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製品進化とマネジメント風景 第32話 MEMSの進化と部材事業マネジメント

通信技術の発達によって世界が変わりつつあります。私が子供の頃、ラジオとテレビが一方向通信の代表でした。双方向の通信手段といえば、固定電話と無線通信(トランシーバ)でした。場所を選ばぬトランシーバは、当時、高価でマイナーな存在でした。その後、このマイナーな双方向通信手段が一般化して携帯電話となり、新型コロナを契機として、画像も見ながら双方向通信ができるビデオ会議が普及しました。これらに共通していることは、離れた場所にいる人間同士の双方向情報交換手段だということです。他方、今日では、それはIoTとして、離れた場所にいる人間とマシンの間、マシンとマシンの間における双方向情報交換手段として広がりつつあります。また、単なる情報交換手段から、ある種の判断を行う主体にも変わりつつあります。

IoTは、インターネットを通してあらゆる場所にあるセンサとサーバーを繋ぎ、人間に何らかのサービスを提供する手段です。当初は、有線で繋げられる範囲に限られ、ミッションは情報提供だけでした。その後、双方向無線通信が普及し、また、センサだけでなく何らかのアクションを可能とするアクチュエータも安価に作れるようになりました。加えて、品質の高い双方向通信を実現するための影の主役ともいうべき発振器やフィルタも安価に作れるようになりました。昔はこれらを表す総称がありませんでしたが、今はMEMS (Micro Electro Mechanical Systems)という言葉があります。今回は、MEMSの中でも最も歴史のあるセンサとアクチュエータのこれまでを概観し、この分野で部材メーカが生き残っていくための指針を考えていきます。

IoTのベースである無線通信、センサ、アクチュエータがここまで普及するようになったのは、価格が下がり安価に入手できるようになったためですが、なぜ、このような低コスト化を実現できたのでしょうか? 超小型の精密機械加工技術は日本のお家芸の一つではありますが、もし、MEMSの製造を機械加工に依存し続けていたならば、現在の低コスト化は実現できなかったはずです。安価にできたのは、ひとえに、MEMS製造に半導体製造技術を適用することができ、一枚のウェハーから同じ製品を多数取り出せるようになったからです。これは、ミニチュアな製品類の機能、性能、寿命に対する要求が、シリコンを代表とする半導体材料・製造法で実現可能な場合には、その他の材料・製造法の組合せではコスト的に敵わないことを意味します。これは1つの重要なポイントです。

さて、IoTで求められるセンサは多岐に渡りますが、ここでは圧力、加速度、角速度(ジャイロ)、位置・変位、音、温度、湿度、流速という一般産業で使用頻度の多い項目に絞って述べます。医薬分野では以前からIoTが進んでおり、それは新たな展開を見せ始めています。生化学関連を含めると長くなるため、今回は割愛し、別の機会に議論したいと思います。

圧力センサは最も古く、1960年代に事業化されています。用途が広く、あらゆる産業で使われています。多くの金属や半導体と同様、シリコンには、応力によって電気抵抗が変わるピエゾ効果があります。これを応用してシリコン膜に圧力をかけて計測をしています。私自身も学生時代から使っていましたが、温度ドリフトに悩まされました。今では温度補正をする回路もセットでMEMS化できるようになりました。

加速度センサ、ジャイロセンサは、スマホや家庭ゲーム機に搭載されて普及しました。手振れ防止カメラに適用され、誰でもクリアな写真を撮れるようになりました。また、乗用車やカーナビにも搭載され、急加減速したり急ハンドルを切ると、その度にマシンに注意されるようにもなりました。加速度センサは、振動式、圧電式、ピエゾ抵抗式および静電容量式があり、それぞれ特徴があります。

振動式は、センサ用の固体(例えば水晶など)の固有振動数が応力によって変化する特性を使って計測します。橋や道路の構造モニタリングに適しています。圧電式は、応力による電圧変化を使って計測します。高周波数領域が得意であり、衝突検知などに適しています。ピエゾ抵抗式は小型で安価であるため、ゲーム機、スマホの標準装備となりました。静電容量式は低い加速度の検知に優れています。ジャイロセンサは、ある種の形をした水晶やシリコン部材を振動させ、コリオリ力を電圧変化や抵抗変化として計測し、角速度に換算します。

位置・変位センサも、前述した原理の応用で計測できます。別のアプローチとして、位置変化を鏡の角度変化を通して光学的に計測することもできます。

音は空気の振動であり、人間が聞こえる音の周波数は20Hzから20KHzです。マイクロフォンはこの周波数域の音を収集することが役割ですが、微小な音圧を計測するために薄膜によって計測されます。静電容量式と圧電式があります。

温度は、温度と電気抵抗の間の関係性を用いて計測します。最近は手軽であることから赤外線センサが普及しました。トイレに入った時に照明をオンオフしたり、スマホ同士の情報交換手段に使われています。この数か月に関して言えば、コロナ禍の影響により、公共機関や企業における赤外線温度計の設置が急増しました。

湿度は少し複雑になります。厳しい精度を求めない用途に対してはMEMS化されました。抵抗式と静電容量式の2つがあります。どちらも高分子系感温材料を使います。抵抗式では、水分子の吸着による可動イオン数の増減を通して電気伝導度の変化として計測します。安いというメリットがありますが、温度依存性が大きいので、温度センサを含めた温度補償が必要です。一方、静電容量式では、高分子系感温材をコンデンサーとして使います。水の比誘電率が極めて高いので、他の物質が吸着してもその影響を受けにくいという利点があります。ただ、エタノールやアセトンがあると精度が落ちるので注意が必要です。

流速の計測も様々な方法が出てきましたが、基本は温度と電気抵抗の関係性を用いる熱式が主です。計測部に電流を流して発熱させ、その熱を空気流、ガス流による熱伝達によって放熱させ、その際の電気抵抗の差から放熱量を計算して流速を求めます。この方式は、ポンプ、送風ファン、ガスタービンなどの流体機械に関わっている方にはお馴染みの熱線流速系のMEMS版だと言えば通じやすいと思います。熱式以外の流速計測としては光学式のものもあります。

MEMSでは、機能を達成する手段が常に複数存在する場合が多いので、事業としては、各手段が得意な領域を特定することはもちろんとして、その後のシステム面、部材面の進化の方向性も踏まえ、一定期間競争力を持てる選択をすることが重要です。

以上でセンサは終え、アクチュエータに入ります。アクチュエータ製品として既に事業化されて成功したものとしては、インクジェットプリンタ用のフローデバイスと、プロジェクタ、投影用ディスプレイ用のデジタルミラーデバイスです。

インクジェットのフローデバイスには圧電方式と熱式があります。圧電式では、電圧をかけて圧電素子を変形させ、その変形によってインクを押し出してノズルから射出します。一方、熱式では、気体を膜で囲った閉空間に閉じ込め、その気体を熱で膨張させて膜を動かし、その膜の動きでインクを押し出して射出させます。

ミラーデバイスには静電容量式と圧電式があります。どちらも小さな鏡を支える支持部に力をかけて鏡の方向を自由に変えることによって画面を映します。これは光スキャナとして発展し、前述のプロジェクトに加えてバーコードリーダーにも適用され、今では無人自動車のための車載レーザーレーダに適用され始めています。光学関係の最近の話としては、可変レンズが実用化されつつあります。

AIの発達もあり、人間とマシンのコミュニケーション手段として、キーボード入力やタッチ入力に加えて音声が用いられるようになってきました。その結果、MEMSスピーカーの市場が増大しつつあります。方式としては圧電式と静電容量式があります。

アクチュエータの最後としてRFスイッチを取り上げます。スイッチングはそもそも半導体の得意技です。携帯通信に用いられる6GHzくらいまでの範囲であればわざわざMEMSスイッチを使う必要はありません。しかし、今後、成長が期待される無人運転用のミリ波レーダーやスペースXが衛生の打ち上げを行っている衛星通信分野においては、使用される周波数は数十GHz領域となるため、シリコン系半導体では能力不足となります。そこで1つの選択肢としてMEMSスイッチが出てきます。低損失で高速スイッチングを実現できるのですが、接触による消耗があるため耐久性面で課題が残っています。高周波領域でも、ガリウムヒ素(GaAs)のような半導体スイッチが優位を保ち続けるのか、あるいはMEMSが新たな応用分野を切り開くのか? 常識的には半導体に分がありますが、裏道もありそうなので興味深く見守っています。

さて、このようにIoTが広がる基盤は出来上がりました。半導体製造技術の進歩により、演算、通信に加えて様々な異種MEMSを一枚の基板に統合するヘテロ集積化が進みつつあり、これが更なる低価格化に貢献するでしょう。

今後、無線の利用により、IoTのためのセンサやアクチュエータをあらゆる場所に設置し、そこから情報を送ることが可能となりましたが、本当にあらゆる場所に置くためには電源まで含めて考える必要があります。田舎や山の中の道路や橋のように電力の確保が難しい場所はもちろんですが、電力が容易に入手できる都心でも電池の交換を行うのはとても面倒で手間のかかる作業です。IoTをあらゆる場所に広めるためにはやはりメンテナンスフリーが重要です。そこで求められるのがエネルギーハーベスティングです。周辺の環境から自分に必要なエネルギーを確保する技術です。光のある所ならば太陽電池、熱のある所ならば熱電発電などが代表的な存在です。その他、振動や電磁波を利用して発電するものもあります。MEMSがエネルギー的に自立できるかどうかは重要な問題であり、別の回で議論します。

日本は、半導体と同様にMEMS分野においても、市場が生まれた初期段階においては部材を含めて競争力が非常に高かったのですが、市場が大きくメジャーになってくると次第に劣勢になってくる傾向があります。1つの部材に特化すると様々な工夫をして安くて良いモノを作り上げます。また、同じ部材の改良によって機能・性能・コストを改善していく場合は競争力が高いと言ってよいでしょう。一方、製品システム全体が外国メーカに握られている場合も多く、システムコンセプトが変更された際に進むべき方向を見誤り、経営を悪化させる企業がいます。

部材メーカとして長期間生き残っていくには、やはり、製品システムの全体像とその動向を俯瞰し、部材に求められる機能、スペックを見通すスキルが必要です。ことわざで言えば着眼対局着手小局です。そのためには全体と部分をつなぐシステム思考が必要です。広く世の中を観察し、個々の事象の間の関係性を見える化し、顧客はもちろん、顧客の顧客を含めて市場の方向性を見定め、既存技術の改良だけで対応するのか、新たな技術を取り入れていくのかを適宜、判断していくことが重要です。貴社は、社員がこれらを検討し、整理していく方法や仕掛けを既に構築済しましたか?

参考文献

  1. MEMSデバイス総論、上田敏嗣監修、2009
  2. これからのMEMS、江刺正喜、2016