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製品進化とマネジメント風景 第118話 AIにおける思考力の進化とその活用マネジメント

AIの進化がすごいと発言する人が増えてきていますが、現在、人間にどの程度まで近づいてきているのでしょうか? 人間の特徴として思考をすることが挙げられます。とは言え、動物も何らかの思考をしているように見えます。 

本コラムでは、思考の最低条件として、「何らかの入力に対して情報処理を行い、何らかの判断基準に照らして、行動を起こすか否かを判断すること」と捉えています。ここでは、このような最低限の思考を『先天的パターン思考』と名付けることにしました。 

この『先天的パターン思考』は、実は本能的な情報処理であり、思考しているのではないという主張があるかもしれません。その通りかもしれないのですが、我々は無意識のうちに何かを判断して行動する場合が多いですが、これを無意識の思考と捉え、最も低次元の思考だと考えているのです。

この低次元思考は、人間だけでなく他の動物も行っているでしょう。昆虫でさえ行っているように見えます。当然、もっと高次元の思考もあるはずです。 

高次元の思考の1つは、例えば、自分の経験したことを記憶し、その記憶に基づいてパターンを分類し、それぞれの違いを認識し、それに基づいて行動するか否かを判断する思考です。これは『後天的パターン思考』とでも呼べるでしょう。 

後天的パターン思考を出来るようになると、ある時間帯にある場所に行けば餌を見つけられる等を考えて行動することができるようになります。カラスは人間が生ごみを出す曜日を知っていて、その日の朝になると集まってきます。カラスには曜日の概念は無いでしょうが、少なくとも日時の概念を認識して行動を起こしているということでしょう。ですから、カラスも考えながら行動していると言えそうです。 

もう一段上の思考になると、ある具体的な事象に対して、ある特定のパターンが生じるのはなぜか、それぞれのパターンはどのようにして生じるのか、パターンが生じた後はどうなるかといった、パターンの裏にある論理性にも気付けるようになるでしょう。通常、我々はこれを『論理的思考』と呼びます。 

さらにもう一段上の思考になると、世界で起こる様々な事象の中に、類似のパターン、類似の論理性があることに気付けるようになります。その結果、様々な具体的な事象を統一的に説明する法則を見つけ出すことが出来るようになります。我々はこれを『抽象思考』と呼んでいます。 

今のAIはどこまで出来るようになっているのでしょうか? 少なくとも、『後天的パターン思考』までは出来るようになったと言えるでしょう。では、論理的思考も出来るのでしょうか?  

AIが論理思考をできるかできないかという話の前に、まず、『論理的』あるいは『論理的思考』の定義について少し整理しておいた方がよいでしょう。なぜなら、誰でも何となく分かっている事ですが、適切な定義を述べよと言われると意外と難しいからです。なにしろ、世の中には、この定義を明らかにすることを仕事として研究している人さえいるくらいなのですから。  

まず、『論理的』という言葉について納得しやすい定義を考えてみましょう。その一例は、「前提と結論があって、結論に至る理由、根拠、証拠など、結論を支持するものを同時に提示でき、それらを通して前提と結論の間の論理性、道筋を示せること」という定義です。  

これとは別に、「前提の中に隠されている結論を矛盾なく見つけだすこと」という定義もあります。どちらも表現が堅苦しいですが、それは論理学の論文から引用しているからです。  

ただ、『論理的』であっても、『論理的思考』をしていることになりません。なぜなら、論理的に正しい事はたくさんあり、その中からどの論理を選ぶかを判断する所が重要だからです。つまり、『論理的思考』とは、さまざまな可能性を検討し、それらの可能性を比較検討し、消去できるものは消去する判断を行い、最後に残った論理を選択することだと考えるのが良さそうです。  

前述の消去のプロセスを理性だけで行う人は殆どいないでしょう。多くの場合、人は感情によって判断しているはずです。一般的には論理性≒理性というイメージがあり、論理と感情を別物だと考えられる場合が多いですが、人間の判断は感情に依存する部分が多いため、論理的思考においてこれを無視するわけにはいきません。 

ただし、人間の活動の一部には理性だけで処理できることもあります。それは、人間の関与と無関係に決まることであり、誰が行っても最終的には同じ結論に至ることです。その代表が科学です。ですから、科学分野については、AIであっても、データから論理的な思考や推論をできるようになるだろうと予想できます。

科学以外の分野ではそうは行きません。感情が関与してくるので科学のようにシンプルには物事を扱えないからです。感情は個人や民族の価値観に基づく反応であり多様です。多様な価値観は多様な論理を生み出すということです。よって、論理的思考において、たくさんある論理の中からいくつかを選択する時、どれを選んでどれを捨てるかは個人や民族性によって変わりえます。 

以下に、論理的思考における民族性の違いを紹介します。

人間社会はある種の価値観が存在します。とにかく目的重視、効率性重視をする価値があります。資本主義社会では目立つ価値観ですね。一方で、損得だけで割り切れない個人的な感情や社会的共感というものを重視する価値観があります。どちらを重視するかでかなり異なる社会になるでしょう。これが1つの軸になります。

もう1つの軸は、判断に至る道筋に関する価値観です。原理原則を重視するのか、あるいは、現実の経験や実証された事実を重視するのかです。前者は時間に対する変化が緩やかですが、後者は時間経過に対してかなり敏感に変化します。

上記の結果として、論理的思考のベースとなる価値観には2つの軸があり、それぞれの軸は2つの価値観を有するので、全部で2×2の4つの価値観があり、4つの論理性の型があるというモデルが得られます。現実は4つにきっちり分けられるものではありませんが、このモデルによって民族性の違いをかなり良く理解できるようになるので、以下はこのモデルに沿って述べていきます。

1つ目の型は、目的重視、効率性重視で、現実の経験や実証事実を重視する帰納的な立場です。この立場では、目的の確実な達成や、費用対効果などの効率性を重視します。この考え方をする代表的な国は米国です。それゆえ、米国人に論理的に納得してもらうには、序論で主張し、本論で主張を支持する事実を挙げ、結論で主張を繰り返すという型で説明するのが有効とされています。企業内ではこの型が優勢ですが、別の型から眺めると独善的で冷徹に映るはずです。 

2つ目の型は、社会的な共感重視で、原理原則を重視する演繹的な立場です。この型では、十分な議論が行われたかどうかが重視されます。代表的な国としてフランスが挙げられています。よって、フランス人に論理的に納得してもらうには、序論で議論する概念の定義や問題提起をしっかり行い、本論では弁証法を使って主張を述べた後、その反対論も議論し、最後に両者の統合を行って結論に至る流れで説明するのが良いとされます。裁判などでは優勢な型ですが、別の型からみると、非効率で、理屈っぽく、しかも議論が発散しているように映ります。 

3つ目の型は、目的重視、効率性重視だが、原理原則を重視する演繹的な立場です。宗教国や法治が強い国家のパターンです。代表的な国としてイランや中国を挙げられます。イラン人に論理的に納得してもらうためには、序論で主題や背景を説明した後、本論では主題が既知の真理とどういう関係性にあるかを分析し、既知の真理をベースにその真偽を判断し、最終的に結論を導き出す説明が良いとされます。特に演繹的な三段論法が好まれるようです。別の型からは、原理原則があまりに強すぎて、個人の自由を侵害しているように見えるでしょう。 

4つ目の型は、社会的な共感重視で、現実の経験や実証事実を重視する帰納的な立場です。この立場では、社会構成員から共感されるか否かが重視されます。代表的な国は日本です。よって、日本人に論理的に納得してもらうには、序論で主題の前提や背景を述べ、本論で個人的な体験を述べ、結論ではその体験を常識的な観点から考察してまとめるのが良いとされます。別の型からは、目的と手段が区別できていないとか、対象が狭くローカル性が強いとか、せっかく帰納的な思考をしても、普遍性に乏しい結論しか出てこないと映ります。 

世の中では前提のずれによって議論が噛み合わない事が頻繁に起こっています。前提を合わせるのも大変ですが、仮に前提を合わせても、論理の選択における価値観の部分でも違いがあるので、両者がともに納得するのが如何に大変で労力のかかることかが良くわかるでしょう。 

労力のかかることを楽に行いたいと考えるのは人間に共通する特性であり、今の時代では、AIを使ってこれらを実現しようと考える人や企業が増えています。以下では、世界中の様々な論理的思考をする人達を、AIが個々に説得できるのかどうかを検討していきます。

もし、世界中のすべての人の日常における見聞きした事、発言した事、加えてその時の心拍数の変化などの身体データを入手でき、これらを分析すれば、AIは、各個人の論理性や論理的思考のパターンまでを推定できるようになる可能性があります。それは、AIが相手を説得するための背景情報を手に入れたことになります。

ただし、いくら相手の背景情報を得たとしても、それだけでは説得するには不十分です。説得する方法を学ぶ必要があります。方法を学ぶには、類似の価値観を持つ人が実際に説得された事例データが必要です。そういう事例データをたくさん集めることができれば、特定の個人に対して、その価値観に配慮した最適な論理的説得をできるようになる可能性があります。実際は、プライバシー規制が強化されてきているのでかなりの時間がかかるでしょうが、時間の問題という気がします。

ここから抽象思考の話に入ります。まず、抽象思考ができるようになるとどのようなメリットが生じるのでしょうか。 

具体⇔抽象の間を行き来し、具体的な事象を一般化できるようになります。この具体化と抽象化の往復をできるようになると、以前はまったく別の事柄に見えたことが、実は共通の法則に支配されていることに気付けるようになります。これは、共通の法則そのものを改良すれば、一度に多数の事柄を同時に改善できることを意味します。共通の法則に気付き、そこを改善することは、社会的に大きな価値を生むということです。 

一例はニュートン力学です。リンゴも石も持ち上げて手を離すと必ず下に落ちる。しかし、月は落ちてこない。まったく特性の異なるこの2つの事実を同時に説明する理屈があるのではないかということでニュートンは万有引力の法則を発見し、定式化までしました。殆どの製造業の企業がこの法則の恩恵を受けているはずです。 

ニュートンの偉大な業績とは比べ物になりませんが、当社の製品開発マネジメント法も同様の具体⇔抽象のプロセスを経て得られたものです。ベースは航空機でしたが、製品開発で必要な具体的な事柄を抽象化しました。抽象化されているので様々な製品に適用できます。実際、他の製品開発に適用した時には、抽象→具体化の道を辿ることにより、製品開発での抜け漏れを防ぎ、開発の成功率を飛躍的に高めています。 

最後に、AIは抽象的な思考を出来るのかという問いを考えてみましょう。AIが様々なデータごとに、ローカルな論理性に気付けたならば、次の段階として、ローカルな論理性の間にある共通性を見つけるという抽象化もできそうな感じがします。 

しかし、ニュートンが行ったような、リンゴと月という全く異なる2つの間に共通性があるはずだという『仮説』を思いつけるのかというと、そこまではまだ到達できそうな感じがしません。アインシュタインのエネルギーと質量を結び付けた法則(E=mc^2)についても同様です。『仮説』を設定する所は、当分の間、人間の専売特許であり続けるように思います。 

科学的な問題でさえ、抽象化するのは難しいので、人間の感情が入り込む様々な問題について抽象化するのはもっと難しいでしょう。AIの進化スピードは予測がつきませんが、それでも、AIが抽象化能力を持てるとは言い切れませんし、持つようになるとしても、相当に長い時間がかかるように思います。

ビジネスで大事なことは、AIの進化状況に合わせて、人間とAIの役割分担をしっかりと分けることだと考えます。