製品進化とマネジメント風景 第33話 MEMSと半導体の進化と共創のマネジメント
今回は、前回に引き続き、MEMS (Micro Electro Mechanical System) の話をしたいと思います。歴史的にはMEMSという言葉が生まれる前から、小さなセンサやアクチュータが先に存在していたこともあり、前回はそれらを中心に述べました。その後、MEMSは半導体製造技術を上手に取り入れて低コスト化を実現しつつ、一方で通常の半導体よりも複雑な3次元形状を造る技術を開発していきました。半導体産業において高周波数化、高集積化ニーズが強まるにつれ、3次元構造の製造技術が必要となり、徐々にMEMS製造技術が半導体にも展開されるようになりました。そして、MEMSと半導体は融合して両者の区別は曖昧となってきました。実際、10年くらい前からは通信用半導体の分野においてRF-MEMSという言葉も使われるようになりました。
今回はRF-MEMSを取り上げます。特に、その中心的存在である共振器とフィルタに焦点を当てます。これらがIoT普及の技術面での鍵になるからです。一方で、IoTの普及を進めるためには社会が受け入れやすい条件を作っていくことも重要です。その条件とは限りなくメンテナンスフリーにすることであり、そのために最も重要な事はエネルギーを自給自足できることだと私は考えています。自給自足のための技術としてエネルギーハーベスティングという分野がありますが、これについては次回に述べたいと思います。
さて、2020年になって第五世代通信(5G)が始まり、高速の大容量通信ができるようになりました。5Gについては2つの周波数帯が使われています。1つは6GHz弱の所、もう1つは30GHz弱の所です。30GHzになると電磁波の波長が1cm以下となるのでミリ波と言われます。5Gは時々ミリ波通信といわれますが、本来は準ミリ波というのが妥当です。一方、同時期に話題になり始めた無人運転では、障害物探知の手段の1つにミリ波レーダを使用します。こちらの使用周波数は24GHz, 60GHz, 76GHz, 79GHz, 94GHzなどであり、24GHzというサブミリ波を含むものの、ミリ波レーダと言って差し支えないでしょう。
5Gによる高速大容量通信によって空間転送が可能になると言われています。離れた場所にある工場や人を3次元的に感じて見たり話したりができるようになるのですが、それは、離れた場所の間で同時性を満たすということです。通信周波数がより高周波数になっているので、その状況で双方向の通信を同期させる必要があります。人間通しの会話ならば少しの遅れはそれほど問題となりませんが、コンピュータ同士の会話では僅かな時間のずれが致命傷になります。
少し前に俳優の木村拓哉さん主演のボディーガードというテレビ番組がありました。ボディーガードがチームとして連携プレイをする際に、必ず、円形陣を敷いて腕時計をつけた手を差し出し、「○時○分○秒、誤差なし」と確認します。人間同士なので腕時計のレベルでの確認で問題ありませんが、コンピュータ同士が連携する場合にはミリ秒とかナノ秒とかそういうオーダーの厳密さが求められるようになります。通信する周波数が高くなるにつれてその厳密さは増し、電気回路内のおける時計の正確さの重要性が増してきました。そこで、まず、回路内の周波数およびタイミングを司る発振器の進化を見ていきましょう。
発振器は、コンデンサとコイルに接続した電気回路内において特定の周波数で共振する現象を利用しています。共振時は、コンデンサに電力として蓄えられたエネルギーとコイルに磁力として蓄えられたエネルギーの間において、相互にエネルギー移動する現象が連続的に起こり、最も効率の良い状態であると言えます。ただし、通常のコイルやコンデンサを用いて発振させた場合には、周囲へのエネルギー散逸が起こりやすく共振特性を表すQ値が低めとなります。Q値とは、振動の安定性を示す指標であり、系に蓄えられるエネルギーを系から散逸するエネルギーで割算した数値です。この数値が高いほど、散逸が少ない状態で特定の周波数で効率良く安定振動しており、時計としても正確であることを意味します。
計算速度を上げるにも、通信容量および速度を上げるにも交流の周波数を上げる必要があり、そのニーズを満たすためはQ値を高めることが追求され続けてきました。Q値を上げるための手段として最初に目をつけられたのが機械的な共振を利用する方法です。特性が同等の固体を高精度で機械加工した場合、固有振動数のばらつきが小さく、非常に高いQ値を示すためです。そして、この方法の中で特に普及したのが圧電材料である水晶(クオーツ)です。圧電材料は、機械的な圧力をかけると電圧が発生し、逆に電圧をかけると機械的な振動を示す物質です。これを電気回路内に入れて共振させることにより、高Q値の発振器として機能させることができます。水晶は高純度の天然ものに加え、さらに高純度のものを人工的に造ることもできます。
結晶性の圧電水晶振動子には、発生する周波数域によって3つのタイプがあります。音叉型、厚みすべり型(AT型)および表面弾性波型(SAW型)です。音叉型は主に数十KHz~数百KHzまでの周波数帯で使われます。AT型は数MHz~100MHzで、SAW型は100MHz~数GHzの周波数帯で使用されます。
その後、MEMS製造技術が進歩するにつれて、半導体シリコン上に音叉などの複雑3次元形状を加工し、それを発振器とするアイデアが出てきました。この方法だと、回路製造と同時に発振器を製造できるので非常に安くできます。また、水晶は一種のセラミックスですから衝撃が加わると割れることがありますが、シリコン発振器は耐衝撃性が非常に高いという特性も持っています。また、振動子の形状を工夫すれば高周波を発生させることもできます。しかし、水晶並にQ値を高くすることができず、また、温度や湿度による共振周波数の変化が水晶と比べて大きいという欠点がありました。温度の影響は補償回路を付けて計算によって補正することができるものの、使用できる範囲は限定されています。
4G通信までの範囲では水晶発振器で十分対応できましたが、5Gとなって周波数が一段上がり、準ミリ波とミリ波を使うようになると水晶発振器では物足りなくなってきました。そこで水晶発振器を、原子時計で補正するシリコン発振器に置き換える動きが出てきています。これは、高いQ値を得る手段が、機械的な共振利用から、光と原子の間の量子力学的相互作用であるCPT共鳴を利用する方法に変わったということです。CPT共鳴は3つのエネルギー準位を持つ元素に特異な現象であり、ここでは詳述しませんが、この現象を利用するためにはアルカリ金属元素ガスが必要であり、主にセシウム(Cs)やルビジウム(Rb)が用いられます。MEMS内にアルカリ金属元素のガスを封じ込め、そこにレーザー光源と受光するフォトダイオードを設置する構造に統合します。なお、シリコン発振器としてはバルク弾性波を用いたBAWが用いられます。SAWよりも高い周波数を扱えるからです。MEMS技術により、このような機能モジュールをチップ化できるようになってきたということです。この原子時計の発振周波数はCsでは約9GHz、Rbでは約7GHzです。
上記の原子時計は水晶発振器よりも高精度ではありますが、30GHz以上のミリ波帯を本格的に用いて多数のコンピュータのタイミングを合わせようとすると逓倍波を使うことになり、Q値が劣化してきます。コンピュータ間で高速に正しいやり取りをするにはさらに高周波数の時計が欲しくなるでしょう。このニーズに対応できるのは光格子時計です。300~400THzの高周波数帯を使って時間を計ります。この周波数は光の領域であり、障害物があると通信できなくなりますから、原則、光ファイバーを使った有線での適用に限定されます。無線はやはりマイクロ波、ミリ波となります。
では、共振器の話はここで終え、次はフィルタに移ります。フィルタの進化もはじめのうちは共振器と似ていましたが、途中から異なる道を歩むようになりました。最初は電気回路にフィルタ回路を作成し、それで伝達したい以外の周波数を除去してきました。ただ、回路を用いる方法はサイズ的に大型化しやすいため、小型化は2つの方向に分かれました。
1つは回路を層状に積み重ねて小型化する方法であり、もう1つは、共振器と同様に圧電材料の機械共振を用いる方法でした。前者は既存技術に一ひねりを加えてアップグレードして延命しようという姿勢であり、後者は別の方法を模索しようという姿勢です。前者は企業として当然の動きですが、最終的に袋小路に入り込むリスクもありますので、将来の行き止まりリスクを見据えた企業判断が求められます。
機械共振に使用する共振波としては、当初、表面弾性波(SAW)が使用されていましたが、高周波数化するにつれてバルク弾性波(BAW)が使用されるようになりました。また、MEMS製造技術の向上に合わせて、複雑な3次元シリコン基板構造の上に圧電体と電極を載せた構造や、シリコン基板の上に圧電体、電極、シリカなどを層状に重ねる構造を取るようになりました。前者はFBAR (Film Bulk Acoustic Resonator)、後者はSMR (Surface Mount Resonator)と呼ばれています。
共振器の場合と同様、4G通信までは上記で対応できました。フィルタは共振器ほどQ値の要求が高くありませんが、それでも準ミリ波やミリ波のような高周波数を扱うようになると機械共振を使う方法ではQ値が不足してきます。そこで、より高い周波数で高Q値を得る方法として電磁波共鳴をフィルタに適用するようになりました。具体的には、導波管を使った空洞共振器と誘電体材料を用いた誘電体共振器があります。
導波管を使った空洞共振器は、金属の壁で囲まれた空洞内でマイクロ波、ミリ波の電磁波的な共振を起こして対象となる周波数の伝達を促進する方法です。昔からありましたが、サイズが大きいものでした。そのままではとても現在の通信に使えませんでしたが、MEMS技術を応用することにより、今ではMEMS空洞フィルタに変身して生まれ変わりました。これは、原理は同じにもかかわらず異なる技術を持ち込むことにより復活した例ですが、1つのサバイバルの型でもあります。
他方、誘電体共振フィルタは、入力した交流によって誘電体内部で共振を起こします。次に、共振した誘電体が、電磁波により隣にある別の誘電体を共振させます。共振した別の誘電体から交流の形で出力を取り出します。誘電体フィルタは誘電体であるセラミックスを使い、以前から存在していました。ただ、コスト面で半導体製造プロセスを使えるSAWやBAWフィルタには敵いませんでした。
ミリ波にも対応できる高周波フィルタとしては、圧電材料を使うBAWフィルタも頑張ると思いますが、積層分波回路フィルタ、MEMS空洞フィルタや誘電体共振フィルタも含めた陣取り合戦が繰り広げられていくことになるでしょう。
上記の例を見て気づくことは、どの製品分野においても、市場に変化が起こった時にはこれまで培ってきた技術基盤が競争力を失う瞬間が来ることです。当然のことですが、既存技術だけでは生き残れません。しかし、既存技術に新しい技術を組み合わせて高機能化、低コスト化あるいは多機能化することによって生き返る場合も多いということです。
既存技術と新技術の統合は、実際に経験した方ならばお分かりのように簡単な話ではありません。最も難しい点は、それぞれの技術を実施してきた部隊の考え方、文化が異なり、人材間の相互理解が進まないためです。この文化の違いは曲者です。両者の相互理解を加速するには、製品やサービスの設計、製造および多様な技術に関して共通言語を持つことです。ノウハウ無しに実施すると非常に難しいですが、工夫されたやり方で実施すれば短時間に実現出来ます。その結果、相互理解が進んで開発スピードが上がります。貴社は、変化に対応しようとして異分野の新技術を取り込む時、どのようにして他分野の専門人材の知恵の統合を進めていきますか?