〒186-0002
東京都国立市東2-21-3

TEL : 042-843-0268

製品進化とマネジメント風景 第7話 電力貯蔵の進化とマネジメント

「最近、充電するとスマホがすごく熱い。3年経ったから、そろそろ寿命かも。」と娘が言っています。新しいスマホに交換したいようです。内心、壊れるまで使ってほしいと思ってやり過ごしました。私自身は電池容量が多くて長持ちするかどうかでスマホを選んでいます。買い替えてそろそろ1年が経ちますが、既に買った時の7割くらいの時間しか使えなくなってきました。リチウムイオン電池はメモリー効果が小さいと言われていますが、自然放電による劣化は避けられないようです。ユーザーの一人としては、技術の向上によってもっと劣化を抑えて欲しいと思ってしまいます。電池容量をあまり気にしたくないからです。

そういえばと思い、自分の部屋の中を見渡すと、電池を使っているものばかりです。置時計、腕時計、固定電話、デスクライト、イヤホン、パソコン、タブレット、掃除機があり、家の外に出ても自転車、乗用車があります。電池が切れると色々と困るので、1年くらい前からは携帯用電源まで持ち歩くようになってしまいました。今の生活が、如何に電気と電池に依存しているかを改めて認識し、今回はこれからの蓄電生活について考えを巡らせることにしました。

電池としては、一次電池、二次電池、燃料電池および太陽電池くらいがメジャーなものだと思います。この中で、蓄電地と言えば二次電池です。燃料電池と太陽電池は、電池というよりも発電装置あるいはミニ発電所と言った方が正しい気がします。どちらも蓄電することはできません。

ただし、燃料電池については、使用する燃料を一定期間、保存しておくことが可能です。仮に、燃料として水素を使用する場合、燃料電池の逆モードとして水電気分解をすれば、電気を水素と酸素に変換できるので、水槽と水素タンクおよび酸素タンクがあれば、一種の蓄電池と言えないこともありません。実際、このシステムは再生型燃料電池と呼ばれることがあります。

今日の世界における大きな問題の1つは、エネルギー供給に関して、化石燃料から自然エネルギー、再生可能エネルギーにどうやってソフトにシフトしていくかです。

自然エネルギーの筆頭は、歴史のある水力発電ですが、ダムを造れる場所は限られており、日本に関して言えば、この先、大きく増やす余地はありません。

水力発電に続くのは太陽光発電と風力発電です。ともに天気に左右される気まぐれな特性を持っています。よって、全電力供給量に占める太陽光、風力発電の比率が高まってくると、電力の余っている時に充電して不足している時に放電すると言う形にしなければなりません。つまり、数か月単位で電力貯蔵できることが重要な前提となります。

電力を直接貯蔵できるのは二次電池ですが、燃料電池も水素等の形で貯蔵し、いつでも電力に変換できるので、ここでは一種の蓄電池として扱うことにします。この2つの方法は人間社会に非常に馴染みの深いもので、前者は200年の歴史があり、後者でも100年前から何度も試されてきました。

自然エネルギーを活用していく際の電力貯蔵手段の候補として、この2つの候補が有望視されていますが、各々どういうメリット、デメリットを持っているのか、今日はそれを考えたいと思います。色々な調査報告をみても、両者の得失を直接比較したものが見つからず、自分で評価することにしたということです。

まず、気まぐれな自然エネルギーとストレス無く付き合っていくためにはどれくらいの電力を貯蔵すれば良いか。現在進行中の課題のため、色々な意見があると思いますが、年間消費電力の20%程度を貯蔵できれば成立できそうだという検討結果がいくつか報告されているので、ここではそれを前提として話を進めます。

この前提は、毎日余った電気を蓄えて節約しながら使うという考え方ではなく、電力をたくさん消費するのは夏と冬であることを考慮し、春と秋に余剰電力を貯めて夏と冬に放出するという考え方です。

環境省では、平成25年に一般家庭の年間電力消費の調査研究を行い、報告書を出しました。そこに出ている月別の電力消費量を、春(3-5月)、夏(6-8月)、秋(9-11月)、冬(12-2月)の4つの期間で積算し、比較すると、春と秋はほぼ同じで最も低く、冬が一番多く、夏が二番目に多いと言う結果となりました。具体的には、冬場が春・秋の約1.8倍、夏場が1.2倍でした。日本全体の電力消費量でみると、夏場が最も多く、傾向が少し異なりますが、夏冬に電力が足りなくなることは同じであり、妥当な前提だと思います。

さて、日本の年間電力消費量はどれくらいかというと、現状、約1000TWhです。大まかな内訳は産業部門が45%、民生業務部門が約20%、民生家庭部門が約10%、輸送部門が約25%となっています。

TWhとか言われてもピンとこないので、身近な一般家庭における電力使用を題材として検討を進めようと思います。日本の4人家族の電力消費量は、戸建てと集合住宅で少し差がありますが、平均すると1日あたり約11KWhであり、年間にすると約4000KWhです。この数字であれば肌感覚として理解できそうです。

4人世帯の家庭における年間電力消費量4000KWhの20%は800KWhです。少し荒っぽいですが単純な前提で考えます。年間を通してのベース電力は、化石燃料、原子力および自然エネルギーがミックスされた形で供給されると考えます。各家庭には電力貯蔵装置が1台あって、春、秋の3ヶ月間に400KWhずつの余剰電力を貯蔵し、次の季節である夏と冬にベース電力に追加する形でこれらを消費するものとします。

時々、電気自動車を蓄電器代わりに使うと便利という話が出てくるので、その妥当性を確認してみましょう。今、日産リーフ最新型を所有していた場合を考えます。リーフの蓄電容量は60KWhですから、400KWhを蓄電するには約7台も必要です。金額的に高額であり、しかも車7台を置くスペースが必要です。現実的な対策になりそうもありません。電気代が安い夜間に充電して昼間に使うといった日々の節約には使えますが、大きな季節変動に対応するには足りないということです。

次は、住宅に400KWhの二次電池を装備する場合を考えます。現在のリチウムイオン電池の価格は1KWhあたり2万円くらいですので、必要量を装備すると800万円かかります。リチウムイオン電池は、充電、放電のサイクルを繰り返すと劣化するので、寿命は5年くらいです。人生100年時代と言われ始めましたが、とりあえず50年間使うことを考えると8000万円かかる勘定になります。月額に換算しても13.3万円です。かなり高額であり、このままでは社会に受け入れられないでしょう。

将来、全固体電池が出てくると、安全性も格段に向上し、自然放電が大きく減って数か月の蓄電は大きな問題にならなくなるでしょう。しかも充放電のサイクル耐久性も改善されて寿命は何倍かに伸びてコストが下がることが期待されます。ただ、それは将来の話であり、ここではあくまでも今の技術レベルで考えます。

一般人の感覚で考えると、子供や孫のために良い環境を残すためであったとしても、電力貯蔵設備の使用料金として払えるのは、せいぜい月2~3万円くらいではないでしょうか。これを50年間に換算すると1200~1800万円となります。結論としては、現在の価格の五分の一分以下のコストにしないと家庭の常設設備にするのは難しそうです。

では、水を電気分解して水素を発生・貯蔵し、電気分解の逆反応としての燃料電池で発電する場合はどうでしょうか。欧州では水電解装置による水素生成コストの研究が実施されています。二次電池の場合は、充電効率、放電効率とも90%程度は見込めると思いますので、総合効率は80%程度と考えられるでしょう。これに対して燃料電池では、充電効率70%程度、放電効率30%くらいだと思いますので総合効率は約20%となるので、電力貯蔵・使用の効率は二次電池の方が4倍程度優れていると考えます。年間必要な800KWhの電力を貯蔵する際の電力使用料に差が出ます。現在の電力料を30円/KWhとして年間で約9万円です。その分、水素貯蔵が高くなります。月額に換算すると7500円であり、余り大きな差にはなりません。

家庭への導入では、初期の装置導入コストが重要であり、水素貯蔵のケースについて評価してみましょう。

家庭用における水電解/燃料電池の使い方としては、前述の400KWhの電力を90日間で充電し、次の3ヶ月に消費すると考えます。1日あたり4.5KWhの水素を貯める必要があります。現在の技術では約22.5KWhの電力消費が必要です。仮に3KWで充電すると7.5時間かかります。固体高分子膜を使った型の場合、KW当たりのシステム製造コストは、欧州の検討では約20万円ですので水電解装置兼燃料電池の設備コストは60万円となります。水道水を純水に変える装置や貯蔵タンクなども必要なので、トータルコストを120万円と考えることにします。現在の技術では寿命は5年間が妥当であり、よって月当たりの使用料金は2万円となります。トータルコストの仮定が上振れする可能性はありますが、設備導入費用は受け入れ可能な数字です。

まとめると、水素貯蔵の方が二次電池よりも、現時点では初期コスト的にもライフサイクルコスト的にも有利という結論となりました。これは一般家庭での検討ですが、産業、民生業務に展開しても似たような結果になるでしょう。なお、輸送部門については動く乗り物が対象であるため、エコな液体製造という選択肢を含めた別の議論が必要と思います。

日本政府は水素社会を創る方向で政策を展開しています。もちろん、二次電池のコスト削減にも手を打っています。現在は、経済性で水素が有利と思いますが、水素の貯蔵には安全性の課題があります。自宅の裏に水素タンクがある、仕事場のオフィスの隣にも大きな水素タンクがある、町中あちこちに水素タンクがあるという状況を想像してみてください。水素漏れは爆発に繋がります。心理的に抵抗を感じる人も結構多いのではないでしょうか。これに対して、二次電池は固体化が進めば安全性が大きく向上します。水素社会に移行するためには、この心理的抵抗の払拭が必要と思います。

今後のエネルギー事情を考えると、確実に自然エネルギー利用の比率が高まって行くでしょう。そして、何らかの形で電力貯蔵が必要になるでしょう。エネルギー供給、貯蔵あるいはエネルギー関連機器に関わっている貴社は、エネルギー貯蔵の手段として二次電池利用派ですか、それとも水素利用派ですか、あるいはその他媒体の利用派ですか? エネルギーについては100年振りの変革期に入りつつあるようにみえます。社会実装できるシステムを創り上げるためには大変な努力が必要だと思います。自社、他社を含めた多くの分野の専門人材の知恵を統合していくことが不可欠です。貴社は、どのような仕掛けでこれを実現していきますか?

参考文献

  1. 進化する燃料電池・二次電池 化学工業会 2019
  2. 平成25年度 家庭における電力消費量実測調査報告書 環境省
  3. 電気自動車用二次電池 西本裕 tokugikon 2014.9 no.274
  4. Future cost and performance of water electrolysis: An expert elicitation study,  O. Schmidt, A. Gambhir el.al., International Journal of Hydrogen Energy 42, 2017