製品進化とマネジメント風景 第101話 AIにおける感情認識の進化と事業化マネジメント
AIはインターネットを通して世界中に溢れたデータを取り込んでそれを学習し、どの人間より多くの知識を持つようになりました。その結果、一般的な知識を求める場合には、人から聞くよりもAIと会話をする方が、効率が良いといえる場合が増えてきました。
以前、AIは言葉の意味や文脈を理解できませんでしたが、今ではそれを理解できるようになりつつあります。これは驚異的なことです。ビジネスにおいて人間でなければできなかったことの多くをAIで置き換えられるようなってしまうからです。
このようなAIの進化に人間が怖れを抱くのは当然でしょう。ただ、今のAIには対処できないこともいくつかあります。
例えば、サッカーファンならば、マラドーナやメッシのプレーを見て、その素晴らしさに魅了され、興奮します。 AIに対して、「サッカーにおけるどういうプレーに人が興奮しやすいのか調べなさい」という指示を与えれば、画像や音声のデータを分析して、「こういうプレーに興奮しやすい」と回答してくれるでしょう。しかし、なぜ、人がそのプレーに興奮するのかはまだ理解できないでしょう。
サッカーに関して言えば、同じサッカーのプレーを見ても全く興奮しない人がいます。AIは、サッカーのプレーに反応を持つ人と持たない人がいることは識別するのでしょうが、この差がどこから生じるのかまでは理解できないでしょう。
さらに面倒な話として、まったくサッカーに興味を持たなかった人が、ある日を境に急に興味を持つようになり、しかし、一定の期間を経過したら再び興味を失ってしまうということがあります。AIは、人の興味や熱狂が時間的に変わるということは認識するでしょうが、その変動がどこから生じたのかはやはり理解できないでしょう。
これらは当の本人も本当には理解できておらず、よって言語化もできません。そこに感情が関与していることは分かりますが、その感情がなぜ生じたのかは説明できません。ここに知性と感情の大きな違いがあります。AIは論理で説明できる知性はカバーできるでしょうが、少なくとも現時点では感情については言語化、データ化が不十分でありカバーできていません。
AIは、人がビジネスや仕事をする理由として「金儲けをしたいから」という所までは認識できるでしょう。しかし、人がビジネスや仕事をするのは単なる金儲けだけが理由ではないことが多々あります。AIはやはりその部分は理解できないでしょう。
金儲け以外の理由を理解できないということは、人が純粋な興味や好奇心に基づいて作り出す新しいビジネスを予想できないことを意味します。つまり、今のAIは既存ビジネスの最適化に向いて、新しいビジネスの創造には向かないということです。
よって、AIが今のレベルに留まってくれるならば人と共存できると思います。知識面に特化したある種の天才と思って付き合えばいいからです。
人間の集団の中にも少数ですが天才がいます。天才に共通した特性は驚異的な集中力であり、しばしば寝食を忘れて没頭します。 この集中力が時に素晴らしい発見、発明や芸術を生み出します。しかし、食事をも忘れて集中するため、天才は短命となる傾向があります。天才は人間社会に対して多大な恩恵を与えてくれますが、おそらく生き物としてはバランスがあまり良くないのでしょう。
AIは、コンピュータに電力さえ供給されていれば眠る必要もないので物凄い集中力を発揮します。そういう意味で天才に似ています。聞いた話ですが、最新のAIでは、将棋もチェスでも数時間のうちに人間のチャンピオンを超えるレベルに達してしまうそうです。AIは、人間の中の天才以上に集中力を持つ天才と言えそうです。
天才は自分の得意分野については他者の追随を許しませんが、それ以外の分野ではその能力が子供レベルまで落ちてしまうことがあります。AIについても、ある部分では天才的だが、別の部分では子供だと考えれば、良い所を引き出しつつ、間違いを犯さないようにケアしていけばうまく付き合っていける可能性があると考えます。
ただ、AIが特定分野の天才を超え、あらゆる分野で超人的になると恐ろしい存在になってしまいます。そうなる可能性があるかと言えば、ないとは言い切れません。以下はそれについて述べていきます。
人とAIを比べた時、最初に気付くことは、「人は生物だが、AIは生物ではない」ということです。「AIは生物ではないので怖れる必要はない」と言う人がいるかもしれませんが、その主張は必ずしも正しくありません。
なぜなら、AIは既に昆虫の脳であれば、これを再現できるレベルに達しつつあるからです。とは言え、本当に昆虫と同等のロボットを作れるかどうかはまだ分かりせん。もし作れたとしたら、昆虫も立派な生物なので、AIと生物を分ける境界がかなり曖昧になってしまうでしょう。
蜂は昆虫の一種ですが、面白い習性を持っています。それは、ここに行けば蜜があると知っているにも関わらず、あえて別の方向を探しにいくのだそうです。それを統計的に評価すると、約85%の確率で正解を選び、残りで探索をするそうです。
それは人間も同じですね。例えば、レストランで料理を注文する時、「これは美味しい」と知っていても、あえて別の料理を注文した経験があると思います。それで失敗したこともあったと思いますが、新しい美味しさに巡り合ったこともあったでしょう。
どうやら、生き物は正解が分かっていても、100%の確率で正解となる行動を取らない習性があるようです。これはおそらく、危険がない時には失敗するリスクを取って未知の世界に首を突っ込み、危険があると思えばリスクを取らないのでしょう。
「この行動は一種のアルゴリズムに基づいているのではないか?」と問われれば、「多分、そうだ」と答えます。アルゴリズムだとしたら、それをAIにプログラグとして反映できるのでしょうか? 不可能ではないにしてもかなり難しいと思います。
その理由を説明します。昆虫も人間も進化をしながら数十億年を生き抜いてきました。その過程で今のアルゴリズムを獲得したわけです。このような時の洗礼を受けたアルゴリズムは人間の頭では思いつかないと考えるからです。頭で思いつかないので、データサイエンスを適用して探索しようとするでしょうが、これも難しいと考えます。その理由は最後の方で述べます。
人間の感情も、おそらく一種のアルゴリズムだと考えられますが、人によって異なり、また、時として理性や知性の判断を覆し、人に非合理的な行動を取らせます。これは頭では理解できず、言語化もできません。言語化できないので、AIがこれを学習するには言語以外のデータ化が不可欠です。
感情を読み解くためのデータは集められるのかと言えば、ある程度は集められます。例えば、顔の表情、声の調子、ジェスチャー、言葉、バイタル(脈拍や血流など)などです。これらのデータを収集し、教師ありの機械学習をさせれば、AIは人の感情をある程度、識別できるようになるでしょう。
AIに感情を学習させるとしても、学習の指針として何らかのモデルが必要です。感情を科学的に取り扱おうという試みはダーウィンの時代から行われてきました。いくつか理論やモデルが提唱されてきましたが未だに決定打はありません。以下にそのいくつかを紹介します。
エクマンは「基本感情」という概念を提唱しました。どの人も、怒り、嫌悪、恐れ、幸福感、悲しみ、驚きという6種類の感情を持つとしたのです。ラッセルはもう少し複雑ですが、「快、不快」と「覚醒、睡眠」という2つの軸で喜怒哀楽を表し、各象限の中を分類して円環状に表記しました。
どちらのモデルも基本感情を表現しようとしていますが、人間の感情は文化や言葉の影響を大きく受ける証拠がいくつも出てきており、ユニバーサルなものは定義できないことが証明されています。
ただ、エクマンやラッセルのモデルは白黒がはっきりと定義されているので、AIとの相性は良く、盛んに研究されています。特に、感情を分かり易く表現する役者の演技ならば90%以上の確率で正しく評価できたとのことです。一方、一般人の曖昧な表情を読み取るのはまだ難しいとされています。
技術的に未熟ですが、既に商業イベントの成功度合いを計測する用途や、採用面接における人物評価、コールセンターにおける顧客満足度の評価などへの適用が開始されました。気になるのは文化や言葉で感情の出方が変わるため、人事採用の適用など、ひとつ間違えると差別になる場合があるので注意が必要です。
AIが感情の分野にも進出してきたわけですが、それはBtoCビジネスには有効かもしれません。しかし、BtoBでは期待するほど役に立たないのではないかと考えています。その理由を説明します。
ビジネスとして本当に役に立つのは、BtoCであれBtoBであれ、購買の意思決定を司る人の感情を買いたいと思う方に揺さぶることです。
BtoCではたくさんの人に購入してもらう必要があり、それは個人の感情というよりも、より一般的な基本感情を刺激すれば良いので、基本感情モデルだけでも有効なAIが作れる可能性があります。
一方、BtoBでは、購買を決定するのは組織の中の個人であり、その個人の感情をより深く研究しなければなりません。そのためには、その個人について少なくとも5つ情報(顔の表情、声の調子、ジェスチャー、話す言葉の内容、バイタルなど)を入手する必要があります。
しかし、これはプライバシーを侵害していると考えられます。これからもプライバシー重視のポリシーは変わらず、法制度が整備されるでしょうから、感情を扱うAIは非合法の存在になってしまうでしょう。
仮に、プライバシー侵害が非合法にならない国ならば、そこでは感情を理解するAIが一定の進化を遂げる可能性はあります。しかし、人は皆異なっており、しかも各人毎に感情を刺激する要因に違いがあります。これを理解するには、各人の身体のあちこちに多種多様な生体センサを入れてデータを取得し、感情が起こるアルゴリズムを見つけるプロセスが必要になります。
これは人権を侵す行為であり、加えて情報量が膨大となり、今の電子コンピュータでは消費電力が大きくなって経済的にも採算が取れないだろうと考えます。だから、データサイエンスを使っても難しいだろうと前に述べたのです。
人間の基本感情だけであっても、感情を扱うAIの活用が進みすぎるとアンチAIの動きが活発化するように思います。その意味からも、AIはその知性面に限定してビジネスに活用するのが良いのではないかと考えます。