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製品進化とマネジメント風景 第28話 EVの進化と今後の技術開発マネジメント

今日の自動車産業は、100年に一度の変革期の真っただ中にいると言われています。自動車の何が大きく変わるのでしょうか? 自動車の機能を分解し、機能面から考えてみましょう。自動車機能の分解方法は様々ですが、ここでは車体構造、外装、内装、駆動系、燃料貯蔵部の5つに分けることにします。

車体構造は自動車の骨格を表しており、居住性、安全性に影響します。外装は見た目に直結します。機能性よりも感性的な価値が重要視される部分です。恰好の悪い車を所有したい人はいないと思いますので。内装は車と人間のインターフェースを司るとともに居住性にも影響を及ぼします。駆動系は走って止まる機能を司り、燃料貯蔵部は必要な距離を走るためのエネルギーを供給します。

今、大きく変わろうとしているのは、内装と駆動系・燃料貯蔵部です。駆動系と燃料貯蔵部についてはセットで考えます。

内装には、知能化という新たな機能が求められています。知能化の機能は大きく2つに分けられます。1つは車外とドライバーを繋ぎ、ドライバーが求める情報を集めて提供する機能であり、もう1つは無人運転機能です。前者はドライバーの補佐能力向上に相当し、従来路線からの延長線上にあります。一方、無人運転機能が実現すると、乗用車は単なる移動手段を超える存在となり、次の進化が始まります。例えば、動くオフィス、動く寝室、動くプライベートルーム、動く家などにも発展していくことが求められるようになるでしょう。そうなれば、新たな事業の種になりえます。

駆動系と燃料貯蔵部については、内燃機関エンジンと化石燃料の組合せから、モータとバッテリーの組合せに変わりつつあります。それが実現可能となったのは、3つの技術が成熟して車に使えるレベルになったからです。第1は永久磁石の性能が大幅向上したことで、第2は高出力インバータが使えるようになったこと、そして第3は高エネルギー密度のバッテリーの大容量化をできるようになったことでした。駆動系における変化は車産業に大きなインパクトを与えます。内燃機関製造と石油産業はもちろんとして、ドライブシャフトの構造にも影響が及ぶ可能性があります。これは、車輪駆動用モータをどこに設置するかで変わってきます。ハイブリッド型では従来どおりのドライブシャフト構造でよいですが、モータを車輪に搭載するインホイール型では構造は大きく変わります。

ここでEVの歴史を振り返ってみましょう。1830年代には英国、米国、オランダ、ハンガリーでほぼ同時に試作的な発明がなされたと言われています。そして1899年にはベルギーで本格的なEVが試作され、100km/hr以上のスピードが出ることが実証されました。これがトリガーとなり、1900年代にはEVが社会実装され始めました。しかし、ご存知のようにT型フォードという内燃機関自動車との競争に負け、1920年までには無くなってしまいました。

日本においても1947年に東京電機自動社の「たま号」が市場に提供されました。最初は35km/hr程度の速度しか出ませんでしたが、改良されて最高速度55km/hrで航続距離200kmまで改善されました。しかし、時代は内燃機関自動車の方に傾いており、やはり消えてしまいました。時期尚早だったということです。

次のEV化の機会は1970年代のオイルショック時に来ました。しかし、この時も石油の供給が回復すると忘れられました。その次の機会は1990年代でした。米国カルフォルニア州の規制強化の動きに触発されて再びEVが注目を浴びたのです。この時には日米大手メーカが動きました。代表例な車はGMのEV1と日産のハイパーミニです。EV1はモータに三相交流誘導モータを使い、エネルギー密度が20kwh弱の鉛蓄電池が使用され、航続距離は120km程度でした。1996年からリースの形で提供されました。その後、バッテリーをニッケル水素電池に変更することにより、航続距離は2倍程度まで増えましたが、一時的なブームで終わりました。

日産のハイパーミニは2000年に発売されました。その仕様を見ると、今日のEVを先取りしていたことが分かります。モータにはネオジム磁石を使った同期モータが使用され、バッテリーにはリチウムイオン系が使用されていました。しかも、非接触給電にも対応できました。シェアリングでの使用も考慮されていました。しかし、まだ機は熟しておらず、2002年には発売中止となってしまいました。ビジネスにとってタイミングが如何に重要かを示した一例です。

次に出てきたのが米国テスラ社のロードスターです。2008年から発売されました。テスラという名前は交流発電で有名です。その祖先に敬意を表してか、駆動系には三相交流誘導モータが適用され、バッテリーにはリチウムイオン系が使用されました。出力は215kw (290馬力)、最大トルクは370~400Nm、航続距離は350km強と十分実用に耐える高級スポーツEVでした。事業的にも一定の成功を収め、EV事業の潮目が変わり始めました。

その後、テスラモデルSが2012年に発売され、2017年には普及版のモデル3が発売され、紆余曲折を経験しつつも事業は成長しはじめました。期待先行の感はあるものの2020年には、テスラモータの市場価値は一時的にトヨタを上回りました。

テスラモデル3の駆動系・燃料貯蔵部を見てみましょう。既存の誘導モータに加えて永久磁石モータも追加されました。二輪駆動型では永久磁石モータのみであり、四輪駆動型では両方のモータが搭載されています。誘導モータは始動トルクを高め、永久磁石モータは高速での高効率運転を意図していると考えられます。永久磁石を使用したモータのタイプは明らかではありません。一部にリラクタンスモーターという噂もありますが、永久磁石同期モータの可能性が高いと思います。バッテリーは50~75kwhであり、航続距離は400~560kmです。四輪駆動で最大出力は330kw(450馬力)で最大トルクは640Nmです。

2009年には三菱自動車からi-MiEVが発売されました。出力は50kw未満、バッテリーのエネルギー密度も20kwh以下であり、航続距離50~100kmの都市での利用にフォーカスしたコンパクトカーでした。駆動源は永久磁石同期モータであり、リチウムイオン系バッテリーを搭載していました。2010年には日産からリーフが出ました。i-MiEVを少し大きくしたイメージです。その後、出力をアップし、バッテリー容量を増やして今日に至っています。2011年には、中国BYDからもEVが発売されました。バッテリーには相対的に安価なリン酸鉄リチウムイオン電池を使っており、航続距離は300km強です。

ドイツからは2018年になってようやく本格的な高級スポーツEVが出てきました。アウディのe-tronやポルシェのTaycanです。アウディの駆動源は三相交流誘導モータであり、出力は300kw級、トルクは600Nm級です。ポルシェの駆動源は永久磁石同期モータが2台搭載され、出力は460kw級、トルクは1000Nm級です。

テスラによってEVの事業化は離陸しました。駆動系を俯瞰すると、その主流はネオジム永久磁石同期モータです。ネオジム磁石は1982年に日本の佐川眞人氏によって発明されました。ネオジム磁石は最大エネルギー積(BH)maxが群を抜いて高く、しかも量産性に優れ、奇跡の磁石とも言われています。ネオジム磁石を適用すれば、理論的には小型高出力のモータを作り出せることは明らかで、まず、ハードディスクドライブのモータに適用されました。その後、大型化されてエアーコンディショナーの圧縮機モータとなり、さらに大型化してハイブリッド自動車用モータとなりました。今では、風力発電用にもスケールアップされて適用されるようになりました。

EV事業が軌道に乗ることによって生じる懸念は希土類材料のサプライチェーンです。ハードディスクの生産台数は非常に多いですが1台に使用する希土類は僅か数十gです。エアコン用になると1台100g程度となり、自動車用では数kg以上となります。2016年における国内ネオジム磁石の使用量は自動車駆動用が34%、ハードディスク用が34%、家電用(エアコン、冷蔵庫、洗濯機)が25%でありほぼ三分の一ずつとなっています。ハードディスク用需要については、フラッシュメモリの低コスト化が進むと減っていく可能性があります。これに対して、EVは成長軌道に乗るでしょうから、近い将来、自動車は最大の希土類ユーザーになるでしょう。

希土類材料については、比較的安定供給が見込める軽希土類と、供給源が限られる重希土類の2つに分けられます。ネオジムNdやサマリウムSmは軽希土類に、ジスプロシウムDyやテルビウムTbは重希土類に分類されます。自動車駆動用モータは、ハードディスクやエアコンと比べて出力が高く、温度も上がりやすい状況にあります。ネオジム磁石の弱点は高温になると減磁して性能が急低下することです。これを避けるために重希土類であるDyやTbが使用されていました。

材料の希少性を確認するために、人間がアクセスできる上部地殻における金属の存在比率を比較してみましょう。鉄Feを基準と考えます。Ni、Co、Ndの存在比はFeの一万分の一レベルです。よって、やはりNdは希少な存在となりますが、存在比率としてはレアメタルとしてあちこちで話題になるCoと同レベルであると見なすことができます。これに対してSm、Dyはさらにその十分の一、Tbに至っては百分の一レベルです。如何に希少であるかが分かります。

原料供給の視点では、存在比率、希少性以外にも重要な指標があります。それは供給できる国の数です。独占、寡占が生じると取引価格の変動が恣意的になるためです。希土類の生産量については、以前は中国のシェアが95%を超える独占的状況でした。しかし、USGS(US Geological Survey)の2019年度統計を見ると、今では米国、オーストラリア、ミヤンマーの生産量が増え、中国のシェアは63%まで下がりました。少なくとも軽希土類の供給については以前よりも改善した状況となりました。一方、重希土類であるDy,Tbは生産地が中国南部に限られており、サプライチェーンが依然として脆弱であり、安定供給の視点で問題があります。よって、重希土類低減あるいは重希土類フリーの技術開発が盛んに行われています。

ネオジム磁石は磁石の王者の地位にいるものの、高温での減磁という特性に大きな欠点があります。ネオジム磁石の前の王者だったサマリウムコバルトSmCoは高温に強いという特性があります。しかし、サプライチェーン的にはSmという軽希土類とCoというレアメタルの組合せであり、やはり原料供給に不安が残ります。特にCoはジェットエンジンやバッテリーでも需要が高く、供給国の数も限られているからです。

ネオジム磁石における重希土類の使用低減、軽希土類の使用低減の技術開発はサプライチェーン問題の改善に大きく貢献するでしょう。その結果、次にクローズアップされてくるのが熱の問題です。 モータの高出力化が進むと温度環境がさらに厳しくなります。磁石の耐熱性向上は大きな難題であり、解決には相当長い時間がかかります。よって、当面の期間、冷却技術によって温度環境を制御する以外に道はありません。この熱問題は、モータだけでなく、バッテリーやパワー半導体でも発展の障害となりつつあります。熱問題は、1つの専門分野だけで大きな解決策を得ることは出来ません。解決のためには、製品全体を俯瞰するシステム思考に加えて、多分野の技術専門人材の知恵を引き出して統合するマネジメントの仕掛けが必要です。EV用のモジュール、部品、部材を供給している貴社は、従来と同じやり方、考え方、マネジメントの仕組みによって、この熱問題を解決できますか? 

参考文献

  1. 次世代永久磁石の開発最前線、尾崎公洋ほか、2019
  2. モータ駆動システムのための磁性材料活用技術、藤﨑啓介編著、2018
  3. Rare earth data sheet, USGS, 2020