たせる手段として撥水性の付与が1つの選択肢としてあげられますが、耐久性が必要な工業製品には向いていないことが分かりました。そこで、防汚機能について別の戦略を考えたくなります。それは、撥水性の逆、つまり親水性あるいは親油性を付与するという考えです。
親水性とは、水に濡れやすい特性です。ガラスの表面張力は水よりも大きく、よって、水によく濡れます。濡れた時に汚れが付いても、流れてしまうので防汚機能を持たせることができます。超親水性を持たせることが出来れば、雨さえ降れば、水性の汚れならばどんな汚れでも浮かせて流してしまうことができます。
超親水性を持つモノの代表例は酸化チタンです。酸化チタンは半導体の一種ですが、光(紫外線)を受けた時と暗闇の中にいる時で性質が変わるという興味深い特性を持っています。光を受けると超親水性を持ちますが、暗闇にいると撥水性に変わります。光を受けたときは超親水性だけでなく、親油性も持ち、よって、水汚れも油汚れも、雨が降れば水に浮かせて流してしまいます。また、菌類は様々な人工物の表面に住みつきますが、酸化チタンの表面では、光を受けると表面の酸化力が強く、菌類を酸化して分解します。さらに表面の酸化力は酸素も酸化して活性酸素を作りますので、これも菌類を除去するのに役立ちます。
上の話を読むと、酸化チタンは一見、万能に見えてきますがそうは行きません。やはり適した場所と適さない場所があります。なぜなら、太陽光と雨の両立というのは難しいことだからです。熱帯地方のように強い日差しとスコールが交互に来る場所には非常に適しています。これに対して、天気は良いが雨が降らない場所では、超親水性も超親油性も役に立ちません。
雨が降らずに太陽が強く照りつける場所では、砂塵などの空中浮遊物は光で酸化され、正イオンに帯電します。それらが人工物の表面に近づくと、表面が負に帯電し、浮遊物が表面に付着して汚れになります。この汚れを落とすために水道水を使うと、今度は別の問題が生じます。水道水にはカルシウムイオンやマグネシウムイオンが含まれている場合が多く、それらが炭酸塩を作り、別の汚れとなって付着するからです。炭酸塩の汚れが付着したらクエン酸などで掃除する必要が出てきます。このように1つの防汚手段を実施すると別の問題が生じるなど、汚れについては万能手段がなく、1つ1つ適材適所のソリューションを見つけて適用していくしかなさそうです。
100年に一度の変化の時期といわれますが、脱炭素、データ活用の2つの方向性が強調され、既存製品であっても、その使い方、使用者、燃料(エネルギー源)など、前提条件が変わりつつあります。同じ文脈で、従来、使い捨てにされてきた製品についても長期間使用できることが望まれるようになるでしょう。これはビジネスモデルに変革を求めます。つまり、モノの売り切りから売った後のアフターサービスを含めるビジネスモデルへの転換です。その際、汚れはその製品の価値を低下させる大きな要因になるので、真面目に検討する必要があります。ただ、上記で検討したように、汚れは多様であり、これを制御するには多様な専門性の統合が不可欠です。
多様性の統合はかなり難しい仕事です。しかし、単一の機能を売るだけで商売を出来る時代は終わったように思います。これからは、複数の機能を組み合わせた多機能の製品、サービス、あるいは両者の組み合わせが必須の時代となるでしょう。そのためには、多様な専門人材の能力をかけ算にして発揮させる仕掛けが必要です。貴社はすでにそのような仕掛けを構築しましたか?